06.秘密の花園【商会子息フェラートの場合】
使用人達の朝は早い。
今の季節が春ともなれば日が昇るのも早く、明るい陽射しの中で誰もが起床する。
数ヵ月前であれば、暗い中、寒さに震えて起き出していただろう。
主のいないカントリーハウスでは比較的お目溢しがあるとはいえ、家令やメイド長といった立場の者が管理しているので、決して怠惰は許されない。
特に今はたった一人のお嬢様が帰ってきたばかりだ。
誰もが小さな主の帰りに張り切っていた。
メイドが近くの牧場に卵とミルクを貰いに向かい、その間に他の者が庭師と相談して、屋敷内を飾る花を用意する。
料理長は昨日のご馳走と旅の疲れから、滋養があって消化の良いものがいいだろうと、こっくりとした味の人参と玉葱のポタージュを作るために、野菜を煮込んでいた。
そんな中、若き家令は鼻歌交じりで庭に穴を掘っている。
庭に新しく植える花の為の花壇スペースに使う、新鮮な肥料が手に入ったからだ。
穴は昨日から他の男達とある程度は掘っていたので、調整程度のものだったし、既に植える予定の木と花の苗も用意してある。
数年もすれば、お嬢様の子が夏の庭で遊ぶときの良い木陰となるだろう。
何から何まで良いこと尽くしだ。
不意に慕う相手の声が聞こえる。
穴から出て視線を向ければ、そこには旅疲れでまだ体調の戻っていないと思われるお嬢様がいた。
手にあるのは青い花の束、ロベリアだ。
初夏に咲く花だったが、このところ昼間が暖かすぎて、早くに咲いてしまったと庭師がぼやいていたのを思い出す。
「手向けにこれを」
穴の横に置かれた、シーツで包まれた何かを指差す。
そうしてから、家令を上目遣いで睨んできた。
「私のコーヒーに度数の高いアルコールを混ぜたわね?」
「お嬢様に見せるものではございませんから」
何食わぬ顔で返せば、露骨にムッとした顔をする。
淑女であるお嬢様がこんな顔をするのは、ネッカー子爵家内でだけだ。
心を許された証であり、それが何よりも嬉しいと思ってしまう。
幾分高揚とした気持ちを隠しながら、今は名も無き男となった遺体を穴へと落とす。
そこへお嬢様が青の悪意をばらまいた。
「さようなら。あなたも私も、悪意しかなかったのだから、お互い様でいいわよね?」
そこへ軽く土を被せて白いシーツの姿を消す。
苗木を埋めるのは庭師の仕事なので、全て埋める必要はない。
家令は柔らかくなった地面にシャベルを突きさす。
手の土を払ってお嬢様へと向き直れば、彼女は悪戯めいた笑いを含んだ笑顔でこちらを見ていた。
「今度は、私の知らない間に処分しないでよ?」
「お嬢様の仰せの通りに」
数日後には、襲われる当主様夫妻の見届け役として、肥料の叔父だという人物が来るらしいので、丁重にもてなす予定だ。
料理長はパンをカビさせていたし、庭師は肥料を運ぶのに使った縄を拘束用に渡してきた。
メイド達はどうしようかと相談中らしい。
彼には残りの鼠を誘い出すのに手紙を書かせるから、暫くは生かしておくし、利き腕がわからないので両腕残しておくつもりでいる。
ただし、逃げられたら困るので、歩けないようにはしておいた方がいい。
あまり人間の体について詳しくないので、とりあえずは片方の足でも奪えば十分だろう。
適当な鍬を借りる手配はしてある。
誘い出された鼠の集団が、山の麓の道を通りかかったところで処分だ。
まさか自分達の企んでいたことが、そのまま返されるなんて思ってもいないだろう。
ここまで計画通りに事を進めたのは、目の前の小さな主だ。
周囲の手助けはあったが、肥え太った鼠たちを上手に誘導できた。
既に子爵としての後継ぎ教育も終わっている彼女は、現当主様にも負けない冷酷さをも内に隠している。
きっと良い、未来の当主様になるだろう。
「ねえ、フェラート。そろそろ朝食にしない?」
家令、いやフェラートも笑う。
「そうしましょう。今日は料理長がカレンの為に朝早くから準備をしていました。
きっと何を食べても美味しいですよ」
フェラートは手の土汚れをハンカチで拭きとり、そっとカレンへと手を差し出す。
重ねられる手。
それから二人は屋敷の中へと戻るため、一緒に歩き出した。




