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転生先は夜明け前 ―石器時代から文明を拓く―  作者: 夜摩 高嶺
第一章「種蒔きの季節」

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第2話「弓と槍と、役に立たない男」

夕暮れの空が赤く染まっていた。


ソウは集落の外れで、薪を割ろうとしていた。

石斧を振り上げる。腕が震える。力を込めて振り下ろすが、刃先は木の表面を削っただけで、薪は割れなかった。


もう一度。

石斧が木に食い込む。だが浅い。引き抜いて、もう一度。今度は的を外して、地面を叩いた。


——情けない。


前世では研究室に籠もっていた。体力なんて必要なかった。

パソコンの前で論文を書き、図書館で資料を読む。それが田中颯の人生だった。


この世界では、体力がなければ何もできない。

薪すら、割れない。

三度目の失敗で、ソウは石斧を地面に置いた。息が上がっている。たかが薪割りで。


「お前、今日は何をしていたの?」


声がした。

振り返ると、リアが立っていた。

背には弓。腰には石の短刀。肩に担いでいるのは——鹿だった。若い牝鹿を丸ごと一頭、肩に担いで歩いてきている。

十九歳。族長ガランの一人娘。ガラの民で一番弓がうまい。

夕日を背にしたリアの姿は、この世界の「強さ」そのものだった。


「……薪を割っていた」

「割れてないじゃない」

リアは鹿を地面に下ろした。どさり、と重い音がする。リアの額には汗が光っているが、息は乱れていない。


「なんで、そんなに力がないの」


リアの言葉に悪意はなかった。純粋な疑問だった。だからこそ、突き刺さる。


「生まれつきだ」

「生まれつきって——みんな同じように生まれてくるでしょ」


違う、とは言えなかった。

前世の体の弱さを引き継いだのか、それともこの体がもともと虚弱なのか。ソウにもわからない。

リアは肩をすくめた。


「バアが庇ってくれるから良いけどね。バアがいなかったら、お前はとっくに——」


言葉を止めた。さすがに言い過ぎだと思ったのか、それとも興味を失っただけか。リアは鹿を再び担ぎ上げ、焚き火のほうへ歩いていった。


ソウは知っていた。リアの言葉は正しい。

この世界では、狩りができない人間に価値はない。

食べ物を得る手段を持たない者は、集団のお荷物だ。二十三人しかいない部族で、一人分の食料を消費するだけの人間——それがソウだった。


バアがいなければ、とっくに追い出されていただろう。

バアは七十二歳だ。いつまでも庇ってもらえるわけがない。


——だからこそ、自分の価値を示さなくてはならない。


ソウは割れなかった薪を拾い、焚き火のほうへ持っていった。



夜。

焚き火の前で、リアが鹿の解体をしていた。

石の短刀で皮を剥ぎ、肉を切り分けていく。手つきは慣れたもので、無駄な動きがない。族民たちが順番に肉を受け取り、火で炙って食べる。

ソウも肉の塊を一つ受け取った。


「手伝う」

「は?」


リアが怪訝な顔をした。


「解体の手伝い。内臓を出すだろう。それをやる」

「お前に解体ができるの」

「内臓を取り出すくらいなら、力は要らない」


リアはしばらくソウの顔を見ていたが、やがて短く言った。


「……好きにして」


ソウは鹿の腹腔に手を入れ、内臓を取り出していった。心臓。肝臓。胃袋。腸。

手が血で濡れる。生温かい。前世では触れることのなかった感覚だった。

解体が終わると、切り分けた肉が焚き火の周りに並べられた。

族民たちが順番に肉を受け取り、火で炙って食べる。

ソウも肉の塊を一つもらった。炙った鹿肉は、噛むと温かい汁が出る。美味い。だが、この美味さは今夜だけのものだ。

今夜と明日の朝で食べきる量。それ以上は——腐る。

余った肉の塊が、地面に放り出されていた。

明日の夕方には臭いを放ち始めるだろう。今まで何度も見てきた光景だ。獲れた日は腹一杯食べて、翌日には残りを捨てる。獲物が獲れない日は、空腹で過ごす。


ソウはその肉の塊を見つめた。

この部族には保存の技術がない。肉は獲れた日に食べるか、翌日に持ち越すのが限界だった。暑い日なら半日で駄目になる。


もったいない。


前世の記憶が動き始めた。

塩があれば塩漬けにできる。だが塩の安定供給がない。発酵は条件が複雑すぎる。


——煙だ。


燻製。木を燃やした煙には、フェノールやホルムアルデヒドといった防腐成分が含まれている。表面を乾燥させつつ、煙の成分で腐敗を抑える。前世の食品科学の知識だ。

この世界の言葉に翻訳すれば——「煙に当てれば、肉が長持ちする」。

ソウは焚き火を見た。煙が夜空に立ち上っていく。

毎晩、目の前にあったものだ。火も、煙も、肉も。ただ、誰も「組み合わせる」ことを考えなかった。


「何をぼんやりしてるの。手が止まってる」


リアの声で、ソウは我に返った。


「ああ——すまない」


ソウは内臓を片づけながら、頭の中で手順を組み立てていた。

棚がいる。肉を吊るすか並べるかして、煙を当て続ける仕組み。木の枝で組めるはずだ。火は小さく、煙を多く出すには——生木を混ぜればいい。

一人では作れない。棚を組むにも、ソウの腕力では心許ない。

でも、あの男なら。

集落の外れで石を打つ音が、まだ微かに聞こえていた。テツだ。何かを作ることに取り憑かれた男。「棚を作ってくれ」と言えば、きっと目を輝かせるだろう。


ソウは夜空を見上げた。

明日、試してみよう。煙で肉を乾かす。

うまくいけば——食料が三日持つようになる。

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