4話 白紙
目が覚めてからどれくらい時間が経ったのだろうか。頭の中はずっと空っぽで、自分のことを考えることはとうに諦めてしまった。毎日、寝て、起きて、食べて、飲んで、また寝て。その繰り返し。幸いこの館には井戸水が引いてあったため、水は困らなかった。食料も館の周りが森のため、適当に果物を取って口にしていた。
そんな生活をしていたある日、非日常が訪れた。
アルバは人一人分程距離を取った位置でベッドに腰掛けている男を見た。
綺麗なプラチナブロンドの少し長めの髪に、真っ青な瞳で目は少したれ気味、モスグリーンの軍服を身に纏っている。一見細身に見えるが、軍服を着ていることを考えると服の下はきっと鍛えられているのだろうと安易に予想がつく。
アルバは腕の中にある刀をぎゅっと握りしめた。先ほど、この目の前の男に喉元に突きつけられた物だ。
「俺はフラン。王国騎士団所属。位は大佐だ。」
フランと名乗った男は真剣な目でアルバを見据える。真っ青な瞳はどこまでも深い海の色のようだとアルバは記憶にない海のことを考えた。
視線で名を名乗れとただされ、アルバもゆっくりと口を開いた。
「アルバ。」
「アルバ、か。」
コクリとアルバは頷く。フランは本気で一時休戦するつもりなのか、喉元に刀を突きつけられた時のような殺気がない。そのことにアルバは少し安堵する。
「さっき…アルバは自分がここにいることがわからないと言ったが、本当に何もわからないのか?」
「……目が、覚めたら、そのベッドで寝てた。」
アルバはフランからベッドへと視線を流す。フランも釣られて、視線を自分が腰掛けているベッドへとやった。やはり、盗賊にでも誘拐されたのではないだろうかとフランは思う。
「アルバの家はどこだ?サディアスの出身なら家まで送ってやることは出来る。」
ベッドからまたフランは視線をアルバに戻す。そして、少しばかり目を見開いた。アルバの表情は変わらず無表情だが、幾分か顔が青白かった。
「どうした?…具合でも悪いのか?」
アルバはふるふると小さく首を横に振った。頭に合わせて長い黒髪がゆらりと揺れる。どこもかしこも美しい女だとフランは改めて思った。
「わからない。」
「わからない?」
「自分の家なんて、知らない。」
真っ赤な唇からアルバは淡々と言葉を紡いでいく。なるべく、声が震えないように。
「だって……あたし、記憶がないんだもの。」
どうにもならない現実に胸を鋭い刃物で突き刺されたような気がした。




