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7 専用食認定

ひんやりとした、柔らかい感触。体が冷たければ、当然のように唇も冷たかった。

自身の熱が、唇を伝って彼に奪われているようにすら感じる。



……っていうか、本当に奪われてる!?



身体中の力が重ねられた口元から吸い取られていくような、そんな気分に襲われる。意識が朦朧として、頭がぼんやりと痺れてきた。乗り物酔いした時のような、ぐわんぐわんと脳が揺れるあんな感じ。

なんだか気持ち悪くて、私は慌てて彼から離れようとした。が、頭上から何かが壊れるような金属音が聞こえたかと思うと彼に腰を引き寄せられ、更に深く口付けされる。

彼の両腕を封じていた鎖が壊れたらしい。ぼんやりとした思考で理解したその時、



――グシャッ



何か生っぽいものが潰れるようなおぞましい音が、真後ろから聞こえた。

驚いて息苦しい中横目をやると、私の腰に回している方とは逆の彼の腕が、真っ直ぐ私の後方へ向かって伸びているのが見えた。青白い肌には、なにやら黒い液体が散っている。続けざまに彼がその腕を引き戻すと、背後で何か大きな物が地面へ落下する音が響いた。



「……邪魔だ、どいてろ」


「んッ……わっ!?」



漸く唇が解放されたかと思った矢先、私はぞんざいに彼に地面へと突き飛ばされた。



「い、いきなり何すん…………」



あまりの扱いと痛む体に腹が立って、私は倒れた姿勢のまま声を上げた。が、目の前の光景にその言葉はぐっと喉の奥へと押し戻される。


そこには胴体にぽっかりと風穴を開た魔物が、地面に横たわっていた。

近距離に居る事から、先程私の背後で嫌な音を立てたのは恐らくこいつだろう。



……きもちわる……。



月明かりのみでは判別し辛いが、かなりの血が地面に広がっていた。当然ながら暴力沙汰とは殆ど無縁な世界で生きてきた私にとっては、これほどの鋭い血臭は初めての体験なわけで。少しばかり吐き気が込み上げてくる。

魔物の亡骸から発せられる悪臭に顔をしかめていると、矢継ぎ早に辺りから耳を塞ぎたくなるような悲鳴と、肉のひしゃげるような生々しい音が響き渡った。

驚いて魔物の変死体から視線を外し、そちらへと顔を擡げる。そして目を見開いた。



「うそ……」



開けた荒野には、4体の魔物の亡骸が点々と散らばっていた。

そしてその中心には四肢を赤黒く染め上げた男が、満足そうな笑みを浮かべながら佇んでいる。

私が目を離した一瞬で、彼はあれだけの魔物を倒してしまったというのだろうか。しかも素手で。



あいつ、もしかするとかなり強い……?



ぞくりと、恐怖とも畏怖とも取れない感情が込み上げる。


人外パワーというやつだろうか。

どちらにせよ、目先の脅威は去ったようだ。心臓は未だばっくばくだし、顔の火照りは冷めていないけれど。

取り敢えずこのまま地面に倒れていてもしょうがないから、私は立ち上がろうとした。が、



「ふ……あ、れ……?」



体に思うように力が入らず、上体を起こす事が出来ない。操り人形の糸が切れたかのように、ポスンと地面へ再び倒れ込んでしまう。



ど、どうして!? 貧血なんかなった事ないのに……。



何度も両腕を突いて立ち上がろうと試みるが、やはり上手くいかない。

半ば芋虫状態で言う事を聞かない体と奮闘していると、視界に突然陰が掛かった。見上げると、返り血で所々青白い肌を黒く染め上げた彼が、すぐ傍で私を見下ろしていた。



「立てないのか」


「見ればわかるでしょ。……さてはあんたの仕業だね。一体私に何をしたの?」


「お前の” エネジア ”を喰った」


「?? えねじあ?」


「生命エネルギーみたいなもんだ。つーかさ」



伏せっている私と視線を合わせるよう、彼はその場へしゃがみ込む。



「お前、何モンだ?」


「何もんって……」



それはこっちが聞きたい。

今の私の状況やこの男の強さから考えるに、どうやらキス……というか、人のエネルギーを糧に生命を維持しているのは本当だと思える。

だったら何でこの男はあんな所に封じられていたのだろう。公然わいせつ罪でもなさそうだし。ひょっとしたら強すぎるから封印されていたとか? というか、そもそもこの男は一体どこの誰なのだろう。


とにかく考え出すとキリがない為、取り敢えずは彼の質問に素直に答える事にする。



「別に、私は普通の人間だけど……」


「普通のねぇ…………まあいい」


「!? ふああああッ!? なにしてんのさ!!」



突然くるりと視界が反転したかと思うと、私は男に俵担ぎにされていた。



「お前のエネジア、この世のものとは思えんウマさだったから、俺様の専用食にしてやる。光栄に思え」


「……はぁあ!?」



思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

いやだって専用食って、言っている意味が分からない。というか、キスがうまかったってやっぱりこいつ変態か!? 変態なのかッ!?



「ちょっと! 専用食って一体どういう意――!? ひゃああああああ!?」



尋ね掛けた所で突如全身を強い浮遊感が襲った。

男が私を担いだまま、崖の方へ向かって跳ね上がったのだ。それは最早、ジャンプとは言い切れない勢いで。ぐんぐん高度が上昇し、地面が遠く離れて行く。



「ちょっ、高い! 高いよ!! 高すぎるって!!」



私は咄嗟に身を捩じらせ、男の首へしがみ付いた。相手が半裸だろうが気にしない。だってこれ、絶対マンション5階くらいの高さはあるから。いくら腰を抱えられているとは言え、手放しでいるなんて怖すぎる! お尻の辺りがひょおおってなるよ!



「うっせーなぁ。崖越えた方が楽じゃねーか」


「で、でも……」



言い淀んだ後、前方(進行方向からすれば後方だけれど)へ視線をやってぎょっとした。



金髪野郎……!



青々とした樹海から丁度出て来た様子の人影は、確かに美しい金色の髪をしていた。加えて夜の闇の中、はっきりと目立つ白装束。その人物は紛れもなく、私を殺そうとした金髪野郎だった。ぶっちゃけ今の私にとって、魔物と同レベルで出会いたくない相手だ。

魔物がこちらまで追って来たから、てっきりやられてしまったのかと思っていたが、どうやら無事だったらしい。

はたと視線が交わる。



わああ、何かものっすごい険しい顔してる気がする……。



距離が離れている為、しっかりと確認は出来ないが。

金髪野郎を観察していると彼に続いて、次々と似た様な白装束を着た人間が森の中から姿を現した。恐らく金髪野郎の仲間だろう。10、20人はいるだろうか。いずれも私達の姿を見止めては、何かを叫んでいるような素振りを見せた。



「魔――が――逃――ぞ」


「――王――娘――」



全ては聞き取れないが、何やら魔王がどうのこうのと言っているらしかった。

そう言えば私を絶賛誘拐中のこの男も、自分の事を魔王等と名乗っていた気がする。それに金髪野郎も、森の中で魔王封印の後うんたらかんたらと何やら話していたような――



……あれ?



そこまで考えて、背中から嫌な汗が一気に噴出するのを感じる。



もしかして、私ものすごいことをやらかしたんじゃ……。



「ね、ねえ」


「あ? なんだよ」



相変わらず高圧的な態度ではあるが、こちらを振り返り返事をする男。

とてもそうは見えないけれど――



「あんた、もしかして本当に本当の魔……王、だったりするの……?」


「何度もそう言ってんだろーが。俺様の他に誰がいんだよ」



う、うそでしょ……。



さーっと、今度こそ全身から血の気が失せて行くのを感じた。

しかしこの男が魔王だと認めれば、これまでに感じていた全ての疑問が綺麗に解決するのだ。

彼があの石柱に封印されていた理由も、人間でない一体何者なのかも、どうしてあれだけ強いのかも。



って、いきなり魔王だなんて言われても、そう簡単に信じられないよなぁ……。



ちらりと男の後頭部を見やった後、深い溜息を吐く。

只でさえ異世界やら魔物やら処刑され掛けるやらで、頭がいっぱいいっぱいなのだ。

私の脳内キャパは、異世界トリップした時点で既に破裂寸前なのである。その上魔王なんて……恐怖云々以前に、もう非現実的要素は勘弁してほしいという気分の方が大きい。


まあとにかく、少なくとも今は、魔物や金髪野郎達から命を救ってくれたこの男――魔王に感謝すべきなのだろう。

態度はでかいし、セクハラ発言までしてくるし。良いヤツか悪いヤツかは、わからないけれど。

でも金髪野郎の時のように、すぐに殺される恐れはきっとない筈だ。



……次もしもキスを強要されるような事があれば、全力で我が唇を死守しよう。



遠ざかる白装束集団を尻目に、私は強くそう思った。


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