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8 現状把握

パチパチと木々の弾ける乾いた音が夜の森に響く。



あれから20分程経過しただろうか。


私を担いだ状態のまま、魔王は森の中を人間離れした(人間じゃないんだけど)スピードで疾走し続けた後、この場で足を止めた。


私としては金髪野郎達が追って来たりしないかと心配だったけれど。魔王がこれ以上はお前が重くて走れないと、嫌味を含ませて喚いたものだからどうしようも出来ない。

「悪かったな、おデブで」と憎々しげに悪態を吐きながらも、私は彼にぞんざいに地面へと降ろされるのであった。



膝を抱え、目の前で燃え盛る焚火を見つめる。



この世界の名はセリナージャ。曖昧だが、金髪野郎が言っていたのを覚えている。

そして私が今いるこの国の名は[テルミオール]というらしい。これは先程絶賛疾走中だった時、魔王に聞いた。封印されている間に国名や支配地が変わっていなければ、という前置き付きではあったが。



当たり前だけど、聞いたことない名前だよなぁ……。



両膝に自らの額を押し付けながら、はふぅと深い深い溜め息を吐いた。

もう十分わかってはいたけれど、改めて現実を突き付けられたような気がして、少しヘコみそうになる。



「で。お前がニンゲンなのは分かったが、一体どこの国のモンなんだ?」



唐突に切り出され、私は顔を上げた。

魔王の紅い瞳と、焚火を挟んで視線が合う。ううむ、見た目だけは本当に良いな。



「おかしな格好をしているし、この国の名を知らないなんて普通有り得ねーだろ。俺様が封印されている間に、その服が流行ったって言うなら話は別だがな」



なるほど。金髪野郎のように、異界の娘がやって来るという預言のことは知らないのか。

まぁ封印された当人が、その後に言い伝えられた預言を知る訳がないのだけど。


内心納得しつつ、私は細かい説明が面倒なので簡潔に答えることにする。



「私はこの世界の人間じゃないよ。ついさっき、異世界から来たの」



ぱちくり。魔王は驚いたような様子で数度整った双眸を瞬かせた。

その後、何やら訝しげな視線を私へくばせてくる。


そりゃいきなり異世界からやって来ましたなんて言われても、信じられないよね。


すぐに私を異世界人と決め付けた、金髪野郎達の方が異常だったのだろう。

この世界へやって来てすぐ出会った彼等の事を思い出し、私は苦笑する。

だが魔王は数秒の間の後、何故か満足げに頷いた。



「なるほどな。理解した」



おや、意外。

簡単に信じてもらっちゃったよ。



「道理でお前のエネジアが、この世界で味わった事のない味がするわけだ」


「!! そ、それが理由か! この変態! 色欲魔王ッ!」


「んだとコルァ! 俺様のどこが色惚けしてると言うんだ」


「全てだよ! キスが食事とかうまかったとか」


「それのどこがいけないっつーんだよ。俺にとってはごく普通の事だ」



魔王の物分かりの良さに感心した私が馬鹿だった。

ぎゃあぎゃあ言い合いをしながら内心嘆息していると、突然魔王が難しい顔をして黙り込んだ。私も釣られて口を閉じる。

何やら思案しているようだけど、一体どうしたのだろう。



「……まぁ、それだけが理由じゃねーけどな」


「へ?」



ポツリと呟いた言葉が聞き取れなくて、私は尋ね返す。が、魔王は素知らぬ顔で何も答えなかった。

何だか甚く真剣な面持ちだったから、きっと彼にとっては重要な事を言ったのだろうけど。



うう……気になるじゃんかぁ。



暫く睨み続けてみるが、やはりそれ以上は何も言おうとしなかった。

まぁ言いたくないのなら、これ以上詮索するするつもりはないけど。

背後の木に背を預けて一息吐いた後、私は最も気になっていた事を尋ねてみることにする。



「じゃあ、元の世界に帰る方法なんて」


「俺様が知るわけねーだろ」


「ですよねー」



はああとがっくり肩を落とす。

確かに先程100年の封印から解かれた彼に訊いても、得られる情報は少ないだろう。

けれど右も左も分からないこの異世界。当然ながら知り合いもいないし、これから自分がどうするべきかも分からない。

成り行きで連れ去られて来たけれど、今私が頼れるのは目の前のこの男だけなのだ。



なんか、改めて暗い気分になってきた……。



だって人間じゃないし。俺様だし。変態だし。

どうせなら物腰の柔らかい、優しくって聡明な王子様に保護されたかったよ~。


ちらりと目の前の魔王を見やった後、私は再び盛大な溜息を吐いた。

そんな私の様子に気付いたらしい。魔王はムッとした様子で身を乗り出してきた。



「おいお前、いまこの俺様を小馬鹿にしただろう」


「え。……いやいやそんな滅相もない。あなたサマのような、変態色欲魔王殿と異世界で出くわせて光栄だと思っていたとこでございます」


「それがお前のいた世界での目上の者を敬う態度か。田舎臭い並み顔女」


「なッ……! 並み顔はともかく田舎臭いってどういうことよ! これでも私、生まれも育ちも東京なんだからね!」


「トーキョー? それはお前のいた世界にある町の名前か」



おっといけない。

きょとんとした顔で尋ねられ、私は我に返る。

私とした事がついついヒートアップしてしまった。だってあまりにも目の前の変態の態度が偉そうでムカついたから。

一度咳払いをした後、私は手近にある木の枝を持った。大雑把ではあるけれど、地面に世界地図を描き出していく。



「それがお前のいた世界の地図か」



焚き火の脇から私の手元を覗き込みながら、魔王が再び尋ねてきた。私は手を動かしながら、黙って頷く。



「随分沢山の大陸があるんだな」


「うん。国もたぶん……200近くはあると思う。で、ここが私の住んでる国日本の、東京。東京はこの国の首都なの」


「首都……ってことは、王がいるのか?」


「日本は王政じゃないからいないよ。一応天皇っていう昔から代々続いてる、国のシンボル的な存在の一族はいるけど、実際に政治を動かしてるのは総理大臣っていう政治家のトップなんだ。王政の国でも似た様な感じかな」


「へー、どこの世界でもニンゲンの支配体制はごちゃごちゃしていて解り辛れぇな」



魔物は違うのか、と尋ねようとしたけれど、寸でのところで躊躇う。


目の前のこの男は自分の事を魔王とは言うけれど、魔王とは恐らく” 魔物の王 ”の略称だ。そうすると、この男も分類上では魔物ということになる。

けれどそう考えると、いまいち腑に落ちない点が現れる。


魔物の王なら、先程襲ってきた魔物達も彼の仲間のはずだ。しかし彼は、それらを平気で惨殺していた。

加えて目の前の彼は魔物と呼称するには、外見があまりにも人間に近すぎる。どうしても先程の醜悪な魔物達と同じ種とは思えないのだ。



こうして普通に、会話もできてるし……ん……



「ふあああぁぁ~」


「でけぇあくびだな」



思わず出てしまったあくびを慌てて手で押さえる。

うう。こんな状況下でも、生理的現象が起きてしまう自分の体が恨めしい。



「眠いのならもう寝ろ。エネジアは疲労が溜まると味が落ちるんだ」



あくまでも目の前のこの男は、私を食糧として傍に置くつもりらしい。

というか、もしかしなくても今夜は野宿なのかこれは。テントも寝袋もありませんぞ。もしもーし。

言ってやりたい事は多々あるが、魔王が両腕を組んだ状態で木に背を預けたまま目を瞑ってしまった為、私の大きく開いた口は仕方無しに閉じられる。



くそう。色々ムカつく奴だけど、やっぱり顔だけはものすごくいいな。



人間離れした(人間じゃないんだけど)容貌を憎々しげに見つめた後、私は溜息と共に視線を外した。


今が何時頃なのかは分からないけれど、魔王の言う通り、このまま起きていても体力が消耗するだけだろう。味が落ちるかどうかは、別として。



ごつごつして全身が痛い……。ベッドが恋しいよぉ。



試しに焚火を背にして地面に寝転がってみたが、やはり簡単に眠れそうにない。

それでも目を閉じて無理矢理眠気を誘う。



疲れた。とにかくこの数時間でいろいろありすぎて疲れた。

分からないことだらけだし、心身共にズタボロだ。

早く眠りに就いて、疲れを癒したい。そしてあわよくば、明日目を覚ませば自室のベッドで横になっていたい。夢落ち希望。



そんな事を考えていると、やがて睡魔は訪れる。

異世界の空の下、私は深い深い闇の淵へと沈んでいった。


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