第九話~教会からの干渉
教会は、王国より遅れてやって来た。
だが、それは慎重だったからではない。
王国の報告を読んでから来たからだ。
王都・大神殿。
宗務卿が持ち込んだ写しを、白衣の司祭が読み終える。
「……神の関与、確認できず?」
低く、苛立ちを含んだ声。
「あり得ません」
神の祝福なき安定。
祈りも奇跡も介在しない繁栄。
それは――
教義の否定だった。
「ならば答えは一つ」
司祭は、静かに告げる。
「神は、沈黙しているのではない。代理を必要としているのです」
派遣されたのは、軍ではない。
聖使。
神の意志を代行する者。
祈りと裁定を同時に行う存在。
名は、エリオス。
エリオスがウエストヴィレッジに足を踏み入れた瞬間、空気が、わずかに歪んだ。
「……なるほど」
彼は、微笑む。
「これは……祝福が“拒否されている”」
拒否しているのは、村ではない。
世界の側だ。
だが、エリオスは、そう解釈しなかった。
最初の接触は、穏やかだった。
「我々は、守護のために来ました」
村人は、王国の時と同じだと思った。
だが、違う。
教会は、理由を必要としない。
「神の沈黙は、危険です」
エリオスは、はっきり言った。
「沈黙は、空白を生む。空白には、異端が棲む」
その視線が、ゆっくりと、リオンに向く。
儀式は、拒否できなかった。
祝福の確認。
神意の検分。
エリオスが聖印を掲げ、祈る。
「――神よ、この地を照らせ」
……何も起きない。
光も、声も、奇跡も。
だが、エリオスの額に、汗が滲む。
「……遮断?」
いや、違う。
接続先が、存在しない。
彼は、初めて戸惑った。
「……おかしい」
神は、いる。
だが、この村には――
“届かない”。
まるで、世界の外側に包まれているようだ。
エリオスは、決断する。
「代理権を、行使します」
それは、教会における最終手段。
神が直接関与しない場合、代理が“神として振る舞う”。
祝福を与え、秩序を敷き、異常を正す。
その瞬間。
リオンの中で、何かが、静かに起動した。
世界が、拒否した。
《代理無効化》
対象:神性代理・外部権限行使
効果:
・世界内部権限への変換拒否
・信仰由来の因果介入を無効化
・神格未満存在の強制排除
派手な反動はない。
ただ。
エリオスの聖印が、音もなく、砕けた。
膝をつく。
「……拒否、された?」
神に、ではない。
世界に。
村は、静まり返っていた。
誰も、何が起きたのか分からない。
だが、エリオスだけは理解した。
ここは、神が支配する場所ではない。
神が“観測”することすら、許されない。
彼は、震える声で言った。
「……あなたは、何者だ」
リオンは、答えない。
答えられない。
ただ、思っていた。
――派手に動けば、見られる。
だが、動かなくても、踏み込まれれば、弾く。
それが、彼のチートの本質だった。
その夜、教会は撤退を決めた。
理由は、公表されない。
だが、内部文書には、こう記された。
・ウエストヴィレッジは、神意の代理が及ばない領域。
・介入は、教義的リスクが高すぎる。
リオンは、星を見上げる。
「……代理、か」
観測者。
王国。
神の代理。
世界の外と内を繋ごうとする者たちは、皆、同じ失敗をする。
触れられると思っている。
だが、この村は――
触れられない。
少なくとも、今の世界のルールでは。
遠くで、歯車が、また一つ外れた。
次は――
もっと、直接的な存在が来る。
教会は、公式には撤退した。
それは事実だ。
だが、教会という組織は、常に一つの意思で動くわけではない。
大神殿の地下、記録にも残らない小礼拝堂。
そこに集まっていたのは、七人。
聖職者。
巡礼騎士。
異端審問官。
全員が、報告書を読んでいた。
「……神の代理が拒絶された?」
「世界に、拒まれた?」
沈黙のあと、誰かが低く笑った。
「違うな」
声の主は、異端審問官ヴァルディス。
「神が拒まれたのではない。神を名乗らぬ“何か”が、神を装っている」
それは、彼らにとって最も都合のいい解釈だった。
「世界が神を拒むはずがない」
「ならば、あの村は?」
「神の座を盗んだ存在がいる」
結論は、あまりにも早かった。
信仰が強い者ほど、矛盾を“敵”に変換するのが上手い。
「公式判断は待てない」
「待てば、汚染は広がる」
彼らは、自分たちを“最後の防壁”だと信じていた。
部隊は、夜明け前に動いた。
教会の名は使わない。
聖印も外す。
だが、心の中では――
神の名を掲げている。
ウエストヴィレッジに異変が起きたのは、
星の見えない夜だった。
村の外れ、《観測固定》の境界。
踏み込んだ瞬間、彼らは違和感を覚える。
「……静かすぎる」
魔物の気配がない。
虫の声すら薄い。
それは、敵がいる場所の静けさではない。
彼らの目的は、明確だった。
中心人物の確保。
あるいは――排除。
「神の秩序を、取り戻す」
そのためなら、多少の犠牲は許容される。
最初の異常は、剣だった。
抜けない。
「……なに?」
鞘から、ほんの数センチしか動かない。
力を入れると、それ以上“進まない”。
《行為優先度低下》
対象:敵対的行動
効果:
・結果に至る行為の優先度を最下位に固定
・致命的結果への遷移を後回し
・「やろうとしたこと」が成立しない
「……魔法だ!」
「違う……魔法が、起動順から外されてる」
詠唱が、終わらない。
集中が、途切れる。
誰も妨害していない。
だが、成立しない。
ヴァルディスは、歯を食いしばる。
「……やはり、異端だ」
彼は、最後の手段を選ぶ。
――断罪。
儀式ではない。
祈りでもない。
ただの、殺意。
その瞬間。
リオンが、畑で顔を上げた。
理由はない。
兆候もない。
ただ、
村が“傷つく可能性”を感知した。
空気が、落ち着く。
風が止む。
音が、薄くなる。
彼らは気づいた。
世界が、こちらを見ている。
《存在圧縮》
対象:外部からの不適合存在
効果:
・存在確度の低下
・世界内部への適合失敗
・自発的撤退衝動の誘発
「……帰りたい」
誰かが、泣きそうな声で言った。
ヴァルディスでさえ、足が前に出ない。
「……神よ……」
だが、返事はない。
代わりにあるのは、世界からの無言の拒絶。
彼らは、逃げた。
走っていない。
追われてもいない。
ただ、“ここに居られない”と悟った。
翌朝。
村人は、何も知らない。
畑は、いつも通り。
家畜も、落ち着いている。
ただ一つ。
村の外れに、踏み込んだ形跡だけが残っていた。
村長は、それを見て、静かに呟く。
「……来たか」
リオンは、何も言わない。
ただ、いつもより少しだけ、畑の端を丁寧に整えた。
やりすぎないように。
目立たないように。
その夜。
教会内部の記録から、一つの文書が消えた。
・対象は、異端ではない。
・神の不在を証明する“場所”である。
・我々は、そこに立ち入る資格を持たない。
書いた者の名は、
どこにも残らなかった。
だが――
過激派は、滅びていない。
彼らは学んだ。
力では届かない。
信仰でも届かない。
ならば次は――
もっと、人間的な方法だ。
嘘。
誘導。
内側からの破壊。
ウエストヴィレッジは、
守られている。
だが、信じて疑わない人間の悪意だけは、世界の補正でも完全には消せない。
歯車が、静かに回る。
次に軋むのは――
村の“中”だ。




