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20 美女と野獣(?)

それから特にすることも無かったので、私は冷たい岩壁に背を預け、マキナさんと並んで座りながら他愛の無い話をしていた。


マキナさんは実は18歳で、私と歳が2歳しか変わらなかったこと、私がガルムに胸倉を掴まれた時はすごく心配したということ、私はこの国――テルミオールへ来るのは初めてだから世俗に疎いこと、テルミオールは伝説の魔王を勇者達が封印した地だから観光地としても栄えていること、そのため金髪野郎達聖術師よりも、観光の為に訪れた要人達を護衛する騎士や傭兵業の方が活発だということ。

そして四季がはっきりしている温暖な気候のため、農業も盛んだとマキナさんが饒舌に話し出したその時、



ぐううぅぅぅううう



私のお腹から巨大な重低音が響いた。



ああああ鳴っちまったー!

洞窟の中だから響き易いと思って、ずっと我慢してたのに……この空気の読めない胃袋めっ!



マキナさんはあまりの轟音に驚いたのか、目をぱちくりさせた後、お腹を抑えながら悶絶する私を見ると、



「お腹、すきましたね」



と笑いながら自らの腹部を撫でた。

私は敢えて腹の音について突っ込まなかった天使のようなマキナさんに感謝しつつ、乾いた笑いを浮かべる。



「あはは、お昼ご飯食べ損ねちゃったからなぁ。……マキナさん達が攫われて来たのは昨夜……でしたっけ? それから食事とかってちゃんと取れてます?」



この薄暗い牢の中でも視認出来るほどに、マキナさんの顔は青白い。

ひょっとしたら昨晩から何も飲まず食わずで、栄養状態がよろしくないのではと心配になってしまう。



「食事なら、昨晩も今朝も、あの魔物達に与えられました」


「あ……そうですか」 彼女の答えに私はほっと胸を撫で下ろす。


「与えられてすぐは得体の知れない山菜や肉を食べる気にはならなかったし、どうせ後で食べるために太らせるんだろうって、皆して口にしようとはしなかったんですけど」



膝の上で両手を組みながら、鈴を転がすような声でマキナさんは話す。



「随分時間が経ってから、食事を持って来た魔物の男の子が、再びこの牢へやって来たんです。そしていつまで経っても食事を摂らない私達を見て……いえ、今のように一番鉄格子近くにいた私の目を見て、言ったんです。” コレ食べなきゃ、逆に今ここであんた達を喰うぞ ”って」


「うわぁ……なんて横暴な」



マキナさんの言葉に、牢の前でのガルムとのやり取りを思い出す。



あのわんこ魔物達は、脅しにはとにかくいただきます宣告をするんだな。

効果的だとは思うけど、単純というか何と言うか……。



顔を歪ませる私を見て、マキナさんはふふふと小さな笑いを零した。



「ほんとですね。……けど、私が仕方無く食事を口にして、食欲の湧かない中何とか食べ終えたらその男の子――」



そこまで言って、マキナさんは口を噤んだ。同時に私も、視線を鉄格子の向こう側へと向ける。



階段の方から、規則的な靴音が聞こえた。

誰かがこの牢へやって来る。



奴らの言ってた、” 宴 ”とやらの時間がきたのかな……。



そんな物騒な事を考えながら、私は上体を起こして身を強張らせる。



カツン、カツンと徐々にその音は近付き、やがて階段の上方から一人の少年が現れた。



歳は私と同じくらい……だと思う。

肩まで伸びているであろうシルバーブロンドの髪を後ろで一つに束ね、同じく頭上に生えた白銀色の犬耳はピクピクとせわしなく動いている。

檻の手前で足を止めると、彼は手に持った巨大なお盆を徐に石の床の上へと降ろした。



「……お?」



屈めた上体を起こし掛けている少年の空色の瞳と、視線がかち合った。

いや、正確にはこちらの方へ視線を向けた後、私の存在に気付いた、といった感じだ。


少年がゆっくりとこちらへ歩み寄り、腰を屈めて私の顔を覗き込む。



「あんた……」


「……?」



ツリ目気味のガルムとは対照的な、狼だというのにぱっちりと大きな猫のような目。

そんな邪気の無い真っ直ぐな瞳で見つめられ、鉄格子でこれ以上近付けるわけもないのに、私は思わず身体を仰け反らせて彼から距離を取る。



ちょ、近い近い! どうしてこの世界の男達は、至近距離を取りたがるんだ。



数秒間そうして私を観察すると、少年はくしゃりと人懐っこい笑みを浮かべ、



「さっきガルムを蹴り飛ばしてた暴力女っ!」



こともあろうにビシィ! と指差しながら言ってきた。



ねぇねぇキミぃ。人に指差しちゃいけませんって、ママに習わなかったかい?




* * *




「はい」



少年から受け取った木製の盆を牢の中央へ置き、村の人達に笑い掛ける。


初対面の人間に笑顔で暴力女とか言ってくれたあの失礼極まりない少年は、どうやらさっきマキナさんが話していた、食事の配給係だったらしい。

盆の上に敷かれた巨大な一枚の葉っぱの更に上には、色形様々な山菜や木の実、干し肉等が山高に並べられている。決して美味しそうとは言い難い内容だけれど、生魚や生肉とかじゃないだけ十分マシだと思う。


これまではあの少年が牢の中まで盆を運び入れていたらしいけど、そんな村の人達に少しでも危険が及ぶようなこと、私がいるからにはさせる訳にはいかない。現に今、私のすぐ傍でもそもそと木の実を食べ始めている数人の子供達も、びくついた様子で鉄格子の向こうにいる少年の様子を伺ってるしね。


とぐろを巻いた緑色の山菜をヒョイと口に放り込み、咀嚼しながら鉄格子の方へと視線をやる。



おええ何これマズッ! ……って、んん??



薬のような味のする山菜をゴクリと呑み込み、私は眉を顰めた。苦味のせいじゃない。



少年とマキナさんが、鉄格子を挟んで話をしていた。



内容は「寒くないっスか」とか、「朝メシはちゃんと食べれましたか」とか、一方的に少年がマキナさんを気に掛けるようなもので。それにマキナさんは「大丈夫です」、「はい」等と、あの天使のような柔らかな微笑で答えている。


マキナさんがそれほど脅えたような様子じゃないのも気になったけれど、それ以上に少年の方に視線が持って行かれてしまった。

さっきの無邪気な笑顔とは違う、何ていうか……とろけるような甘い顔をしていた。

頬はほんのりと赤く、耳と目尻はふにゃりと垂れ下がり、マキナさんからは見えないふさふさの尻尾はパタパタ揺れている。



鈍感だなんてよく言われちゃう私でも分かるぞ。こ、これは――



「セト! ニンゲンへの食事の配給は済んだのか」



突然階上から響いた声に、私の珍しく活性化した乙女思考は断ち切られた。



何だよもー、折角いいとこだったのに! 殺伐とした空気の中にロマンス誕生の予感だったのにっ!



セトと呼ばれた少年は、けだるそうに顔だけ階段の方へ擡げると、



「終わったよ! ……けどまだいいだろー? どーせ他にやることもねーし」



遠回しに、まだこの牢の間にいたいと声の主へ返した。

けれどそんな我が侭通る訳も無く、



「やる事なら山ほどある。ロキが帰って来た」


「ロキがァ!?」



素っ頓狂な声を上げると同時に、セトはシャキッとその場で起立した。


そう言えばさっきのガルムを呼ぶ声も、ロキがもうじき帰って来る……とかなんとか言ってた気がする。

みんなして迎えなければならないような、重要人物(人じゃないんだろうけど)なのかな、ロキってヤツは。



「分かったら早く来い。……アイツに叱られたいのなら、話は別だがな」


「じょ、冗談じゃねーよ! 行く行く行きます! ロキのお咎めが並尋常じゃないの、お前も知ってるだろーが」



そう叫んだ後、セトは慌てたように踵を返して階段へ向かって歩を踏み出す。

が、寸での所で踏み止まり、くるりと牢の――ポカンとセトを見上げているマキナさんの方へと再び向き直った。

さっきまで調子良く左右に振っていた尻尾はだらりと垂れ下がり、耳も後方へ倒れている。



……アレだね、目は口ほどに物を言う……といいますか(目じゃないけど)。


人狼族(ウェアウルフ)は、人間より遥かに感情が読み取り易いらしい。


ブルーなのが丸分かりだ。今にもクーンと切ない鳴き声が聞こえてきそう。



「あの……マキナ、さん」


「はい」


「その…………また、ここに来てもいい……っスか?」



頭を掻きながらもごもご言うセト。見ているこっちがむず痒くなってくる。

マキナさんは数回ぱちくりと瞬きを繰り返した後、ふわりと優しく微笑んだ。



「はい。セトさんとのお話、楽しいので。待ってます」



嗚呼マキナさん。そんなエンジェルスマイルでそんなことを言われたら、誰だってクラッときちゃいますよ。

現に私の胸にもずっきゅんきました。射抜かれました。



にやけそうになる顔を引き締め、ちらりとセトの方を見やる。



おお、キミもずっきゅんやられたようだね。


口元はだらしなく緩み、鋭い八重歯を覗かせている。加えてさっきまでショボンと倒れていた耳は元気に立ち上がり、尻尾もパタタタと勢い良く揺れていた。

ほんと、分かりやすい。



「おい、セト!」


「ああ、ハイハイ。今行きまーす! ……それじゃっ」



苛立った階上の声に、今度こそセトは踵を返して走り去った。




……う~む、衝撃。




魔物も人間に恋するんだなぁ……。




ご機嫌で階段を上って行くセトの背中と、それを見送るマキナさんの横顔を交互に見やりながら、私は改めて小さく感嘆の溜息を吐いた。

美夜は他人の色恋沙汰には敏感です。


自分のことそっちのけで、他人に協力とかしちゃうタイプです←

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