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22 訪問者

そうしてマキナさんの選んだ、生でも美味しい山の幸たちに舌鼓を打つこと十数分。

丁度私が草食動物と思しき干し肉(ジャーキーみたいに細長いの)を咀嚼している時、この牢の間に訪問者が現れた。

私は干し肉を噛み千切ろうと必死で、マキナさんも声を掛けてくれなかったから、全然気付かなかったんだけど。



ふぐっ、んんッ! なにこの肉堅すぎだろ! 噛み千切る前に私の歯が砕け散ってしまうわ!



「…………おい。本当にこの女がそうなわけ?」


「あ、ああ。わざわざこんな事で嘘なんかつかねーって」



んぐぐぐッ……って、んん? 何かすぐ傍で聞き覚えのある声がするな。


干し肉を口に銜えたまま、私は視線を鉄格子の向こう側へと持っていく。



……ガルムが、二人……?



一見するとそう思えてしまうほど、目の前に立つ二人は酷く似ていた。


一人はガルム本人で、やけに落ち着きの無い様子で隣に立つもう一人の男の顔色を窺っている。

そしてそのもう一人は、ガルムと同じムーンライトブルーの髪と犬耳に、ゴールドの瞳を持った、魔王に負けず劣らずの美形さんだった。

しかし身長は彼のほうが目に見えて高く、髪も乱雑に伸びた短髪のガルムとは違い、襟足まで伸びた彼の髪質は柔らかそうで、所々クセ毛がぴょんぴょんと撥ねている。

ガルムが『硬』なら彼は『柔』ってかんじ。かなり抽象的だけど。


一見『柔』なイメージの男は訝しげに眉を顰めると、



「どう見てもそこらにいそうな野生児にしか見えないが……試してみる価値はあるかな」



…………あの~、小声で言ってるようだけど、聞こえてますよ?

野生児って、はっきりと聞こえましたよ?

並み顔女、暴力女の次は野生児ですか。とうとう女すら消えましたか私。

ってかこの清楚可憐が代名詞のようなこの私のどこが野生児だと言うんだーっ!!



未だ口に銜えている干し肉をガジガジと噛み締め、怒りを込めた視線で男を睨み付ける。

が、彼は全く意にも介さぬ様子で。お面を付け替えたかのように、くるりと爽やかな笑顔に表情を変えると、



ちょいちょい



そんな効果音が相応しいように、私へ手招きをしてきた。



…………。


……えぇっと……もっと、近寄れってことか?


いやいやいやヤだよ。その無駄にキラキラしてる笑顔とか絶対怪しいって。

てかさっき、私こいつに野生児とか言われたんだよ? なのに手の平を返すように、笑顔でかむひあーされたって信用できないって。絶対近寄ったらよからぬ事が起こる感プンプンだよ。



不信感を覚え、私はあからさまに顔を顰める。

けれど彼のキラキラスマイル&手招きが止まる様子はない。もしかしたら放っておけば、ずっとやっているんじゃなかろうか。



…………ちょっとだけなら、近付いても大丈夫かな。


ひょっとしたら、話してみると良いヤツかもしれないし。

人や魔物は見かけや先入観で判断しちゃいけないって、さっき学習したばかりだし。



そう考え、立ち上がる。

マキナさんが息を呑むのが聞こえたが、大丈夫と私は視線で答えた。

至近距離にならない程度に、鉄格子の方へと歩み寄る。


突然、鉄格子の隙間から男の腕が伸びてきた。と思うと、あっという間に自分の腕が捕らえられ、ものすごい引力で彼の方へと引き寄せられる。



「あだッ!」



引っ張られた勢いで全身を鉄格子に打ち付けた。と同時に、口に銜えていた干し肉がべちゃりと、床へ落下した。



あああああ勿体ない! 噛んでたら味が広がってきて、何気おいしかったのに!

……じゃなくて! うああああ油断したー! やっぱ胡散臭い笑顔は信じるもんじゃないわ!



なんて後悔するのも束の間。


すかさず掴んだ私の腕を鉄格子の間から無理矢理引っ張り出すと、そのまま彼は自らの口元へと引き寄せ――



…………へ?



れろりと、私の手の甲へと下を這わせた。



…………


…………ぎっ



「ぎゃああああああああッ!?」



咄嗟に手を引っ込めようと力を入れるが、びくともしない。

みるみる顔に熱が上る。



な、な、な、何しやがんだー!?

今、こいつ私の目の前でベロンて! ベロンて私の手を舐めたよね!?

うああああ感触が! 生温かい感触が残ってるー!



「ふぅん……悲鳴までも野生児そのものだけど、味は確かにガルムの言うとおり、申し分ないな」


「だろっ? 臭味は無いし、舌触りも良い。これで実際に喰ったら、きっとこれまでに味わった事の無い、至高の食感だと思うぜ」


「私そっちのけでおぞましい話を目の前でするな! ってかさっさとこの手を離せ変態ッ!」



掴まれた腕をぶんぶんと振り回し、後退しようと下半身にも力を入れる。が、やっぱり私の腕は解放されなくて。



「ほんと威勢がいいな。フツーニンゲンは俺達の姿見ただけでも怯えるよ? ホラ、ああやって」



そう言って男が顎でしゃくった先へ視線をやると、村の人達が牢の隅でこちらの様子を窺っているのが見えた。壁に張り付くようにして身を寄せ合い、震えている。

マキナさんも私の傍から離れてはいないけれど、どうしていいのか分からないといった様子で壁に背を預け、僅かに震えながら顔を強張らせていた。


先入観や、生まれつきの価値観は、そう簡単に払拭できるものではない。彼女達の反応が、男の言う” 普通 ”なのだろう。


でも、私は違う。



「そこのガルムってやつにも言われたけど、生憎、魔物には慣れてますから。私」



ドヤ顔できっぱりと言い放ってやった。男の瞳が僅かに見開かれる。


私は人間にまで殺され掛けた上、別の世界からやってきたのだ。

魔物だからって無条件に恐怖の対象になると思ったら大間違い。ざまあみろ!



「へぇ……それはそれは…………ん?」



何故か感心するような様子を見せていた彼の表情が、突然曇った。

疑問に思う暇も無く、掴まれた腕を強引に引かれ、至近距離から顔を覗き込まれる。



ち、ちかっ……。

そんなにまじまじと見つめられると、いくら相手が変態でも流石に照れるんですけど。



「アンタ……まさか――」



驚きと懐疑の色を含ませた彼の言葉は、そこで呑み込まれた。

続けて階段の方へ向けられた彼の視線を、私も追う。


何だか階上が騒がしい。

宴のような楽しげなものではない。もっと殺伐とした……叫び声や、洞窟内を揺るがす衝撃音がする。



「なぁ兄キ、上の様子が――」

「ロキ!」



言いよどんだガルムの声は、突如響いた新たな声に掻き消された。

息を切らせたセトが、階段から勢い良く駆け下りて来る。



「セト。一体どうした。何だか上が騒がしいようだけど……」


「……ハァ、ハァ、……それが、全身黒ずくめの……ヒト型のマモノが、いきなり巣穴にやって来て……」



階段の途中で立ち止まると、息も絶え絶えにセトが言葉を紡ぐ。

私の腕を掴むロキと呼ばれた彼の手の力が、僅かに強まった。



「” 俺様のことを知るヤツはいねーのか、ロキを出せ、ニンゲンは何処に捕らえられている ”とか、そんなことばかりしきりに尋ねてくるから……ソイツのこと、ここの頭領の座を狙っているか、食糧の横取りかって思ったらしいゴズ達のグループが手を出すと、そのまま乱闘になっちゃって……」



階段の方を向いている彼の横顔は、極めて落ち着いた無表情。

けれど頭上に備わる耳は後方へ倒れ、やや横へ出ていた。

――彼は今すごく動揺し、警戒している。



「ソイツ滅茶苦茶強くて、とてもオレ達の手に負えないから、こうしてオレがロキ達を呼びに――ガハッ!?」


「!」



鈍い衝撃音と共に、突然セトの身体が宙を舞った。彼はそのまま床へ強かに打ち付けられると、私達のいる鉄格子の付近まで転がってくる。

マキナさんの小さな悲鳴が聞こえた。ガルムがセトの元へと駆け寄る。



「セト! おい大丈……ぶ…………」



ガルムの声がみるみる窄まり、視線は階段の方へ向けられたまま、動かなくなった。私も目の前に立つ彼も同様に、ガルムの視線を追って階段へと目を向ける。


身体中に安堵感が駆け抜けるのを感じた。


ぼんやりとした鉱物の光を受けて鈍い艶を放つ黒髪、真っ黒いレザースーツのようなフォルムのボトムにジャケットを身に着けた、しなやかな体躯、鮮血を思わせる深紅の鋭い瞳。


一見すると人間に見えなくも無い、よく見知った彼が、ゆっくりと階段を降りて来る。



助けに、来てくれた。



我知らず、口元が緩むのを感じる。



「まお――」

「魔王……様」



え?


驚いて声の主を見上げる。私の声を遮り、彼を呼んだのは目の前に立つ、ロキと呼ばれた男だった。

相変わらず私の腕を力強く握る手は、本当に微かにだが、震えている。


魔王は階段を降り切ると私へ視線を向けもせず、真っ直ぐに男の方を見据え、これまでに見たこともないような柔らかな笑みを浮かべた。



「……よォ。久しぶりだな……ロキ」



…………ええと、



もしかしなくても、お知り合い……ですか?

漸く魔王サマ到着です。


ちなみにセトが吹き飛んだのは、魔王に蹴り飛ばされたからです←

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