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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一章「種蒔きの季節」

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第8話「土を読む」

 種を集め始めて、五日が経った。

 バアに教えてもらった上流の群生地も回り、皮袋は三つ分の種子で膨らんでいた。


 次は——蒔く場所だ。

 ソウは支流沿いを歩きながら、地面を見ていた。

 草や木ではなく、土を。

 前世の土壌学の知識を、頭の中で引っ張り出す。作物が育つには条件がある。水はけの良さ。養分の豊富さ。適度な保水性。そして日当たり。

 川沿いの沖積地がいい。川が運んできた土砂が堆積した平地。養分が豊富で、水に近い。

 ソウは川岸から少し離れた平地で立ち止まった。

 しゃがみ込んで、手で土を掘る。

 表面は乾いているが、少し掘ると湿った土が出てくる。色は濃い茶色。指で揉むと、しっとりとした粘り気がある。砂が多すぎず、粘土が多すぎない。


 ——悪くない。


 前世の言葉で言えば「壌土」に近い。水はけが良く、保水性もある。作物に最適な土質だ。

 だが、ソウはその言葉を使わない。前世の専門用語は、この世界では意味がない。

 代わりに、指先の感覚で判断する。

 握ると固まるが、突くと崩れる。この土は良い。握っても固まらないほど砂が多ければ、水が抜けすぎる。握って棒のように伸びるほど粘土が多ければ、根が伸びない。


 ——ここでいい。


 ソウは場所を決めた。支流から十歩ほど離れた平地。南向きの緩斜面で、日当たりが良い。水を引くにも近い。


 次は整地だ。

 草を抜く。石を拾う。土をほぐす。

 ソウは手で草を引き抜き始めた。だが、根が深い。力がいる。十本も抜くと、腕が痛くなった。

 ——こういう時に、体力のなさが響く。

 半日かけて、ようやく人の背丈四つ分ほどの面積の草を抜いた。小さい。だが、今のソウにはこれが限界だった。



「おーい、ソウ!」


 声がして振り返ると、テツが駆けてきた。


「何やってんの、こんなところで」

「畑を作っている」

「畑?」

「アムの種を蒔く場所だ」


 テツは剥き出しの土を見た。それから、ソウの泥まみれの手を見た。


「一人でやってたのか。言えよ、手伝うのに」

「お前には石器の仕事がある」

「石器なんていつでも作れるよ。こっちのほうが面白そうだ」


 テツは言うが早いか、地面にしゃがみ込んで草を引き抜き始めた。ソウの三倍の速さで草が抜けていく。


「テツ、そこは根を残さないでくれ。根が残ると新しい草が生えてくる」

「了解。根っこごとな」


 テツの手は器用だった。石器を打つ指が、草の根を確実に掴んで引き抜いていく。

 二人で作業すると、効率が段違いだった。午後には、ソウが半日かけた面積の三倍が整地できた。


「ここに種を蒔くんだな?」

「ああ。だが、すぐにはまかない。春になってからだ」

「なんで?」

「冬は寒い。種を蒔いても芽が出ない。暖かくならないと」

「ふうん。じゃあ、今やれることは場所を作るだけか」

「それと、土をもっとほぐす。柔らかい土のほうが根が伸びやすい」


 テツが首を傾げた。


「根?」

「草の根だ。土の中に伸びる。根が長いほうが、草は大きく育つ。大きく育てば、種もたくさんつく」

「これ絶対うまくいく!」


 テツが目を輝かせた。


「だってさ、お前が言ってること、全部筋が通ってるじゃん。草の根が伸びやすい土を作って、暖かい時に種を蒔いて——」

「まだやったことがないから、わからない」

「でも面白いよ。やる前からわかる、面白いって」


 テツの楽観は、時に眩しかった。



 夕方、作業を終えて集落に戻る途中——

 リアとすれ違った。

 狩りの帰りだ。今日は大きな獲物はなかったらしい。手ぶらに近い。

 リアはソウとテツの泥まみれの手を見た。

 何も言わなかった。

 視線を逸らして、そのまま通り過ぎた。

 ソウは振り返らなかった。テツが「リア、怖い顔してたな」と小声で言った。



 夜の焚き火。

 ソウが整地の報告をするつもりはなかったが、テツが先に喋った。


「今日、ソウと畑を作ったんだ。土がすげえ良い場所を見つけてさ——」


 テツの声は集落中に聞こえた。族民たちが不思議そうな顔をしている。ゴウザが鼻を鳴らした。

 ガランは焚き火の向こうで、黙って聞いていた。

 焚き火が小さくなった頃——族民たちが散った後——ガランがソウの前に立った。


「お前、本当にやるのか」


 低い声だった。確認するような口調。


「やる」


 ソウは答えた。

 ガランはソウの目を見た。長い沈黙。

 やがて、小さく頷いた。それだけだった。許可でもなく、禁止でもなく——ただ、頷いた。

 ガランが去った後、ソウは空を見上げた。

 星が多い夜だった。秋の星座が頭上を覆っている。


 春が来たら、蒔く。

 だがその前に——冬を越さなければならない。


 毎年、冬が来ると部族は南に移動する。食料がなくなるからだ。移動すれば、整地した場所からは離れることになる。

 春に戻ってきた時、この場所がそのまま残っている保証はない。草が生え直すかもしれない。動物に荒らされるかもしれない。

 だが——土地は逃げない。

 草が生えたなら、また抜けばいい。大事なのは、種だ。種さえあれば、やり直せる。

 ソウは皮袋を握りしめた。

 冬を越す。種を守る。春になったら、この場所に戻ってくる。

 そして——蒔く。

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