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11 色んな意味でキャパオーバー

地面に敷き詰められた石畳。

周囲に立ち並ぶ巨大な建物は、どれも煉瓦や木や砂で出来た、一昔前のヨーロッパ式。

せわしなく道を行き交う大勢の人々。彼らもまた最初に出会った人達のように、世界史の教科書や文献で見るような中世ヨーロッパ風の格好をしている。

大通りの両脇には、見たこともないような食材らしきものを売っている露店が立ち並んでいて、呼び込みをする店主の声や人々の話し声があちこちで盛んに響いていた。



にぎやかだなぁ~。



この世界に来て初めての街だ。目に入るもの全てが新鮮で、ついキョロキョロとあちこち見回してしまう。



「おい、そんなフラフラしてると道に迷うぞ」



前を歩き、こちらへ振り返りながら魔王(装備:ほっかむり)が忠告してきた。

こうして見ると、本当に人間にしか見えない。実際この街の外壁に在る関所でも、鎧兜を装着した兵士らしき人達が立っていたが、特別呼び止められることもなく通過することが出来た。

捕まらなくてよかったとは思うけど、その反面こんなに警備が手薄で良いのかなと心配になる。魔王のように人型の魔物が街に侵入したら、人間なんて襲い放題じゃないか。

まぁ、この世界での魔物への対策がどの程度進められているかなんて、私が知ったこっちゃないんだけど。




ぐううううう




「ッ……!?」



突然自分から発した重量感のある音に、私は咄嗟に両手でお腹を押さえた。けれど目の前の魔王には聞こえてしまったらしくて。



「腹が減ったのか」



くるりと振り向き言ってくる魔王に、羞恥心で顔が熱くなるのを感じる。それを隠すべく私は唇を噛み締めながら俯いた。

……しょうがないじゃんか。だって昨日のお昼に学校で食べたお弁当から、なんにも食べてないんだから。ぶっちゃけると昨夜眠りに就く直前までも鳴り続けていたよ。ちくしょう。



「……服の前にメシにするか」



そう言うと魔王はつかつかと何処かへ向かって歩き出した。

食事の場へ連れて行ってくれるらしい。うう……相手は変態野郎なのに、何だか一瞬後光が見えたよ。

そう言えばこっちの世界に来て初めての食事だ。何か珍しいメニューとかあったりするのかな?

等と浮き足立つのも束の間。



「あ、ねぇお金は!? こっちの世界でも何か買う時はお金がいるんでしょ?」



先程辺りを見回していた時、露店で果物らしきものを買う女性が引き換えに銀貨のようなものを手渡していたのを思い出した。

しかし前を歩く男は昨夜100年の封印から解かれた魔王だ。お金など一銭も持ち合わせていないに決まっている。

けれど魔王は得意げな様子で、



「今朝服を奪ったニンゲンから盗ってきた。メシ代と服代くらい、あるだろう」



ポン、と最初から履いている、真っ黒なロングパンツのポケットを叩きながら言われた。私は顔を歪ませずにはいられない。


こ、こいつ、昔からこうやってお金を稼いでたんじゃないだろうな。……いや、きっとそうだろう。だって魔物が人間の通貨を得るために人間と一緒に働いたり出来るとは思えないし。盗む以外に方法はない。


窃盗金で腹を満たすなんて、私はいつからこんな不良になったんだろう。普通だったら即効観察処分だぞこれは。いや、奪った相手に危害を加えたとしたら下手したらネンショー行きかもしれない。ぞぞぉ。



そんなこんなで人の波の中を暫く歩いていると、不意に前を行く魔王の足が止まった。どうやら目的の場所に着いたらしい。

目の前に建つのは周囲に連なって建つものよりも赤茶の煉瓦が目立つ、洒落た雰囲気の建物だった。壁面から看板が出ていることから、ここがお店だということが分かる。

魔王が木製の扉を開けると、香ばしい良い香りが鼻腔を刺激した。

レストラン……と言うのか分からないけれど、ここは食事所のようだ。


店内には昼時だからか、結構多くの客がいた。各々テーブル席やカウンター席に腰掛け、楽しげな話し声を響かせている。

外装がそうならば、内装もヨーロッパ風で。さほど高い店ではなさそうだけど、何処か上品な雰囲気が漂っている気がした。


魔王は空いたテーブル席を見つけると、乱暴な態度でそこへ腰を下ろした。私も慌てて彼の向かいの木製の席へと座る。



「ほら、お前は何食うんだ」


「あ、うん。ええと……」



羊皮紙が束になったメニューと思しき物を魔王から受け取り、しげしげとそれへと視線をくばせる。



よ、読めないし……。



何ということだろう。言葉が通じるから、てっきり異世界トリップ特典〔言語翻訳能力〕が作動していると思ってたのに。

色あせたメニューに並ぶ文字列は、見た事もない奇怪な形をしていた。全く解読出来ない。


ん? ちょっと待てよ。

ということは、こっちの世界で私は本を読む事が出来ないのか!?

私の数少ない趣味だというのに! 一体どうしてくれよう。


悶々とそんな事を考えながらメニューと睨めっこしていると、魔王が私の様子に気付いたようで



「なんだ。どれを食べるか決められねーのか」


「! ……ちがいますー。字が読めないんですー」


「……へぇ、言葉は通じるのに字は読めねーってか。面倒なモンだな」


「改めて言わないでよ。ヘコむから」



ジト目で魔王を睨むが彼は意に介した様子も見せず、ヒョイと私の持つメニューを取り上げた。

続けてロングスカートを身に纏った女性店員を呼ぶと、スラスラと聞いた事のない料理名を口にする。髪をお団子に纏めた店員のその顔は心なしか赤く見えるが、不思議そうな色も浮かばせている。そりゃまぁ超絶美形男子がだっさいほっかむりスタイルだからね。誰だって奇妙な顔をせずにはいられないだろう。

注文を終え、店員が厨房の方へ戻って行くのを見やった後、私は口を開いた。



「魔物って、みんなあんたみたいに文字を読めるの?」



周囲の客に聞こえたらまずいから。少しばかり声を落として尋ねると、魔王はこちらへ視線を戻し、何かを哀れむような目をした。



「お前、ほんとに何も知らねーのな」


「あ、当たり前でしょ! 昨日の夜この世界に来たんだから」


「そう言われりゃそうか。……全員が全員ってわけじゃねーけどな。俺様みたいにある程度の知能が備わって尚且つそれを伸ばそうとする意欲があるヤツは、大抵読めるし、しゃべれる。世界共通語である〈セラヌ語〉を知っていればこうして街に侵入したり、人間に化けた時とかに、色々と便利だからな」


「ははぁ、なるほど」



つまり昨夜襲ってきた豹のような魔物は、知能が備わっていそうになかったから、恐らく文字は読めないのだろう。

どうやら魔物は人間と違って、それぞれ固体ごとに知能や体の機能が違うらしい。まさか魔物全員の食事がキスなわけないし。仮にもしそうだったら総称を色欲魔物と改名せねば。



程無くして料理が運ばれてきた。

木製のテーブルの上が、見た事のない品々でいっぱいになる。



「ちょっと多すぎない? 私こんなに大食いじゃないよ」


「俺だって腹が減ってんだよ。今朝だれかさんが食事を妨害してくれたお陰でな」



嫌味を含んだ物言いを無視して、私は視線を魔王からテーブルの上の料理へと移した。

サラダらしきもの、パンらしきもの、グラタンらしきもの。似通ってはいるがどれも見た事のない料理ばかりだ。

取り敢えず私は一番手前にある、乳白色のスープを口に運んだ。



おいしい……!



見た目はクリームシチューに似ていると思ったけれど、その味はチーズ&チキンといった感じだ。とろりとした舌触りが何ともたまらない。

空っぽの胃袋を満たすべく、私は夢中でスープを咀嚼する。

チラリと魔王の方へ視線をやると、彼もパンらしきものを頬張っているようだった。

てか人間の料理も食べるなら、キス……というか、エネジアだったっけ? 人間の生気なんて必要ないじゃないか。


何だか腹が立ったから、私もパンらしきものを引っ掴み、豪快に頬張る。香ばしいバターの香りに、ふわっふわで弾力のある生地。めちゃめちゃおいしい! っていうかこれはパンだ。らしきものじゃなくてまぎれもなくパンだ。懐かしき味!

もっきゅもっきゅと頬張っていると、不意に視線を感じた。正面を見やると、魔王と目が合った。



「なにふぁ、じふぉじふぉみへ」


「なに言ってるかわかんねーよ。てか口に入れすぎだろそれ」


「ひょーふぁふぁいれひょ。おふぁふぁふぁへっへんばふぁふぁ」


「だからわかんねーって。……………………………………やっぱ似てねーか」


「??」



魔王が何か言った気がしたけど……気のせいかな。

まぁ大したことではないだろう。言っていたとしても嫌味か悪口だ。ぜったい。

自分の中でそう処理して、ゴクリとパンを飲み込む。



「つーかセラヌ語が読めねぇといい一般常識も知らねぇといい、お前、ほんとに何でこの世界に来たんだよ」


「来たんじゃなくて連れて来られたの! 昨日だってあんたに訊いたでしょ、元の世界に帰る方法しらないかって」


「ンなの覚えてねーよ。てか連れて来られたにしても、誰に、何のために、どうやって連れて来られたって言うんだ?」


「そんなの私に分かるわけな――」



……いや。分かることは、ある。


そうだ。これまで突然の異世界トリップとか魔物とか命の危機とか、色々なことで思考回路が占領されてて深く考えられなかった。いや、考えたくなかった。

私がどうして、この世界に連れて来られたのか。


私は図書室で見つけた本の光に引っ張られ、気を失った。で、気付いたら森の中。

つまり、たまたま私があの本を見つけて開いてしまったから、私は本に(・・)異世界へと連れて来られた……ということになる。

加えてあの本があったのは学校の図書室。高校の生徒ならば誰でも利用する場だ。

じゃあ私じゃない誰かが見つけても、同じようなことになっていたのだろうか?

私じゃなくても、よかったのだろうか?



そこまで考えて私はかぶりを振る。



いやだ。冗談じゃない。

そうなると私は、いよいよこの世界での存在価値がなくなってしまうじゃないか。


仮に自分が小説や漫画でよくある、救世の勇者や巫女のような何かとして召還され、この手に世界の命運が握られているとか、そういうことだったら話は別だ。

けど、私は偶然(・・)本を見つけて結果的にこちらの世界へ勝手に迷い込んで(・・・・・・・・)しまった挙句、魔王の封印を解くという行為を犯した。


選ばれた者なんてもんじゃない。


私はこの世界で望まれていない、存在だった。


世界と世界の境界線から飛び出し、禁じられた行為を犯した、いてはいけない存在なのだ。





「おい、どうした」



魔王の声で我に返った。

一口かじっただけのパンをわし掴みにした状態のまま、私は固まっていた。その手は我知らず震えている。背中を冷たい汗が伝った。



「……きもちわるい」


「はァ? ……お前バカだろ。あんだけ一気に食やそーなるに決まってんだろーが。ここでゲロるなよ?」



私は席を立った。



「…………かえる」


「…………は!? なに言ってんだおま――」


「家に帰るの! ついて来ないで!」


「! ちょ、おいコラ待て! 並み顔女!」



扉へと走り、外へ出る。

魔王の呼ぶ声が聞こえたが、無視した。だって私の名前、美夜だし。並み顔女じゃぁないし。





この世界には、私の名を呼ぶ人はいない。



私の居場所はない。



存在理由も、ない。




私はどうして、この世界にいるの?



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