表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一章「種蒔きの季節」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/9

第6話「一人で始める」

ガランに許しを得た翌日から、ソウは動き始めた。

まず、やるべきことを整理した。


一つ目。食べられる実をつける野生の草を見つけること。

二つ目。その種を集めること。

三つ目。蒔く場所を選ぶこと。


前世の知識では、農業の始まりは「野生の穀物の栽培化」だった。

人間が食べられる種子を持つ草を見つけ、それを意図的に育てることで、農業は始まった。

つまり、最初の一歩は——探すことだ。


ソウは朝から支流沿いを歩き始めた。

川の両岸に広がる草原を、一歩ずつ確認していく。草の種類を見る。穂の形を見る。種子がついているかどうかを見る。

前世の研究では、最初に栽培化された穀物はエンマー小麦やアインコルン小麦だった。だが、この世界にそれと同じ植物があるとは限らない。


探すべきは——穂に種子がつく草で、種子が大きく、脱粒しにくいもの。

脱粒しにくいというのは、種子が穂から簡単に落ちないということだ。野生の植物は風で種子を飛ばして繁殖するが、人間が栽培するなら、穂についたまま収穫できるほうがいい。

前世の教科書に書いてあったことが、今、目の前の現実になっている。

ソウは一本一本、草を確認しながら歩いた。


昼を過ぎた。足が痛い。体力のない体には、一日中歩き回るのは重労働だった。

だが、まだ見つかっていない。

川沿いの草原には、様々な草が生えている。背の高いもの、低いもの、花をつけているもの、枯れかけているもの。秋だから、種子をつけている草は多い。だが、食用に適したものがない。

種子が小さすぎる。穂がまばらすぎる。苦味がある。

一つずつ確認しては、首を振る。


——焦るな。

農業革命は一日で起きたわけじゃない。何世代もかけて、偶然と試行錯誤の果てに実現した。

ソウはそれを一人で、意図的にやろうとしている。時間がかかるのは当然だ。



「何をしてるの」


声がして、ソウは顔を上げた。

リアだった。弓を手に、狩りの帰りらしい。腰には兎が二羽ぶら下がっている。


「草を探している」

「草?」


リアの眉が上がった。


「食べられる種をつける草を探しているんだ。見つけたら、土に植えて増やす」

「……馬鹿じゃないの」


リアの声は冷たかった。


「草を植えて食べ物にするって? 狩りをすればいいじゃない。魚を捕ればいいじゃない。なんでわざわざ——」

「狩りができないからだ」


ソウは静かに答えた。

リアが黙った。


「俺は弓が引けない。槍も投げられない。走れば息が切れる。狩りで食べ物を得ることは、俺にはできない。だから——別の方法を探している」


リアは何か言おうとして、口を閉じた。

しばらくソウの顔を見ていた。それから、背を向けた。


「……好きにすれば」

リアは足早に去っていった。

ソウはその背中を見送った。

リアは「馬鹿じゃないの」と言った。だが、笑わなかった。嘲りの色はなかった。


——少しだけ、引っかかったのかもしれない。


ソウはそう思ったが、すぐに頭を切り替えた。リアのことは後でいい。今は、草を探す。



夕暮れ近く。

ソウは支流の上流に向かって歩いていた。下流側はすでに見終わった。目当ての草は見つからなかった。

上流に行くほど、地形が変わる。川幅が狭くなり、両岸が少し高くなる。水が澄んで、流れが速い。

その川沿いに——ソウの足が止まった。


黄金色の穂が、風に揺れていた。

一面の群生。川沿いの緩やかな斜面に、背丈ほどの草が密生している。どの草にも、太い穂がついている。穂には——種子がぎっしりと詰まっていた。

ソウは駆け寄った。膝が草に埋もれる。

一本を手に取り、穂を指で挟んで引いた。

種子が穂から外れない。

——脱粒しにくい。

種子を一粒、爪で割った。中は白い。澱粉質だ。匂いを嗅ぐ。癖がない。

心臓が跳ねた。


これだ。


前世の小麦とは違う。穂の形も、種子の大きさも異なる。だが——構造は同じだ。穂軸に種子が密着し、脱粒しにくく、種子は澱粉質。

栽培に適した野生穀物。

ソウは群生地の広さを見渡した。この斜面だけで、かなりの面積がある。日当たりも良い。水も近い。

手が震えていた。


——見つけた。


この世界の農業の、最初の一歩。

ソウはその場にしゃがみ込み、穂を一本握りしめた。

夕日が群生地を染めている。黄金色の穂が、風に揺れている。

この草に名前はまだない。

だが——きっと、この草が全てを変える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ