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Super Apple  作者: 饗庭淵
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3章

3.



もう一週間が経とうとしていた。

 彼女と出会って、まさにちょうど一週間という瞬間まで、あと数時間。先週と同じように昼休みが終わり、次の講義へと向かう。

 本来なら阿閉と並んでいるはずだった。だが、俺の隣で歩いているのはやはり瀬川なのだった。

「お前、次の講義なんだ?」

「さあ……」

「俺はお前の時間割とか知らんが、俺と同じではないよな?」

「多分違うと思います」

「じゃあなんでついてくる」

 講義が違えばさすがに振り払えると思ったがそうもいかなかった。

「個人的にその講義が興味深いというのもありまして……」

 次の講義は宇宙論入門。今思い返せば、先週の今の時間あたりに宇宙人がどうとかという話をしていた気がする。

「興味があるだって? もとの瀬川縫子は別の講義を選択してたんだよな。つまり趣味嗜好が変化したと?」

「宇宙人ですから」

 それはギャグでいってるのか。宇宙論入門を宇宙人が受ける。宇宙人であれば興味を抱くのも無理はない。今日は先週の続きで一般相対性理論の話に入る。いきなり入ってきて理解できるのか。

「つーか、単位はどうなんだ? 二週間休んでたろ」

「ま、まあ、なんとかなると思います」

「ずっとこの講義受ける気か? いまさら変更はできないぞ。この時間の単位は捨てる気か?」

「そうですねえ……」

「今日落としたら少なくとも三回休みだろ? 普通に考えてまずいぞ」

「ちょっと待ってください……あ、大丈夫です。私が受けてるのは図形科学といって、出席とらないんですよ」

 思い出す。的場が受けているというやつだ。やつも今日はサボってゲーセンに行くだとかほざいていた。運命が導くようにことごとく振り払うのに失敗する。頼みだった第二外国語まで同じだったのだ。

 しかし、宇宙人を振り払うのに単位を持ち出すか。それも滑稽だと思った。


 宇宙論入門。やはり興味深い講義だったが、目の前の宇宙人の正体を知るための参考にはならなかった。たまに少し脱線してドレイクの方程式やオズマ計画など、この宇宙に人類の隣人はいるのか、などのロマン溢れる話をしていたが、あの教授も、まさか宇宙人が自分の講義を受けているとは夢にも思うまい。

 先週と同じようにすべての講義を終え、帰宅する。

 一週間が終わり、待ちに待った土日を迎える。疲れがどっと押し寄せてくる感じがした。

 ふと隕石(?)が目の端に映る。すでに部屋を飾るオブジェの一つと化していた。

 隕石については改めてネットや図書館でつまむ程度に調べたが、やはり素人にそれを判別するのは難しい場合が多いらしい。写真もいくらか見たが、似たような形のものは見つからなかった。手にとっていくら眺めてみてもせいぜい「奇妙な形をした石ころ」以上のものには思えなかった。だが、本気で彼女の正体を知ろうというなら、いい加減に詳しく調べてみる必要がある。俺の行動は遅い。

 静かと思ったら、瀬川はひたすら読書をしていた。図書館に行ったときに借りたものだ。読んでいるのは宇宙がどうとか生物がどうとか、割と真面目のようだ。ああして知識を吸収しているらしい。俺の方は、ぼーっと時間を過ごしているとそろそろ腹が減ってきた。しかし、今から夕食の支度というのも億劫に思えてきた。今日は学校の食堂で済ませることにしよう。速やかに立ち上がり、瀬川の不意をつき家を出る。瀬川を振り切るくらいの気持ちで早足に行く。

「あ、ちょっと待って……」

 無視。

「カズ君」

「うるせええっ!」思わず取り乱してしまった。「なんだその呼び方」

「いえまあ……元木和晃、ですよね? フルネーム」

「答えになってない」

「でも、振り向いてくれたじゃないですか。目的は達成です」

 このふざけた呼称も俺に構ってもらうためらしい。

 宇宙人だというのが大嘘だとしてもその気持ちまで嘘とは……ダメだ、こういう思考がつけいられる隙になる。なんだか最近はいいように弄ばれてる気がしてきた。


「ん? 阿閉」

 人の混み合う食堂で、阿閉を見かける。

「よ、元木。奇遇だね」

 クラスメイトとはいえ、放課後に出会うことはめったにない。

 阿閉のもとに赴く。後ろで瀬川もついてきているのがわかる。途中でセルフサービスの茶をつぐ。少し近づいてみて気づいたが、阿閉と向かいあって座る男がいた。どうやら彼と話をしていたらしい。

「ああ、こいつはSF研で知り合った……」阿閉から紹介を受ける。

「って、秋山?!」俺は驚く。

「久しぶりだな元木」

「え? え? 知り合い?」

 二人を仲介するはずだった阿閉が置いてきぼりになってしまった。

「秋山とは中学のとき同じだったんだよ」と、俺。

「近くに住んでた。いわば幼なじみというやつだ」秋山が付け加える。

「お前が幼なじみでも色気がないな」

「毎朝起こしてやるべきだったかな?」

 このいやらしい笑みは見紛うはずもない。それでいて爽やかで明るいオーラを放つ、そんな矛盾を内包する。狂気じみた知識量と怪物のような洞察力を有し、俺を畏怖させ続けた存在。その魔力は健在だった。

「マジか。世間は狭いな。たしかに、なんか元木に通じるような気がしてはいたが……」

しかし、同じ大学に入っていたとは知らなかった。高校では卒業を境に別れたが、以後も友人としての交流はあった。思えば、進学の話などほとんどしなかった。互いに興味がなかったからだ。とはいえ、いくらなんでも同じ大学ということすら知らなかったというのは……。

「お前を驚かせようと思って」

 たったそれだけでこの大学を選び、受験し、合格したというのか。信じがたいことだが、秋山なら本当にそのためだけにそういうことをやりかねない。秋山はそういう男だ。実際に俺が驚いている以上、嘘はないのだろう。

「なあ阿閉。こいつ、イカれてるだろ」

「え、まあ、ああ……いわんとすることはわかる」

「をいをい、二人してなんだよ。俺はごく一般的な大学生だよ」

「それにしてもSF研か。研究対象として入ったのか?」

「研究者側だよ!」

「UMAの研究にはもってこいだ。しっかり研究されて人類のためになるんだぞ」

 という冗談に、距離をおいて話を聞いていた瀬川が反応する。本気で研究対象にされることを怖れてるのがいたのを忘れていた。

「で、なんの話をしてたんだ?」

「実はこの辺に宇宙人が不時着したものと踏んでるんだ」

 思わずお茶を吹き出す。慣用表現としてよく用いられるが、まさか本当に吹き出すものとは思わなかった。横目で瀬川を確認すると同じ惨状に陥っていた。

「おお、すまない。刺激が強すぎたか」

 呼吸を整える。

「相変わらずだな。突然わけのわからんことを」

 だが、こいつは昔からでたらめを言わない。でたらめの塊のような男だが、どんなに冗談めいたことでも、根拠があり筋が通っている。だからこそ怖ろしい。

「っと、宇宙人が不時着だって? なにを根拠に」

「最近ここら辺に隕石落ちたろ?」

「……マジか。いつだ、それ」

「けっこう前だな。三週間くらい?」

 ちょうど瀬川がいなくなった時期、そしておそらく「宇宙人」とやらが瀬川縫子を乗っ取った時期に重なる。瀬川が隣でカタカタ震えている。

「しかし、もし隕石が落ちたってならもっと騒がれてもいいんじゃないのか? 少なくとも俺は初耳だぞ」

「昼間だったからな。俺がそれを見たのも偶然なんだ」

「落ちてるのをみたってことか? つまり流れ星みたいに」

「ああ、落ちた隕石そのものは暇をみて探してる。教授と協力してな。この辺だと思うんだがなかなか見つからない」

 俺が見つけたのがそれであれば決して見つからないだろう。あるいは、俺のは粉々になったものの一つとも考えられるが。

「って、教授?」

「ああ。この大学で隕石関係を専門に研究してる教授。実験の講義のときに仲良くなった」

「相変わらずだな」

 まさかの急展開だった。あれをどう扱っていいものか悩んでいたが、ここで隕石だと主張するため材料、そして連絡先を同時に手に入れた。それについてはまたあとで相談しよう。それよりもまず聞くべきことは……。

「だが、それだけか? 隕石が落ちたってのも確かに珍しいことだろうが、それだけで宇宙人ってのは飛躍しすぎだろ」

「まあ、宇宙人ってのは可能性の一つだよ」

「いや普通の人間なら可能性の一つとしても考慮しない」

「ちょっとした思考実験だよ。せっかくの隕石だ。もしかしたら宇宙人が……って考えると面白いだろ?」

「それだけなのか?」

 要はただの冗談だったのか。秋山にしては珍しいが、この場合は俺が本気にとりすぎていたということだろう。冷静になってみれば、宇宙人がどうとかなどという話が本気であるはずがない。まさか瀬川についてなにか感づいてるものかと思ったが、さすがの秋山でもそれはなかったようだ。

「えっと……瀬川さん、だったかな」

 思わぬ瀬川への直接攻撃。また吹き出しそうになる。

「瀬川がどうかしたのか?」

「いやいや、阿閉と話をしてたらなんでも元木という男に妙な女性がつきまとってるとかいう興味深い話を聞いたもんでな。これは奇妙じゃないか。実に興味深い。これはミステリーじゃないか。SFだ。どんな些細な奇妙も俺は見逃さない。その積み重ねが輝かしき新世界への招待状なのだから」

 瀬川の震えはますます激しくなった。

「おいおい、まさか瀬川がその宇宙人なんていわないだろうな」

「ん? そうなのか? 俺はそこまでは言ってないが」秋山は少し考え込む。「面白いな。たしかに、元木ともあろう男に女が、ってのはかなり奇妙だ。奇妙すぎる。この奇妙を埋め合わせるにはそれくらい必要だ。宇宙人説は至極自然だ」

「そんなに奇妙かよ!」

「じゃあなんだ? なんで彼女はお前につきまとってるんだ?」

「知らん。わからん」

「じゃ、瀬川さん。なにか事情が?」

 なんのためらいもなく初対面の瀬川への直接質問。耐えかねた瀬川は顔を赤くし、あわてて立ち上がりその場を去った。

「逃げた」

 初対面の女になんの臆面もなく「君、宇宙人?」ときたものだ。社交性か、大胆さか、異常なまでの知的好奇心か。

「秋山、めちゃくちゃ怯えてたぞ」

「う~む、悪いことをしたかな」

「はあ。元木、こいつって昔からこうなのか? 瀬川に直接質問なんて俺たちができなかったことを平然と」

「昔からそうだ」

「しかし、検証材料が失われてしまったな。宇宙人説はおいておくにしても彼女の存在は奇妙だ。こうなると……」

 俺が尋問の対象になる。

「すまん、急用を思い出した」

 条件反射で逃避。と、立ち止まる。

「いや待て。その話だが、あとで詳しく聞かせてくれ」

「どの話だ?」

「隕石と宇宙人だ」

 冷静になれば、願ってもないチャンスだった。この一週間、瀬川のいない時間というのがなかった気がする。

「聞きたいのは俺の方なんだけどな。彼女はいったいなんなんだ?」

 さて、どうしたものか。秋山になら話してもいいかもしれない。彼女が宇宙人の口外を恐れているのは村八分や実験動物を恐れるためだが、俺の場合は茶化されたり相手にされないと高をくくっているためだ。

 だが、秋山ほど確かな科学的精神を持っているものであれば、その恐れはない。しかし、今は阿閉もいる。ちょっとばかりややこしくなりそうだ。それに俺自身もなにをどう話していいのか整理がついていないし、どうせなら隕石という証拠物を持ち出した方がいいだろう。

「なんであとなんだ? 別に今からでもいいだろ。飯を食いに来たんじゃないのか?」

「少し準備があってな。まあ明日にでも。お前の家に行くよ。場所、ここらへんか?」

「OK。準備だって? いちいち思わせぶりだな。楽しみに待ってるぜ」

 とりあえず今日は別れた。希望も持てたために活力も湧いてきた。食事を自分で用意するのは面倒だが、しかしそうも言っていられまい。

 案の定、彼女は俺の家の前にいた。このままここに居座られ続けて妙な噂でも立たれたら困る。俺が鍵を開けると俺より先に家に飛び込む。そして部屋の隅でカタカタ震える。

「えっと……まさか人類って、なにか得体の知れない……超能力とか持ってません?」

 あろうことか、彼女が恐れていたのはそういうことらしい。

「普通はな、超能力ってのは宇宙人が持ってるんだよ」

「でも、私からすれば地球人類のが宇宙人なわけでして……」

 毎度のことながら頭を抱えざるを得ない。こんな意味不明なことを、演技でもなく冗談でもなく真顔でいうのだから。

「人間の身体を乗っ取ってるんならそれくらいわかるだろ。それっぽい能力があるのかどうかは」

「わからないから超能力なんですよ!」

「少なくとも俺にはない。お前にもないだろ? あいつは知らないが」

「やっぱりあるんですね超能力ぅぅ」

 まさか、宇宙人が人類の超能力を恐れるとは思わなんだ。

「ともかくもだ。まあ、人類の文明というのが宇宙人のお前から見てかなり高レベルで恐ろしいんだろう、てのは認めよう。だが、お前も十分に恐るべき宇宙人だと思うんだよ。宇宙からはるばるやってきて、人間に寄生しうまく社会に溶け込んでる」

「その代わり、自分が宇宙人である証拠といいますか、……宇宙人であることを捨ててその分人間になっただけです。人間にできることを人間にさせているだけでして……」

「宇宙人である証拠がない、つまり宇宙人であるという意識さえももはや希薄ということか?」

「ええまあ、いえ、認識はあるんですが……自分がなにものだったのかよく覚えていないというか、説明できないでいるわけですから……」

「認識はできるが出力ができない」

「はい、ちょうどそんな感じです……」

 秋山は俺や彼女に話を聞けばなにかわかると思っているようだが、それは俺がもう十二分にしている。しかし俺の方は、秋山から話を聞けばなにかわかるような気がするのだ。

「自分がなにものか、それは瀬川も知りたいと、いや知るという表現も違うんだったな。ややこしい」

「そうですね。たしかに知りたいというのは少し表現が違うんですが……理解したいです」

「俺もだ。それはかなり興味深いと思っている。そしておそらくあいつも」

「あいつというのは?」

「あの男、秋山だよ。あいつになら話してみてもいいんじゃないのか? 科学的好奇心旺盛だ。知識量も並じゃない。かなりのSFマニアでもあるし。なにかわかるかもしれん」

「?! いえ、待ってください! それだけは! それだけは……!」彼女は予想以上にうろたえた。

「なんだよ、お前も知りたいんだろ?」

「知られるのはもっといやです」

「実験動物にされないかって? そんなに恐れることもないと思うけどな。お前は外見上はどう見ても人間だし、社会的にも人間の身分はあるし。俺の知るかぎりモルモットがどうとかってのはあくまで人間離れした醜悪な化け物とかがだな……ともかく、人権が侵害されるようなことはないと思うぞ」

「そうですね……そうなんでしょうけど……超能力……」

「くそ、宇宙人のくせに妙なものに恐れやがって」

「だって……」

 この一週間で俺にできることは、もうやり尽くしたように思う。とりあえず通常通りに生活し、その様子を観察する。だが、それだけではなにもわからなかった。そろそろ専門の研究機関を頼る必要がある。秋山ならその手のコネクションも持っているだろう。

 まず思いつくのは天文学者の協力を願うことだが、あるいは精神科医というのもありだろう。妄想と決めつけるわけでなくとも催眠法というのは有効であるはずだ。ただの妄想であれ本当に宇宙人であれ、もっとも有力である「彼女に聞く」という方法の究極だからだ。かなり有益な情報が得られると思う。

 だが、いずれにしても俺以外の誰かの手を借りなければならない。それが彼女は怖いらしい。それに加え、今度は超能力を怖れはじめた。

「まあいい。とりあえずはこの隕石、これだけは本物の可能性が出てきたから、これの分析は依頼してみる。いいな?」

「え、ええ。それなら構いません。少し怖い気もしますが、私に危険の及ばない範囲であれば……」

 隕石の分析までは止めない。これが隕石である保証はまだないし、彼女と関係するかどうかもわからない。もし関係するとしたら、たとえば彼女も隕石の落下を見て、それが原因で妄想が発症したのか。それとも隕石が直接頭にぶつかって? ともかくも調べる価値はあるだろう。

「で、どうするんだ? こわいこわい超能力に対して」

「怖いので引きこもります」

「どこに?」

「ここに」

 始末に負えない。

「びびってるだけじゃどうにもならんだろ」

「とにかく引きこもります。とりあえず引きこもります」

「引きこもるにせよ俺の部屋に引きこもるなよ!」

「……すみません」

 といいつつ、やはり俺の家に引きこもる気らしい。妙なところで強情なのだ。


 土曜になる。約束どおり隕石を持参し、秋山のもとへ行くことにした。

「じゃ、行くからな」

「はいどうぞ……行ってらっしゃい……」

 俺が家を出ようというときにも、ついてくる様子はない。本気で引きこもるようだ。

 これは一つの実験だ。彼女を一人にしてみる。

 銀行通帳をはじめ貴重品は警戒し常に持ち歩いている。盗られて困るものは極力家にはおかない。別に、PC内のデータにも国家機密の類などありはしない。個人の趣味レベルだ。見られても盗られても減るものではない。壊されるのは勘弁だが、そんなことをしても彼女にはなんの利益もない。

 しかし、貴重品を常に持ち歩くというのも危険だ。彼女は単独犯ではなく仲間がいる可能性もある。だが、彼女が家に居座るからといって必ずしも俺が貴重品を持ち運ぶとは限らない。彼女を詐欺師と仮定して思考すれば……俺が警戒せずに家においたままの場合は瀬川自身が、持ち運ぶことがあれば仲間が、ということになるのか。

 ただ、何度も繰り返し脳内で検証したことだがあまりに遠回りすぎる。効率が悪い。賢明なやり方とはいえない。

 そんなことより、彼女が瀬川縫子であることは違いないのだ。それは確認したことだ。彼女を疑うなら大学に入学した段階まで遡ることになる。それは宇宙人云々と同等以上に馬鹿馬鹿しいことだ。詐欺師云々の疑いはもうやめよう。

 ともかく、一人にすることでなにかわかることはあるかもしれないし、俺もそろそろ彼女から離れた時間が欲しかった。

 自転車で数分。薄汚いアパートに秋山は住んでいる。同じ地方出身で同じ大学なのだから、当然引っ越してきている。大学に入ってから何度かメールのやりとりをしたこともあった。てっきり地元に残っていると思っていたからそんな文面で送っていた。やつはそれを読みほくそ笑んでいたのだろう。

「よ、来たな。茶でも淹れるか?」

「頼む。コーヒーがいいな」

 秋山の部屋は相変わらず雑然としていた。さまざまな書物、さまざまな物品が散乱する。多趣味のほどが見れば見るほど知れた。

「えっと、ていうかなんだって? 俺がお前に聞きたいことは覚えてるんだが、お前はなにが聞きたいって?」

「宇宙人がどうのっていう話だ。それについて詳しく聞きたいんだが」

「詳しく? 具体的になにが聞きたいんだ?」

「昨日も言ったが、本当にただの冗談なのか?」

「冗談じゃないさ。俺はいつだって本気だ」

「なら、なおさらわからない」

「やけに食いつくな。まさか本当にあの女が宇宙人ってオチが待ってるのか?」

 痙攣する。だが、いくらビクついても悟られることなどありえない。どんな下手な嘘でも、隠すべき真実がまさか本当にそれだとは、いくら秋山でも思いも寄らないはずだ。本当にそうであるかは俺もまだよくわからないことではあるが。

 ともかくも、こいつが「宇宙人がいる」という結論に達した論理・思考過程に興味があった。あるいは、こいつの知識量ならば瀬川縫子の正体についてもなにか参考になる話でも聞けるかもしれない。そんな期待もあった。

「宇宙人ねえ。語らせると熱いよ、俺」

「だろうな。予想はつく」

 秋山の目が光る。コーヒーを口に含み、喉を潤し話をはじめた。

「スタニスワフ・レム『ソラリス』ってSF小説なんだが、知ってるか?」

「いや、名前は聞いたことある気がするが……読んだことはない」

「ええっと、ほら、これだ。まあ、興味があったら読んでみるといい。として、レムはその小説の序文でこう書いている。多くのSF作家が様々な地球外生命とのコンタクトを想定しているが、そこにはすでに三つのステレオタイプができている。『意志疎通ができる場合』『彼らが人類に侵略される場合』『彼らが人類を侵略する場合』、とな」

「なるほど、たしかにそんなところだな」

 俺の出会った宇宙人――瀬川縫子は「意志疎通ができる場合」にあたるというわけだ。つまりそれは、現実であるにもかかわらずフィクションの類型に当てはまっていることになる。

「だが、実際にはこれら三つの場合は稀ではないのか、という想定のもとレムは『ソラリス』を書いた。つまり、意志疎通もできず、戦争にもならず、それどころが人間の理解を一切許さない、生命であるかどうかすらが議論の対象となる存在だ」

 俺が瀬川縫子に感じた違和感、疑惑の根拠もそのようなものだ。ずっとモヤモヤしていたが、秋山にいわれてハッキリした。つまり、彼女は宇宙人というのはあまりに人間的すぎるのだ。まるで、地球人が想像する「都合のいい宇宙人」のように。

「地球外生命を発見するための最良の方法、なんだかわかるか?」

 秋山はしばしばこのように唐突な問いを提示することで話に入る。

「SETIにおける電波解析のさらなる高速化や効率化、とかいう話じゃないよな」

 俺の答えが期待通りだったのだろう。秋山は嬉しそうに答えをいう。

「簡単なことだ。生命という言葉の適用範囲を広げればいい」

「おいおい。トンチかよ」

「大マジだ。そもそも生命という言葉の定義がはっきりしていないんだからな。たとえばガイア理論。地球を一つの生命として見なす、ってのがあるだろ。ラブロックのあれ自体はトンデモの域だが、まあ思考実験だ。これをさらに拡大させて、他の惑星や恒星さえも生命と見なす。するとどうだ? 実はもうとっくの昔に地球外生命は発見されているんだよ」

「反則だろ」

「だが認めるよな?」

「たしかに、生命という言葉の定義ははっきりしてない。だが、それは人類が求める地球外生命体じゃない」

「その通り。実は、人類の求める地球外生命やら宇宙人とやらの範囲はすごく狭いんだ。そうだな、もし宇宙人がいるとしたらどんな姿だと思う? あるいは、どんな姿であって欲しい?」

「そんな風に聞かれても想像もつかないな。少なくとも人型というのはないだろうと思う。あまりに芸がない」

「そう、きっと想像もつかないような生物なんだよ。どれだけ譲歩しても人類と同じ姿を持った宇宙人などは考えられない。たとえ地球そっくりの環境を持った惑星があったとしても、この地球と同じような進化を経ていることはまずあり得ない。生命の発生とは気象現象だ。すなわち、初期値に鋭敏に反応するカオス系。アフリカで蝶が羽ばたけばニューヨークで雨が降るというやつだ。ほんの少しの初期値の違いが予測不能の巨大な変化になって現れる。8億年前にタイムスリップして、蝶を一匹殺したがために未来がめちゃくちゃになるとかいう映画があったかな。つまり、地球とまったく同じ、一切の誤差を許さず文字通りまったく同じでなければホモ・サピエンスは誕生しない。逆にいえば、初期段階でほんの少しでも条件が違えば最終的にはまったく違う進化系統樹を描くことになる。そんな、まったく別様の体系を持った生物を、我々は生物と認められるのか。そこが問題になる。地球と同じような、と仮定してもこう想像できる。地球とまったく異なる環境で生まれた生命なら一体どうなる?」

「ん。その話は大体わかった。せっかく生物として進化していたとしても、人類はそれを生物として認めることができない可能性がある、ってことだな」

「現に、人類は肉眼でも視認できる太陽や月があるというのに、彼らを生命とは見なしていない」

「いくら生命の定義がはっきりしていないからといって、太陽や月まで生物扱いするのは少し行き過ぎだろう。月が新陳代謝してるか?」

「まあ、その話はただの極例だ。それより関心の話題は宇宙人だったな」

「宇宙人?」

「狭義の地球外生命体。つまりは人類が会いたがっている存在だ。なにかしらのコミュニケーションが可能な知性体をとりあえず便宜上『宇宙人』と呼ぶ。別に人型である必要はない。地球も宇宙の一部だとか、人類だって宇宙人だとかいうのはややこしいからこの際なしだ。これでいいかな」

「まあ、それで問題ないだろう」

「だが、こう定義した場合、人類は永遠に宇宙人には出会えないんだよ」

「宇宙人とは出会えない? お前にしてはずいぶん悲観的だな」

「文字通りの意味じゃない。少し思考実験をしよう。ついに人類は宇宙人に出会った。人類が永らく求めていた、人類と意志疎通のできる宇宙人にだ。だがそれは、意志疎通が可能だという時点ですでに人間なんだよ」

「どういうことだ?」

「人間は人間以外の生物とはコミュニケートできない。たとえば、黒人をはじめて見た白人はどう思ったろう。人とは見なさなかったはずだ。自分たちと外見が大きく異なっているし、意志疎通もできない。だが、現代では黒人も白人と同じく人間ということになってる。黒人に限らず、人類にはさまざまな人種があれど、みな同じ人間ということで一括りにされている。かつては、宇宙人のような存在であった他者がだ。せっかく宇宙人に出会っても、意志疎通ができるのであれば彼が宇宙人である必要はなくなる。あるいは、宇宙人であることを示す特徴が失われるといえばいいのか。人間と同じように会話ができる、しかし人間とは異なる。彼を人間と隔てるのはなんだ? 黒人であれば肌の色が異なる。だが、それはあくまで人種の違いだ。たとえば、人間にない超能力を持っていたとしよう。しかしその場合も、超能力を持った人間でしかない。結局、彼はちょっと変わった人間でこそあれ、人間以外ではありえない。宇宙人に出会いたければその範囲を拡大すればいい。だがそれは人類の求める姿じゃない。皮肉にも、その人類が求める宇宙人は宇宙人ではありえないんだ」

「よくわからないな。たとえ意志疎通が可能で、人間となんら変わることがないにしても宇宙からやって来たという事実があるならそいつは間違いなく宇宙人だろ?」

「少し話が逸れたな。仮定に仮定を重ねた不安定な議論にはなるが……そうだな、仮に地球人とそっくりの、住む星が違うという以外は地球人となにも変わるところのない宇宙人がいたとしよう。そして、コミュニケーションの成立には文明レベルも同じくらいでなければならない。現代の人類の技術力ではこちらからの接触はまずできない。相手からの接触を期待するしかない。だが、相手のレベルは、我々を発見し、接触が可能であるほどの高度なレベルだ。この広大な宇宙から我々を見つけ出すというならば、間違いなく我々を遥かに凌ぐ観測技術を持っている。通信にせよ直接飛来するにせよ、人類を遥かに凌ぐ文明がなくてはならない。しかし、ここで問題が生じる。はて、これほどまでに優れた相手との間に、果たしてコミュニケーションは成立するだろうか? 我々はどうだろう。一世紀前の先祖と会話が成立するか? 千年前なら? あるいは原人は? 言語体系の変化を差し引いても――いや、文明の発展と共に言語も変化するのだから、その変化を差し引くことはできない。生物として同じ種でも文明レベルが異なれば対話は難しい。お前も、知性レベルのあまりに異なる相手と会話が成立しない場面には何度か出会ったことがあるはずだ」

「よくある話だな。いわゆる、人類は宇宙に知性体を求めるが、当の知性体は我々を知性体として見なしてくれるだろうか、我々など彼らにとって蟻のような存在にすぎないのではないか、ってやつか」

「そう。宇宙人も、知性レベルがあまりに低い相手といちいちコミュニケーションをとろうなどと考えない。というより、コミュニケーションができるという発想すら浮かばない。なにかしら手を出して実験は試みることはあるかも知れないがな。我々が蟻に対して抱く感情と同じだ。この場合、宇宙人は我々と接触しているが、我々の方は彼らを認識することができない」

「で、宇宙人に出会うにはどうしたらいい? 文明や知性のレベルが同じで、コミュニケーションが可能な宇宙人だ。お前はさっきまで『もし宇宙人と出会ったら』、という話をしていたはずだ」

「偶然に頼るしかない」

「偶然だって?」

 それは、瀬川縫子の言っていたことと同じだった。

「生まれた星こそ違えど、ほとんど同じといっていい生物であること。加えて、文明レベルが同じくらいであること。この二つの条件を兼ね備え、しかし、自力で相手方へ接触する術は双方共にない。となると、偶然に頼らざるを得ない。そしてその偶然によって、我々が行くのか相手が来るのかはどっちでもいいが、とりあえず相手が地球へ来たとしよう。どうだ、我々は彼を宇宙人として認められるだろうか」

「ちょっと待ってくれ! 偶然に頼ってきたとはいうが、どうやって? 相手の文明レベルが人類と同じくらいなら、宇宙航行が可能な宇宙船はまだつくれない。どうやって地球にやってきたんだ。偶然とはいっても、いったいどんな偶然がありうるというんだ」

「さあな。それこそ信じがたい偶然の重なりだ。少なくとも、自分で開発した機械や装置によって……ではないな」

「どういう状況だよそれは。いずれにせよ宇宙から来たというなら、そうだな、隕石でもなんでもいい。とにかくなにか降ってくるはずだ。なら、降ってきたという事実からそいつを宇宙人と判断することは可能だろ?」

「だが、その宇宙人も見た目は紛れもなく人間だ。巧妙な悪戯と考える方が自然だ」

「いや、だけどだ! 宇宙人なら人間と少しくらい違うところ、奇異な形態や超能力とか、なにか違うところがあるはずだ」

「そこまで異なるなら、それはもう人間とは別種の生物だ。コミュニケーションはとれない」

「つまり……つまり、どういうことだ?」

「せっかくやってきたというのに宇宙人である証拠が見つからない。そういう事態になるだろうな。そしておそらく、宇宙人本人ですら自分が宇宙人であることを認識できるかどうかすら怪しい」

 なんてことだ。こうまで瀬川のいうことと同じだと、共謀しているのではないかと疑いたくなる。普通に考えて瀬川と秋山で接点はないが、もしこれほどの大規模な悪戯を企画していたとしたら――あるいは知り合うことで生まれた企画かも知れないが、二人が組んでいると考えたくもなる。だが、秋山のことは長いつきあいでよく知っている。秋山は基本的に嘘はつかない。見知らぬ他人への嘘は平気だが、俺に対してなにか嘘を言ったことはほとんどない。というより、これが巨大な悪戯だとしたら演出があまりに神がかりすぎている。秋山はともかく、瀬川にそんな芸当が可能だろうか。

 共謀の線はない。秋山と瀬川で同じこといっているのはただの偶然か、あるいはこいつの論理が本当に正しいかのどちらかなのだ。

「把握した。つまり、お前が言いたいのはこういうことか。宇宙人がいるとしたら二つに一つ。異質すぎてコミュニケーションが成立しない場合、人間と似すぎているがゆえに宇宙人として認められない場合……って、結局は一つか。宇宙人に出会うことができたとしても、それを宇宙人と認めることができない」

「そういうことだ。だから、人類は宇宙人に出会えない」

「しかし、なんか詭弁めいてる気がするんだよな。たとえば、そういった両極端じゃなくてその中間の、ほどよい感じの、人類と見分けがつかないほどそっくりの宇宙人を想定しているくらいなら、たとえば古典的なタコ型やグレイだとか、そういう存在を想定することもできるんじゃないのか?」

「その場合はコミュニケーションが成立しないだろう。タコは火星人だったか? 地球へ無事やってきても重力の関係で地上ではおそらく立っていられない。だとしたら海だ。そうなるともうただのタコだ」

「なるほど。単純に地球環境に適合できずに生存できない場合もあるか。この場合は地球外生命の発見には成功したが、宇宙人には出会えなかったということになるのか」

「理解が早い。ちなみに文明レベルが同じくらいという条件も忘れずにな。地球の環境をどの程度把握していて、どんな宇宙服を開発しているか。現代の人類の技術では酸素の供給と外気の遮断は可能でも、重力はどうにもできない」

「しかし、いろいろとこじつけがましい感覚が抜けないんだが」

「隕石の存在さえかつては認められてなかったんだぜ? 認められたのはせいぜい200年前だ。19世紀だったか、とある二人の教授が隕石について大統領に報告したときも『石が天から降ってくると考えるよりも、二人の教授が嘘をついていると考えた方が合理的だ』なんて言われたくらいだ」

「でも、今は隕石の存在は認められている」

「そゆこと。合理的、なんてものは今まで積み重ねた知識の上に成り立つものだ。その土台が変化すれば合理的判断なんてやつはいかようにでも姿を変える。当時の知識では嘘をついてると考える方が合理的だったのさ」

「こじつけがましい感覚ってのもそのせいか」

「今の知識、今のステレオタイプで宇宙人を考えるかぎり、俺たちは宇宙人に会えない。そう合理的に判断した。しかし、その土台の知識――つまりはパラダイムか、それが変化してしまえばそんなものはすぐにでも崩れる。要するに俺がいいたいのは、宇宙人に対する不当な要求をやめよ、ってことだ。人類がステレオタイプにとらわれ続けるかぎり、人類は宇宙人に出会えない。問題は、ドレイクの方程式だとか、宇宙に存在する宇宙人の絶対数や出会う確率の計算じゃない。人類が宇宙人を捜し求める姿勢なんだよ。言っただろ? 宇宙人と出会うための方法は、その範囲を広げることだと。人類は宇宙人について古来さまざまな想像を働かせてきたが、人類が宇宙人に求める姿というのはステレオタイプ化している。会ったこともないのにな。それが宇宙人とのコンタクトを阻害する。実際、多くの宗教的発想が宇宙の理解を阻害してきた。宇宙人と出会いたければ想像しうるだけの『もしかしたら』を武装し、それを一つ一つ検証するだけの根気と情熱が不可欠ということだ」

「あー、ったく。はじめからそういってくれればいいんだよ。それならすぐ分かったってのに」

「すまないな。回りくどいのが好きなんだ」

 うまいこと話をまとめやがる。本当の宇宙人はこいつなんじゃないのかという気がした。

「しっかし、なんでこんなに食いつくんだ? まあこういう話はよくしたが、わざわざ話題を特定してまで聞きに来るってのはさすがに珍しいな。なにがあった?」

「隕石の話をしてたろ? それでだよ」

「隕石? それなら隕石の話をするんじゃないのか?」

「それは今から頼むよ。とりあえず宇宙人についても聞きたかったんだよ」

「答えが不完全だな。なにか隠してないか?」

 さすがというべきだろう。だが、瀬川について話すのはまだあとだ。彼女が嫌がっているのもあるし、それよりも確実なものがある。外堀から埋めていこう。カバンからブツを取り出す。

「これだ。これが隕石らしいんだよ。たまたま拾ったんだ」

「ん? 隕石……って、うを?! マジかよ!」

 興味対象は一気に目の前の隕石へ向かった。

「まさかお前に発見されてたとはなあ。見つからないわけだ。で、いつごろ拾ったんだそれ?」

「一週間くらい前だな」

「一週間? 隕石を発見したんなら早く通報しないと」

「どこにすればいいのかもわからなかったし、そもそも隕石かどうかも怪しかったんだ。お前の意見が聞きたい」

「どういう状況で発見したんだ? そして、なんでそれを隕石と思った?」

「いや、なんでといわれても……」

 考えてもみれば、なぜか。秋山が落下を見たといったから。瀬川に聞いたから。秋山は見たからだ。わかりやすい。では瀬川は? それによって地球へやって来たから? いや違う。そういうことではない。どうやってそれを知った? 彼女はなぜこれを隕石だと判断したんだ? なぜ隕石だと?

「彼女はなんだ?」

 秋山の問いは、あいかわらず率直だ。

 この男の協力があれば、瀬川の正体を解明はよりスムーズに行くだろう。しかし、ここで秋山に話したところでどうなる。瀬川自身を調べなければ意味がない。秋山からアドバイスを聞き、俺が独自に調査するという方法もあるだろうが、秋山が落ち着いていられるわけがない。秋山に話したことが瀬川に知られば、彼女自身を調べることができなくなるかも知れない。それとも、話してしまったとなれば諦めがつくだろうか? だが、確実ではない。どのみち、説得しなければならないのは瀬川の方だ。

「さあ。まさかホントに宇宙人ということはないだろうし」と、俺はごまかす。

「そうだよなあ。もし彼女が宇宙人なら人間そっくり型ってことになるけど。いや、変身やら着ぐるみやらっていう可能性も。それより、彼女がお前に雛鳥のようについてまわってる理由くらいわからんのか?」

「それもわからん」

「話によれば同棲までしてるとか」

 鎌かけか、情報網か。いずれにせよ話してしまった方が楽になれる気もした。

「ずいぶんと話し込んだな。じゃ、今日は」

「あ、逃げる」

 帰って瀬川に聞きたいこともあった。


「もう秋山の手に渡ったが、あの隕石。あれ、なんで隕石だと思ったんだ?」

 質問が唐突すぎたようだ。瀬川は目を丸くした。

「つまりだ、お前はあれが落下する瞬間を見たわけじゃないんだろ? 見られるわけがない。かといって落下した跡――クレーターや、屋根の穴があったわけじゃない。なんであれが隕石だと思った?」

 しばらく間をおき、質問の意図を理解した瀬川が答える。

「最初に手にしていたのが……それだったんです」

「最初だって? それは、お前が瀬川縫子を乗っ取ってから……ということか?」

「そうです。瀬川縫子の肉体を乗っ取って、その感覚器官に接続し、外部を観察したときに……私が握っていたのがそれだったんです」

「ふうむ、それじゃあ……あれ? なんでそれは公園に落ちてたんだ?」

「多分、無意識に捨てたんでしょう。いえ、捨てたというより、手からこぼれたというべきかも知れません」

「乗っ取った当初は右も左もわからない赤ん坊のような状態、だったと言ってたか」

「はい。ですが見覚え、という程度でその記憶は残っています。意味づけをされていない映像記録としてですが。あとは、公園あたりを中心として動き回っていたおぼろげな記憶もありましたから、あとは合理的推論に基づき……」

「生誕の地を特定したと」

「はい、そうです。そういうわけで……」

「それじゃあ、お前も隕石を探してた、ってことか?」

「いえ、確か鍵を探してたんだと思います。なくしたとしたら、乗っ取った瞬間……そう思い、ともかく自分の足跡を逆に辿って……」

「ああ~、そういえば鍵だったな。すっかり忘れてた。で、そのときたまたま見覚えのある物体を、ってところか」

「そんなところですね……」

「いや、待て。それだけでは隕石だと判断する根拠にはならない。そうだ、なんでこんな肝心なことを」額が汗に濡れたのを感じた。「どうやって、お前は自分が宇宙人だと判断したんだ?」

 秋山に話を聞かなければ思いも寄らなかったかも知れない。瀬川の話を聞き、瀬川の立場になって考えてみれば、それは奇妙なことだった。

「そう、いったいどこで宇宙人という単語が現れたんだ?」

 答えるに困難である質問であることが、瀬川の反応で知れた。しかし、答えられない質問ではないらしい。

「……はじめから、自分が宇宙人であるという意識があったわけではありません」

 順序だって説明するため、瀬川は落ち着いた口調ではじめた。

「あの日も雨でした。瀬川縫子としての、最後の記憶は……異物の侵入」ゆっくりと言葉を続けた。「瀬川縫子はそれを、幾通りの方法で解釈しました」

「そのうちの一つに、宇宙人があった?」

「いえ、その段階ではそこまではっきりとは……しかし、その記憶は私に受け継がれているわけで、瀬川縫子の知識を引き出しつつ、または新たに知識を吸収しながらその記憶についてさらなる解釈を進めました」

「なにをきっかけに宇宙人と?」

「パラサイト(parasite)、って言葉ありますよね? 早い段階からこの単語が連想されていました。瀬川縫子は謎の寄生虫に寄生されたのでは、と」

「なるほど」

「しかし、当然ながら寄生虫についていくら調べても人間の脳を乗っ取るような恐ろしい寄生虫については見つかりません。蟻の脳に規制してその行動を操る虫、というのはいるようですが、人間については発見されてはいないようです。で、そのときです。パラサイトという言葉で検索を続けていたとき……パラサイト(pallasite)という言葉に出会ったわけです」

「なんだって?」

「隕石の名前です」

「同音異義語か」

「これはただのきっかけですが、それをきっかけに、地球上に存在する寄生虫で説明できないのなら宇宙から……という発想になったんです。えとですね、ちょっと脱線しますが、その隕石、パラサイト隕石が発見された当時は、そもそも隕石の存在が認められてなかったといいます」

「その話は聞いたよ」

「え?」

「いやこっちの話」

「ま、まあ、そんなわけでして、そのパラサイト隕石についても、こんな奇妙な石が地球上のものであるはずがない、なんていう発想の転換で研究が進んだというので、私もそれにあたるんじゃないかって……」

「それにしても、たしかな根拠があるわけではないのか」

「根拠といいますか、そう考えざるを得ない要素、裏づけはあります。どうやら私の記憶は、とても地球上のものとは思えないんです」

「ふうむ」

「実は、私が自分が宇宙人と最終的に判断したのはカズ君と会ったあとなんです」

「俺と? ……ていうかその呼び名」

「正確には、カズ君に隕石について聞かれたときといいますか、あれが隕石だと思ったのは、それをカズ君が拾ったときですが……」

 把握してきた。

 俺が彼女の正体を探っているものかと思ったが、その立場はイーブンなのだ。



「あー、そろそろかな、夏休み」的場があくびをしながら言った。

「夏休み?」そろそろ七月に入ったころだった。「少し気が早すぎじゃないか?」

「こういうのは前もって長期的な視野で計画を立てることがな?」と的場。

「なるほどなるほど。えっと、夏休みって二ヶ月あるんだっけ?」と俺。

「二ヶ月?! マジか」と阿閉。

「そうだ、だからこそ計画的に望まなければ無為な時間を過ごすことになるぜ?」

「目の前の期末テストという現実から目を背けたいだけじゃないのか?」

「あーあー聞こえないー」

「海に生きたいな。何人か集めて海に行こうぜ」

「いいなそれ」

 ふと考える。長い期間、加えて、いわゆる夏休みの宿題がない。これはかなり自由に動けるのではないか。

「俺は廃墟に行ってみたいな」ふと、俺はそんなことを口にした。

「廃墟?」

「そう、たとえば炭坑。たとえば造船所。無用となった時代の遺物。なんていうかな。わからないか。そういうものにたまらなく魅力を感じるんだよ」

「へえ。またずいぶんと特殊な趣味を。しかしわかる気もするな。RPGのダンジョンみたいだ」

「具体的にはどこなんだ? 廃墟っても近所じゃそれらしいのは思いつかないな。漫画とかではよく舞台として出てくるが、ああいうのって実際にもあるのか?」

「そりゃあるよ。廃墟マニアには有名なところがあってな。しかしな、う~ん、いろいろあるんだが、とりあえず足として車が必要そうなんだよ。まずは免許とらないとダメかな」

「免許か。そうだな、俺もどうせ夏休みヒマだろうからとってみようかなあ」

「俺の行きたい廃墟ってのが、結構遠いんだよな。免許とるのってどのくらいかかる?」

「早くて一ヶ月、大体二ヶ月かな? まあ夏休みの期間内には可能だと思うけど」

「どうするかな。免許とっていきなり長距離運転というのも。それに親が許可しないか。車は親から借りないとダメだし」

「別に廃墟は逃げないだろ? 余裕持って来年ってのは」

「そうするのが無難かな。まあ、電車で行けるような場所もあるし、車使うのは来年にするか」

 話題が事切れ、会話に少し空白が生まれる。

「そういや、瀬川は?」と的場。

「あいつは……」思わず、ひきこもってると本当のことをいいそうになった。「さあ。俺に聞くな」

「なにいってんだよ。保護者だろ」

「あれ? 今の俺ってどういう位置づけになってるの?」

「実は本当の瀬川は死んでいて、今の瀬川はネットの海で発生した情報生命体……(中略)で、人間世界に溶け込むまでの教育係としてお前がその世話を任されてる」

 唖然とした。無数に提示されたトンデモ仮説の一つだろうが、実際の状況とかなり近い。瀬川の挙動が無関係の人間にもそう思わせるほどに徹底しているのか、誰でも思いつくような陳腐な設定を瀬川が演じているというのか。


 そして、瀬川はまだひきこもっている。俺の部屋に。

「ただいま」

 瀬川は俺の本棚から何冊か本を漁っていた。

「読みました。超能力」

 彼女が手にしていたのは、俺の本棚に入っていた宮城音弥『超能力の世界』。

「やっぱりあるんじゃないですか超能力!」

「ていうか、お前まだそんなこと言ってたのか」

 俺としては、なぜ瀬川がひきこもっていたのか忘れていたころだった。

 読んでいるのは宮城。トンデモな疑似科学とは違い、かなり信頼できる書物だ。その本も、超能力といういわゆる「非科学的」とされるテーマを大真面目に扱っている。ただ、本書と疑似科学との違いは、「これだけの証拠がそろっているからには超能力は存在するに違いない!」とするのではなく、「否定したいが否定しきれない」という立場にあるところだ。仮に超能力が存在するとしても、それは「正体不明」の言い換えにすぎない。ただ、他に説明する手段がない以上、超能力を安易に非科学的だと否定することはできない。逆説的に「科学とはなにか」ということが知らしめられる良書だ。

「まあ、現代科学をもってしても解明できていないとか、厳密な科学的実験で超能力と呼ばざるを得ない結果があるというのは事実だ」

「やっぱりあるじゃないですか……ブツブツ」

「詐欺師や勘違いって例の方がはるかに多いぜ? その本でもそういった事例が載ってたはずだ」

「それでも、たとえば動物の帰巣本能みたいなのって超能力の一種のようなものですよね」

「超能力があるからってなにを怖れる?」

「私の正体がバレます」

「まだバレてないだろ」

「いずれバレます」

「いずれはな」

 瀬川はまた震えはじめる。

 たしかに、科学は格段と進歩したが、いまだにわからないことが多いのも事実だ。宇宙の法則もそうだし、身近な生物について、あるいは人間の脳についても謎は多い。超能力もその一つに含まれる。

 それこそが俺たちの敵だ、と秋山はいつだったかそんなことを言った。科学によってそいつらを駆逐しなければ、と。まだ幼かった俺はそのときこんなことを言った気がする。科学が進歩するのもいいが、多くの弊害がある。核兵器での大量死、遺伝子操作の危険性、環境破壊。秋山がそれに対して答えた言葉は、今でも印象的に記憶に残っている。その言葉は詩のように響いた。

 ことの始まりは6500万年前。

 地球上で繁栄を極めていたある生物が絶滅した。キョウリュウである。

 彼らを滅ぼしたのは宇宙からの飛来者。火星・木星間の小惑星、巨大隕石。その凄まじい破壊力もさることながら、それは空を覆い、太陽を奪った。

 その結果、ある生物が生まれた。ヒトである。

 我々の力は絶大だ。地球上の生態系を崩すことは容易く、世界を滅ぼすことももはや容易い。地球上最強であり究極の異端児。遺伝子にメスを入れることも、宇宙へ飛び立つことも許された我ら。有り余るその力は自らさえも破滅へ導く。

 そう、我々は地球上の摂理に反して生きる。

 なぜなら、我々の敵はあの空のずっと向こうからやってくるのだから……。

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