21 価値観
「これはパーリュと言って、煮立てると毒素が抜けて食べやすくなるんですよ。生ではちょっと苦味がキツいかもしれませんね」
「どーりで薬みたいな味がすると思いました」
村で毎日農作業に励んでいるお陰で、木の実や山菜の種類が分かるらしいマキナさんのご指導の下、私は配給された食糧を選り分け、食べていく。
……ほんと、すごいよなぁ。
木の実を食べる手は止めずに、私は握手した時のマキナさんの手の感触を思い出す。
白くてほっそりしている見た目に反して、マキナさんの手の皮は厚く、堅いマメがいくつもあった。
きっと毎日農業に従事している賜物なのだろう。
マキナさんくらいの年頃――少なくとも元の世界の彼女と同年代の人達だったら、遊んだり、恋したり、若い間に出来ることをまだまだやりたい時期だと思うのに。
マキナさんが歳の割に大人びて見えるのは、きっとそうした自立した人生を歩んできたからなんだろうな。
そんなことを考えながら、もっきゅもっきゅと木の実を頬張っている私を見て、マキナさんは小さく笑った。
「魔物には山菜を煮立てて食べる習慣は無いでしょうし、人間が食べて美味しいと思える基準で食糧を選ぶのは、セトさんには難しかったかもしれませんね」
突然出た名前に、私は目ざとく反応する。
実はさっきからずっと、尋ねるタイミング窺ってたんだよね。
「あの、マキナさん。そのセトって魔物のことなんですけど……」
「? はい」
「なんかさっきマキナさん達、やけに仲良さそうに話してたじゃないですか? どうしてかなって、ちょっと、気になっちゃって……」
もごもごと尋ねる私に、マキナさんは目を瞬かせている。
なんだコイツ、野次馬根性丸出しのオバハンかよ! とか思われただろうか。
いやでもやっぱり気になるんだもん! あんな甘酸っぱい空気を目の当たりにして、スルーしろってのが無理な話ですわ。
身を乗り出した体勢の私と見つめ合うこと数秒後、マキナさんの表情がフッと緩んだ。
「さっき、ミヤさんに話しましたよね? 食事を持ってきた男の子が、” コレ食べなきゃ、逆に今ここでアンタ達を喰うぞ ”って言ってきたって」
私は頷く。
「それがセトさんだったんですけど、最初はとにかく彼――魔物という存在が恐ろしくて、殺されたくない一心で、私は食糧を口にしました。そうして食べ終えた時、彼、言ったんです」
そこで一旦言葉を呑むと、マキナさんはまるで愛しい何かを見つめるように、微笑んだ。
「” 偉かったッスね。そんだけ生に執着があるニンゲンを、みすみす殺したりはしませんよ ”って。柔らかい笑顔で」
マキナさんがセトに少なからずも心を許した理由が、わかった気がした。
セトが最初に私に向けた、屈託の無い無邪気な笑顔。
精神的に極限状態の中、あんな笑顔でそんな事を言われたら、誰だって安堵感を持って相手への敵意を薄めると思う。
私が、魔王に対してそうだったように。
「それから食事の配給の時や、それ以外の時もたまにセトさんとお喋りするようになって…………私、攻撃的な魔物を実際に目にするのは初めてでしたが、それでも、魔物にセトさんのような方がいるなんて、知りませんでした。……このセリナージャでは普通、魔物は絶対的悪だと、認知されていますから」
「関わりを持たずに、一方的に善悪を判断すべきではありませんね」と付け加えて苦笑するマキナさんに、私も笑いながら頷いて同意を示す。
ええと……つまりこの世界では人間=正、魔物=悪という方程式が成り立っているってことなのかな。
確かに魔物には人間を食べる種もいるみたいだし、明らかに気性が荒いヤツもいるようだけど――
不意に、脳裏にハルディアの街で目にした、真っ赤になって照れていた魔王が蘇る。
――そんなの大きな間違いだ。
私はここで生まれ育ったわけじゃないし、この世界についてはまだまだ知らない事だらけだ。
けど、金髪野郎のように人間にも人を問答無用で殺そうとするヤツはいて、魔物にも、魔王やセトのように話が分かるヤツだっている事は、知っている。
ただ外見や食べる物、生活圏とか、そんな単純な観点で、人や魔物の本質なんて判断できるもんじゃないのに……。
……偏見や勝手な独自の価値観で他人を判断するのは、どこの世界でも同じなんだなぁ。
そんなことを思いながら噛み締めた木の実は、甘酸っぱい筈なのに何故かほろ苦い味がした。




