後日談③物言わぬ乙女の末路(フィフィー・シフの場合)
祈りが希望であるならば、誓いは制約といえるものだった。
誓約ではなく、制約である。
祈りによって人に与えられるものは恩恵。
神への誓いは、人の行動を縛るものなのだ。
フィフィー・シフは口の悪い少女だった。
女だと舐めてかかる男達を口で言い負かし、手を出そうとする男の心理を察して、先回りした行動が取れる。
幼い頃であれば泣き真似。少し育てば近くの大人に言い付けた。
腕力で勝てないからこその戦い方がある。
けれど、孤児院からフィフィーを引き取った裕福な親代わりには、フィフィーの見た目こそが全てだった。
貴族すら惚れ込むだろう美しい容貌のフィフィーを、寄付と称して養女として買い取り、より金のある先へと売り飛ばす。
意味するところは嫁ぐか、体を使って働くかということだ。
実際のところは、より多くの支度金や謝礼金という名の金を受け取る売買である。
頻繁にではないが、金が欲しい者ならやっていることだ。
そして、フィフィーを見つけた親代わりは、愚かしいまでの野心を胸に抱いてしまった。
金だけはある隠居爺や高値で買い取る娼館などではなく、彼女ならば高位貴族の愛人にもなれるのではないかと。
ただ同時に憂いとなったのは、薄らと察したらしいフィフィーの行儀作法が、少しも改善されなかったことだ。
勿論口の悪さも。
そこで親代わりがフィフィーにさせたのが誓いだ。
この世界に超常めいた力は、神からのみ与えられる。
神々への祈りは人々に恩恵を与え、誓いは人々に規律を与える。
だからフィフィーの忠告など聞かず、偽物の家族たちは強要した。
とりあえずは学園生活を送る間、品のない、もしくは暴力的な言葉は一切口にせず、粗野な態度は取らないと。
それだけである。
ただ、神前で行われる以上は効果が絶大で。
ここに微笑むだけで男を虜にする、ファム・ファタールが爆誕したのだった。
* * *
「だから散々言ってやったのに。
クソッタレな誓いなんてしない方がいいってさあ」
短くなった髪を風に弄ばれながら、フィフィーは豪快に笑う。
「あいつら、誓いさえすれば上手くいくって思い込んでさ。
そんな神様頼みで、あたしの性格が直るわけねえっていうのに。
金やら金目の物なんかも、ちょろまかしているのにも気づいてねえし」
「相変わらず口も手癖も悪いな」
フィフィーの横を歩く青年が言葉を返すが、声音に呆れは含まれていない。
儚げな美少女然から垂れ流される、どこかスラムの少年めいた話し方。
実際、親に捨てられたフィフィーを、スラム街の間際で暮らしていた青年の母親が拾っていたのだ。
その母親も貧しく、子ども達が日々小銭を手に入れるための労働では、フィフィーが攫われないようにと青年の服を着ていた。
程々で母親が亡くなった後、孤児院に引き取られるまでのフィフィーを、常に連れ歩いて守っていたのも青年だ。
品のいい言葉なんて教えていない。
すればする程にフィフィーの価値が上がっていく。
その危険さを少年であった頃の青年も熟知していた。
まさか、それが却って面倒な事態を生むとは思わなかったが。
「それにしても、あの公爵様のところのお姫様が、せっかくだからと手配してくれた先じゃなくていいのか?
ありがたそうに話に飛びついていたのに」
フィフィーと再会した後、彼女を保護したらしい公爵の人間との話に同席した。
やたらお上品そうな人間で、公爵領内の端にあるらしい小さな村に、穏やかに暮らせるようにと住居を用意してくれたというのに。
フィフィーが舌打ちしながら、道の脇に唾を吐く。
「冗談じゃねえよ。あの女が手配した先なんて、あっという間に死体か、良くて監視付きの一生だぞ?
そんなもん、飛びついたふりして逃げるに決まってる」
貴族って恐ろしい。
日々の生活を生きるだけの青年には思いつかない話だ。
「大体、あそこにいた野郎たちは皆、喋らないだけで自分の都合が良いように解釈するんだぜ?
頭の中、お花畑かよ」
「フィフィー、言い方。
誰が聞いているかわからない」
王都で最も金のかかる学園で何があったのかは、少しだけ知っている。
有難いことに読み書きと計算は仕事先で教わったので、他人が捨てた新聞で内容を確認したのだ。
内容が確かならば、目の前の女は晒し首になっておかしくない重罪人である。
本人にも聞いたが、間違いないらしい。
公爵様はフィフィーによる面倒事が起きないよう、監視付きの一生を送らせるつもりだったのだろう。
飼い慣らせる野良犬ではないというのに。
どのくらい逃げれば諦めるだろうか。
青年にあるのは僅かずつだが貯めていた、少しばかりの金だけだ。
フィフィーが最初に売り払っていた、小さな宝石一つにも満たない十年分。
どうしてフィフィーに言われるまま、一緒に逃げ出してきたのか。
もう、彼女は青年の手に負える相手でもなければ、青年が面倒を見る必要もないくらいに逞しいというのに。
「あたしはもう、何にも縛られないで自由に生きるんだ」
立ち止まったフィフィーがまたニカッと笑う。
「でも、お前と一緒の不自由さだけは悪くないぜ」
青年の少しだけあった疑問は、フィフィーの言葉でとけていく。
「……早く行こう。きっと探しているだろうから」
強い日差しをフードで遮る。
フィフィーも青年を倣ってフードを被り、そうしてから再び歩き始めた。
国境を越えるまで、後少し。
乙女も書けたので、これで本当に完結です。
四月はぽこあポケモンで遊び倒すので、次回作はのんびりになります。




