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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一章「種蒔きの季節」

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7/10

第7話「この世界の麦」

 翌朝、ソウは群生地に戻った。


 夕暮れの興奮が冷めた頭で、もう一度確認する必要があった。

 昨日の発見が本物かどうか。期待が目を曇らせていなかったか。


 朝日の中で見る群生地は、昨日と変わらなかった。

 黄金色の穂が、支流沿いの斜面を覆っている。風が吹くたびに、穂が波のように揺れる。


 ソウは一本を手に取った。

 穂の長さは、手のひらほど。前世の小麦より短い。だが穂軸はしっかりしていて、種子が密についている。

 種子を一粒取り出す。爪の先ほどの大きさ。表面は薄い茶色の殻に覆われている。殻を剥くと、中身は白い。


 口に入れてみた。


 硬い。だが、噛み続けると——ほのかな甘みが広がった。

 澱粉だ。唾液で分解されて糖に変わっている。


 ——間違いない。


 これは穀物だ。

 前世の小麦やライ麦とは種が違うが、同じように使える。

 粉にすれば食べられる。加熱すれば消化できる。


 ソウはこの草の特徴を、頭の中で整理した。

 穂軸が折れにくい——種子が自然に落ちない。つまり、収穫しやすい。

 種子に澱粉が多い——栄養価が高い。

 群生している——同じ場所にまとまって生えている。

 川沿いの沖積地に生えている——水と養分が豊富な土地を好む。

 前世の農学で言えば、これは栽培化の候補として理想的だった。


 ソウは深く息を吐いた。

 この草に、名前をつけよう。

 この世界の言葉で「粒」は「アム」という。


 ——アム。


 この草の名前は、アムだ。


 *


 種を集める作業は、地味で、途方もなかった。

 穂を一本ずつ折り取り、指で種子を外していく。一本の穂から取れる種子は、二十粒ほど。それを何十本、何百本と繰り返す。

 手が痛くなった。指先が赤く腫れた。

 だが、手を止めるわけにはいかない。冬が来る前に、できるだけ多くの種を集めなければならない。春に蒔くための種だ。


 昼を過ぎても、ソウは群生地にいた。

 集めた種を、持ってきた皮袋に入れていく。袋の底が少しずつ重くなる。

 一人では、効率が悪い。

 テツに手伝いを頼むことも考えたが、テツには石器作りという仕事がある。部族に必要な道具を作るテツの手を借りるのは、気が引けた。


 ——一人でやると決めたんだ。


 ソウは黙々と手を動かし続けた。



 夕方近く、足音が聞こえた。

 杖をつく音。ゆっくりとした歩調。


「こんなところにおったか」


 バアだった。

 背中に籠を背負っている。中には薬草が入っていた。薬草の採集帰りらしい。


「バア、こんな遠くまで来たのか」

「薬草はのう、人が行かない場所に良いものが生えるんじゃよ」


 バアはソウの手元を見た。皮袋の中の種子を覗き込む。


「何を集めておる」

「草の種だ。この草を——アムと名づけた。これの種を土に蒔いて、食べ物にする」

「ほう……」


 バアは群生地を見渡した。しわだらけの目が、黄金色の穂を追う。


「面白いことを考える子じゃ」


 バアはそれだけ言って、籠の中をごそごそと探った。


「ここよりもっと上流にな、川が二つに分かれる場所がある。あそこの南側の斜面にも、この草が生えておったよ」

「本当か?」

「薬草を探して歩いとると、色々と目に入るんじゃよ。昔から生えておる草じゃ。誰も気にせんかったがの」


 バアは手伝うとは言わなかった。種を集めるのを手伝うことも、群生地まで案内することも。

 だが——情報をくれた。

 それだけで十分だった。


「バア」

「なんじゃ」

「ありがとう」

「礼を言うような話かい。年寄りの散歩のついでじゃよ」


 バアは飄々と笑って、杖をつきながら帰っていった。

 ソウはバアの背中を見送ってから、手元の種を見た。

 もう一つ群生地がある。種を集められる量が倍になる。

 明日は上流の分岐点に行こう。



 夜。

 ソウは焚き火の端で、集めた種を皮袋から出して数えていた。

 今日一日で集めた量は——両手で二杯分ほど。

 少ない。

 春に蒔くためには、もっと必要だ。最低でも、この十倍は欲しい。畑にする面積にもよるが、種が少なければ収穫も少なくなる。

 種は集まった。だが、まだ足りない。

 そして——種が揃ったとしても、次の問題がある。

 どこに蒔くか。

 群生地と同じような条件の土地を見つけなければならない。川沿いの沖積地。水はけが良く、養分のある土。日当たりの良い場所。

 ソウは種を皮袋に戻した。

 種は集まりつつある。

 だが、蒔く場所がまだ決まっていない。


 ——次は、土だ。


 ソウは明日の計画を頭の中で組み立てながら、焚き火の炎を見つめた。

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