8話 人
館の外にいた隊士たちを館内にて休息をとらせた後、フランとアルバ、そしてザンはアルバが一番最初に目覚めたあの寝室へと移動した。ザンにアルバのことを説明するためだ。
アルバは魔女である。
魔女は、この世界では異質な存在だ。もし、アルバの存在を知った良からぬ者がアルバの力を利用でもしようと考えたら国の脅威となるであろう。そう考えたフランは自分の信頼を置けるザン以外の隊士にはアルバが魔女であることを伏せることに決めた。ザンにはサディアス王にアルバのことを報告し、王の判断を持ち帰って貰う任務を頼んだ。
「陛下によろしく伝えてくれ。」
「………分かりました。」
「頼んだぞ。」
ザンは相変わらず眉間に深い皺を刻みつつ、フランから王に届ける書状を受け取った。
ベッドの隅に膝を抱えて座るアルバはぼんやりと二人のやりとりを見ていた。自分のことなのだが、特に興味がわかなかった。アルバにとって、その話はフランと交わした約束によりもう終わった話だからだ。
「しかし、魔女と言って、陛下は信じてくださるでしょうか?…私とて信じられない話ですし。」
「…信じられない気持ちはよくわかる。が、アルバが魔女であることは真実だ。アルバが魔術を操っているところはこの目で見ている。」
「危険ではないのですか?」
危険。その言葉がじわりとアルバの心の奥底に沈んでいく。
フランはザンの言葉に顔をしかめた。ザンの言い分はよくわかるが、アルバのことを想うとザンの直接的な言葉は胸を締め付けた。
「あたしが、」
その時、ずっと黙っていたアルバが口を開いた。ザンは口を挟むなと言いたげな表情をアルバに向けるがアルバは言葉を続ける。
凛とした声が室内の空気を変える。
「あたしが、もし、あなたたちを傷つけるようないことをしたら、殺していいよ。」
ザンは目を見開いた。アルバの目は嘘をついていない。本気だ。
しばし沈黙が続き、それを打ち破るようにザンは大きく息を吐いた。ザンのそれは、呆れ。それと同時に了承の意味も含まれていた。フランはそれを見て安堵の表情を浮かべる。
「では、私は陛下の元へ行くとします。」
「頼む。」
「いえ。どういう返事がきても、恨まないでくださいよ。」
「わかってる。」
ザンはフランに一礼すると部屋を後にした。
ザンが退室したことにより先ほどまでピンと糸を張りつめたかのような空気がプツリと消える。
アルバは座っていたベッドにそのまま後ろに倒れた。一見無表情だが、どこか疲労が伺える。
アルバは瞼を閉じ、一つ、長く息を吐いた。
フランに出会ってからというもの、静かだった日常がガラリと変わった。アルバにとっては好ましいことなのだが、いかんせん人と接するということに慣れていない。神経を使う。だから、疲れる。
「アルバ。」
「ん?」
アルバが寝そべるベッドに腰掛けた。ギシリとベッドが軋む。
「ザンは良い部下なんだ。さっきのは見逃してやってくれ。」
アルバは閉じていた目を開き、フランを見た。フランはアルバをジッと見つめていた。眉間に皺がよっている。
「…別に。彼の態度は当たり前のことだと思う。気にしてない。」
アルバの本心だった。アルバは自分の立場をよく理解している。フランだって、最初こそは警戒心をむき出しだった。今は打ち解けたところがあるせいか全然警戒心が伺えない。そこが、アルバは少しばかり不思議だった。自分は、魔女なのに。世界の異物なのに。この短時間の間でフランの心境に何があったのかアルバには見当もつかない。魔法を使えばフランの考えていることなどすぐわかるが、人様の胸の内を勝手に覗くのはなんだか気が引けるのでアルバはしたくなかった。考えるのも面倒である。自分自身がわからない状況なのに他人のことまで考えてなどいられないのだ。
「………そうか。」
フランはアルバの返答に安堵の表情を浮かべた。
フランの部下であるザンは結構神経質な男だ。例え自身の上司であるフランがアルバに気を許していても、自分が安全と認めない限りとことん警戒する。そんな男なのだ。
そのことでアルバが傷ついてしまわないかフランは心配だった。しかし、その心配は必要なかったようだ。
アルバは少しずつまどろみの中へと船をこぎ始めた。
「……寝る。」
「ああ。」
ぽつりと小さく呟かれた言葉にフランは笑みを含ませながら「おやすみ。」とアルバの髪を梳ながら言う。
アルバはゆっくりと夢の中へと落ちていった。