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4 逃走


何が起こったのか、分からない。

数歩分程引っ張られたところで、辺りに真っ黒な飛沫が散ったのだ。

いや、黒じゃない。きっと昼間だったら、それらは赤く見えただろう。


悲鳴を上げたと思われる女性が、ドシャリ、と地面に倒れ込んだ。

続け様に他の人達も悲鳴を上げ始め、ある者はその場へ腰を抜かし、ある者は森の中へと逃げ去る。

私も叫びたかったし、すぐにでも逃げ出したかった。けど、まるで金縛りにでも掛かったかのように、体が思うように動かない。


見た事の無いような醜悪な生き物が、数十秒前まで私達がいた小道に現れていた。



「キルベルト様! 魔物です! 魔物が現れました!!」



私の腕を掴んでいる骸骨オヤジが、金髪野郎に向かって叫んだ。キルベルトと呼ばれた金髪野郎も既に歩みを止めており、やや後ろを歩いていた私達の方へと駆け寄って来る。



魔物……って、言ったよね? このオヤジ。



言われて納得する。

最初に出会った人達のうちの一人である女性が倒れる傍らで、四つん這いになって鎮座している気味の悪い生き物。それは魔物と呼称されるのに相応しいと思った。

全身は墨を零したような黒色だけれど、松明の炎に照らされているその体に毛は生えていない。体のフォルムは豹とか、そういう獣系に似ているが、足の先端に付属されている爪は鉤のように鋭かった。口は白濁色の両目の際までぱっくりと裂けており、隙間から鋭い牙が覗いている。

どこからどう見ても、それは地球上には存在しない化け物だった。



逃げなきゃ、今すぐに。



本能か理性か分からないけど、強くそう思う。

このままここにいれば、あの倒れている女ひとみたいに、魔物の爪や牙でやられてしまうのも時間の問題だ。

それに仮にこの場で助かったとしても、私はいずれ金髪野郎達に処刑されてしまう。

だったら魔物の方に彼らが気を取られている今を逃せば、逃げ出すチャンスはきっともう訪れない。



逃げた後は……その時考えればいい。



小さく深呼吸をする。

心臓が脈打つ音が、周りの音を掻き消さんばかりに激しく響いている。

いつの間にか掻いていた大量の冷や汗が、背中を伝い落ちた。



「すぐに応戦しろ!」



金髪野郎の命令でオヤジコンビの力が緩んだその瞬間、私は走り出した。魔物も、人も、何もいない方向へ。

案の定魔物の方へ意識が集中している彼らの反応はワンテンポ遅く、いきなり捕まるなんて事はなかった。

金髪野郎が何か叫んでいたけれど、気に留めている暇は無い。

自分を殺そうとしている奴に情けは無用。それに、応戦とか何とか言っていたくらいだ。きっと戦う術があるのだろう。

私は振り返らずに、暗い森の中をひたすら進んだ。




*  *  *




どのくらい走っただろう。だんだんと息が切れてきた。何せ両手首は縄で縛られたままなのだ。走り辛いったらない。

それに加えて茂みや木の枝がしょっちゅう頬や腿に掠り、度々微かな痛みが伝わる。


生粋の文化部系女子である私が、どうしてこんな体を張ったランニングをしなきゃならないのだろう。数週間後には文芸部に入る予定だったのに――



「ッ……!?」



突然手首に無数の針で刺されたような、鋭い痛みが走った。

その拍子に足がもつれてバランスを崩し、私は地面へ顔から勢い良く滑り込んだ。剥き出しの腿や頬は勿論のこと、肩や膝までも強かに打ち付けてしまい、あまりの痛さにその場へ蹲る。顔面から転ぶなんて、最悪だ。鼻血が出たらどうしよう。



「うぅ…………あれ?」



擦ってしまった鼻を片手で摩りながら起き上がり、気付く。



やった! 縄が切れてるっ!



邪魔で仕方がなかった縄が綺麗に切れて、地面に広がっていた。思いがけない幸運に嬉しくなっり、私は思わず両手に拳を作ってガッツポーズを取った。が、



「いたッ!?」



両手首が酷く痛み、私は再び体を折り曲げた。そういえば、さっきは手首が痛くて転んだんだった。

月明かりに翳して、恐る恐る両手の様子を見てみる。


制服の袖の部分が綺麗に裂け、両肘の下から両手の甲半分に掛けて、鋭利な刃物で切られたような傷が走っていた。ポタポタと肘から赤い雫が滴り落ちている。


木の枝か何かで切ったのだろうか? ……いや、木の枝なんかであんなにがちがちに縛られた縄が切れるわけがない。

それなら一体――


私は慌てて立ち上がり、周囲を見回した。

――何もいない。

月明かりに照らされた木々と、その向こうに潜む闇が見えるだけだ。

ザワザワと木々が風に凪ぐ音が微かに響くのを数秒聞いた後、私は首を傾げる。



何となく、魔物か何かがいるような、嫌な予感がしたんだけど……。



気のせいだったらしい。

体の力を抜き、私は安堵の溜息を吐く。途端、両腕に鈍い痛みが舞い戻ってきた。

この傷も、きっとものすごーく丈夫な木の枝か何かに引っ掻けて付いたものだろう。きっとそうだ。



「ってか、いつの間にか生傷だらけだよ~。いたたたた」



私はスカートのポケットに入っていたハンカチで両腕に付着した血を拭った後、再び夜の森を走り出した。




けど、この時の私はまだ気付いてはいなかった。


魔物にも人間のように感情があり、知恵を持ち合わせている事を。


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