表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/24

6 自称魔王サマis俺サマ

魔王。


そう言われて私がまず思い浮かべたのは、図書室で見た不思議な本の挿絵だった。

勇者に倒された” 魔王 ”が、巨大な純白の石柱に貼り付けにされている。見ているだけで陰鬱な気分になりそうな絵。

姿形は違えど、確かに状況的に考えると目の前の男性は今、挿絵の中の魔王と同じポジションにいる事になる。


けどなぁ……。


唸りながら、私は首を捻った。

私的に魔王と言えばもっとこう……どーん! と、いかにも悪っぽい禍々しいオーラを四六時中発してい

るイメージなのだ。かなり抽象的だけれど。

尖がった耳や挿絵と同じ状況を除けば、目の前の男性は普通の格好良い兄ちゃんにしか見えない。魔王だと唐突に言われても、私にはいまいちピンとこなかった。



「おい女」


「? はい?」



謎の沈黙の中呼ばれ、私は素直に返事をする。偉そうなのはいかにも” 王 ”らしいかな、等とぼんやり思いながら。



「見た所おかしな格好をしているが、お前、ニンゲンか?」


「人間……」



私に人間なのかと尋ねるくらいだから……目の前の彼も含めて、この世界にはやはり人間とは別の種族が存在しているようだ。ううむ、さすが異世界。



「おい、聞いてんのか」


「! ああ、はい。見ての通り私めは紛れもない人間ですとも」



なんか態度悪いなぁ……こいつ。

普通初対面でこんな高圧的な態度取るかー?


内心悪態を吐きながらも私が答えると、彼は口元に不敵な笑みを浮かべた。



「なら、問題無いな。……女、俺様を封印から解放しろ」


「封印?」



私が首を傾げると自称魔王の兄ちゃんは、「これのことだ」と顎で彼の両手足を石柱に固定している鎖を指し示した。

上半身裸の状態に鎖でぐるぐるに捲かれて、改めて見るとなんだかちょっと危ない絵面。

これが図書室の本の魔王がされたのと同じ” 封印 ”であるかどうかはともかく、他人に助けを求めるくらいだ。彼が何者かに無理矢理この石柱へ” 封 ”じられたのは本当だろう。でも……



「無理ですよ。そんな頑丈そうな鎖、私には外せません」



きっぱりと断った。

第一私はムキムキまっちょなボディービルダーじゃぁない。自分より遥かに体格の良い彼が外せない鎖を、一介の女子高生である私が外せるわけがないのだ。

けれども目の前の彼は威圧的な表情を崩す事なく、尚も私を見下ろして言う。



「誰が直接鎖を外せと言った。外すのはこの俺様だ」


「??」



何を言っているのかさっぱり意味が分からない。

しかし彼は首を傾げる私の事はお構い無しに、ペラペラと語り出した。



「いいか、女。こんな封印、俺様の魔力が少しでも回復すれば自力で解く事なんざ造作もねーんだ」


「はぁ……」


「だが俺はいま腹が減っている。なにせ封印されてから、何も食ってないんだからな。栄養を摂取しなければ俺の本来の力も戻らない。つまり、腹が減ったままではこの忌々しい封印を解くことは不可能ってことだ」


「へぇ……」


「そういうワケだから――




女、俺様に口付けをしろ」



「……………………はいいいいいいッ!?」



それまでぼんやりと彼の話を聞いていたが、一気に脳が覚醒した。


口付け!? 口付けって、き、キスのことだよね!?


激流の如く頭部に一気に血が上っていくのを感じる。



「腹が減ってるからって、なんで突然私があんたときッ、ききき、キスしなきゃなんないわけ!? 話の流れおかしいでしょ!?」


「おかしくなんかねーよ。俺様の食事がこれなんだから」



キスが食事って、こいつ変態か!? それとも新手のセクハラなのか!?

ああなるほど。こんな変質者丸出しのこと言う上半身裸の変態野郎だから、公然わいせつの容疑でこうしてこっちの世界の警察的な人たちに捕まったんだな! まったく見た目はカッコいいのにおかしな性癖を持って、残念なこと極まりないなこのにいちゃんめ!


そんな思考を巡らせていると、呆れたようなわざとらしい溜め息が聞こえた。



「あのなぁ、勘違いすんなよ? 俺だって復活最初の食事はお前のような並み顔の小娘なんかじゃなくて、そりゃもう官能的な体の超絶美女にしたかったさ。けど背に腹は代えられないって言うしな。しょうがないからお前で我慢しておいてやる」


「なっ……! 何よその言い草は! 確かに並み顔の小娘は否定できないけど……言い方ってもんがあるでしょうが!」


「間違ってないならいいじゃねーか。ほら、こうやって話してる時間も勿体ねぇんだ。さっさとしろ」



そう言うと彼は多少動くらしい上半身を前へ傾げ、ん、と顔を突き出し、瞼を閉じた。

キス待ち体勢を取られて、私の思考はますます炎上を起こす。


な、なんか私がこの男とキスすること、確定になってるみたいなんだけど。っていうか私の意思は無視ですか。なんという俺様。


火照る頬が夜風に晒されるのを感じながらも、私は改めて目の前の変態野郎を観察する。

スッと通った鼻梁に、まつエクしたのかと疑いたくなるほど長い睫毛。相変わらず青白い肌は血色が悪いが、整った形の唇は微かに桜色が灯っている。

うん。何度見ても、いくら変態でも、この男は美形だ。100人に街中アンケートをしたら、間違いなく100人がそうだと答えるだろう。世の女の子たちはこんな美形にキスをせがまれたら、喜んで受け入れるのだろうか。


少なくとも、私には無理だ。

恥ずかしながら、私にはこれまでの人生でそのような経験がない。

そりゃぁ私だって華の16歳。何度か男子と付き合ったこともあるさ。けど、キスまでには至らなかったのだ。何故かそういう段階に至る前に、相手に振られるんだよねー。不思議。

まぁその話は置いといて。とにかく、見ず知らずの男といきなりキスをするなんて、やはり出来る筈がない。


……逃げよう。


目の前の男を一瞥した後、周囲を見回す。

さっきも確認したが、やはり荒野の先には森と崖しか見えない。とりあえず、私が出てきた方とは離れた方向の森へ行こう。金髪野郎とか魔物とか、かなりリスクは高いけれど。ひょっとしたら別の場所に出られるかもしれないし。どっちにしろ別の道を探さなきゃいけなかったんだし。

こんな変態野郎にファーストキスを捧げるなんて絶対イヤだもんね。目ぇ瞑ってる今がチャンスだっ!


踵を返して走り出そうとしたその時、



「おい」



低く、怜悧な声が背中に突き刺さった。


うっおおおお気付かれたああああ!



「な、何でしょう?」



油切れのロボットのような動きで、私は恐る恐る後方を振り返った。しかし予想に反して男は険しい表情で、私の更に向こう側を見据えている。



「来るぞ」


「? 何が?」



「ニンゲンの血肉を欲している、下賤な奴等だ」



彼の言葉を合図にしたかのように、荒野に醜悪な咆哮が響き渡った。

弾かれたように後方を振り返る。そして私は思わず小さく悲鳴を上げた。



森の中にいた魔物……!



黒くしなやかな肢体が、遠方からこちらに向かって疾走して来ていた。

確認出来るだけでも5体はいるだろう。



やっぱり、縄が切れた時もあいつらが追って来ていたんだ……!



両腕の傷が鈍く痛む。今度攻撃されたら、この程度の傷では済まないだろう。下手すると――



……逃げなきゃ。でもどこへ?

森とは違い、この荒野には障害物が無い。森へ再び逃げるとしても、その方向から魔物達が向かって来ている。絶体絶命とはこのことだろう。



今度こそ私、死ぬのかな……?



「おい女」



頭上から声を掛けられ、思い出す。そう言えば、この男もいた。

彼は自身も危機的な状況下にいるにも関わらず、平然とした様子で私を見下ろしていた。



「このままあいつ等に八つ裂きにされて、死にたいか」


「……! し、死にたいわけないじゃない!!」



死にたくなんかない。

こんな訳の分からない場所で、訳の分からないまま、16年の人生に終止符を打つのは御免だ。



「じゃあほら、死にたくないならしろよ。助けてやるから」



再び前屈みになり、キス待ち体勢になる男。



こ、この男、こんな状況下で言うか!? ……でも……



最も近くまで迫っている一体は、あと5秒もしたら私の背中にその鋭い爪を突き立ててしまうだろう。どちらにせよ、今の私には逃げるという選択肢は残されていない。

このまま何もしないで死ぬくらいだったら――



さらばッ! 私のファーストキス!!



目の前の男の両肩に手を掛け、私は自らの唇を彼のものと重ね合わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ