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第八話~ウエストヴィレッジ

 王国が動いたのは、ウエストヴィレッジが豊かになったからではない。


“減らない”という報告が、三年分揃ったからだ。



 王都・統計局。


 羊皮紙の束を前に、役人が沈黙していた。


「……この村、異常です」


 作物の収穫量は平均的。

 人口増加率も緩やか。

 税収も突出していない。


 だが――


・災害被害ゼロ

・疫病拡散なし

・人口流出率、王国最低

・インフラ修繕費、年々減少


 減るべきものが、減っていない。


「偶然で済ませるには、長すぎる」


 結論は、すぐに出た。



 派遣されたのは、軍ではなかった。


 文官。

 技師。

 医療官。

 そして――護衛一個分隊。


 名目は、こうだ。


「王国による、地方安定化支援」


 村にとっては、ありがたい話に聞こえる。


 道路の整備。

 井戸の拡張。

 医療支援。


 拒む理由は、どこにもない。



 使節団の長、カリス=ローデンは、

 ウエストヴィレッジに入った瞬間、足を止めた。


「……空気が違うな」


 魔力濃度ではない。

 結界でもない。


“起きるはずのことが起きない”空間。


 護衛の一人が、小声で言う。


「隊長、緊張感が……抜けます」


「だろうな」


 これは危険だ。

 人を、油断させる。



 村長との会談は、穏やかだった。


「我々は、村を守りたいだけです」


 それは嘘ではない。


「近年、この地方は価値が上がっている。盗賊、魔物、他国の工作員――リスクは増える一方です」


 正しい。

 すべて正論だ。


「よって、王国は――ウエストヴィレッジを“保護区”に指定します」


 村長の指が、わずかに止まった。


「……保護区、ですか」


「ええ。常駐部隊の設置、行政監査の定期化、王国技師の駐在」


 聞こえはいい。


 だが、意味するところは――

 逃げ場がなくなる。



 リオンが呼ばれたのは、その後だった。


 会議室の隅。

 ただの農夫として。


「リオン殿、でしたね」


 カリスは、丁寧に頭を下げた。


「あなたの畑、拝見しました」


 その一言で、リオンは察した。


 ――見られた。


 だが、まだ気づかれてはいない。

“何が原因か”までは。


「王国は、この村を――壊さないように守りたい」


 言葉の選び方が、完璧だった。


 壊さない。

 守る。


 それは、リオンが選び続けてきた言葉と、同じだ。


「そのために、少しだけ……村の在り方を、記録させてください」


 拒めば、疑われる。

 受ければ、近づかれる。


 リオンは、静かに息を吸った。


「……構いません」


 それが、最善だと分かっていた。



 その夜。


 リオンは、久しぶりに“視線”を感じた。


 観測者のものではない。


 人間の、分析する目だ。


 村の外れで、王国の技師が地面を調べている。


「……数値、合いすぎだろ」


 彼らは、まだ知らない。


 この村が、

 守られているのではなく――

“留められている”ことを。



 村長は、夜更けにリオンを訪ねた。


「……来たな」


「来ましたね」


 二人とも、同じことを考えていた。


 王国の保護は、村を救う。


 だが同時に――世界に見せる。


 リオンは、窓の外を見る。


 静かな村。

 灯りは少ない。


「……派手に拒めば、終わりです」


「ああ」


「受け入れすぎても、同じく」


 だから、選択肢は一つしかない。


“何も変わらないように見せたまま、変え続ける”。


 その時、遠くで、誰にも聞こえない歯車の音が、軋んだ。


 王国は、善意で来た。

 正義で動いた。


 だからこそ――

 ここからが、本当の衝突だ。



 王国技師団は、優秀だった。


 地方の橋を直し、用水路を引き、衰退寸前の村を立て直してきた連中だ。


 彼らは奇跡を信じない。

 再現できないものは、存在しないと知っている。



「数値は……合ってる」


 技師の一人が、眉をひそめる。


 土壌分析。

 水質検査。

 作物の栄養状態。


 すべて、理論通り。

 特別な触媒も、未知の魔力もない。


「なのに、結果が……」


 帳簿をめくる。


 収穫量は突出していない。

 だが、下振れが存在しない。


「試しに、同条件で隣村に畑を作った」


 別の技師が言った。


「……失敗した」


 原因は分かる。

 普通の失敗だ。


 霜。

 虫害。

 水量の微差。


 だが――

 ウエストヴィレッジでは起きていない。



 技師長のカリスは、夜遅くまで記録を見返していた。


「再現条件が……書けない」


 手が止まる。


 技術書に必要なのは、材料、工程、注意点。


 だが、この村には――工程が存在しない。


 誰かが、何かをした痕跡がない。


 あるのは、結果だけ。


「……偶然、じゃないな」


 偶然なら、ばらつく。

 だが、ここは均されている。



 決定的だったのは、事故だ。


 橋の補強工事中、足場が崩れかけた。


 誰もが「落ちた」と思った瞬間。


 ――止まった。


 ロープが切れない。

 杭が抜けない。


 物理的には、あり得ない。


「……今の、見たか?」


「……はい」


 だが、誰も叫ばない。

 驚かない。


 起きなかったことは、報告書に書けない。



 その夜、技師団は緊急会議を開いた。


「結論を出す」


 カリスは、疲れた声で言った。


「この村の安定性は、王国の技術では――再現不能だ」


 沈黙。


「魔法でもない。祝福でもない。法則違反でもない」


 だからこそ、厄介だ。


「これは……環境に組み込まれた“前提”だ」


 前提は、作れない。

 前提は、真似できない。



 翌日、カリスはリオンを呼んだ。


 畑の脇。

 土の匂い。


「……あなたは、何もしていない」


 確認するように言う。


「はい」


 それは、嘘じゃない。


「ですが……あなたが“いる”状態を、我々は再現できない」


 リオンは、鍬を止めた。


 カリスは、続ける。


「王国は、技術を移転できます。人を送れます。金も出せます」


 だが――


「条件そのものは、持ち出せない」


 沈黙が落ちる。


 リオンは、ゆっくり息を吐いた。


「……それで?」


「それで、です」


 カリスは、正直だった。


「この村は、“拡張”できません」


 ならば、選択肢は二つ。


 解体するか。

 固定するか。



 カリスは、最後にこう言った。


「我々は、この村を“モデルケース”として扱うのをやめます」


「……なぜ?」


「成功を再現できない成功は、政策に使えない」


 そして、低い声で続けた。


「ですが――壊す理由も、ありません」


 王国技師は、理解してしまった。


 これは、奪うものでも、真似るものでもない。


 ただ、そこに置いておくべきものだと。



 その報告書は、王都に送られた。


 結論欄には、短く書かれている。


本村の安定性は、

技術・制度・魔法による再現が不可能。


推奨対応:

・現状維持

・過度な介入を避ける

・中心人物への刺激を最小限に


 リオンの名前は、最後まで、明記されなかった。


 だが、全員が理解していた。


 ここは、王国が“作れなかった理想”だ。


 そして――それを壊せるのは、意図せず手を伸ばす者だけ。


 遠くで、また歯車が軋む。


 今度は、人間の理性が、だ。



 王都、評議院。


 円卓を囲むのは、軍務、内政、宗務、財務、そして技師局の代表。


 議題は一つ。


 ウエストヴィレッジの扱いについて。



「軍事的価値は?」


 軍務卿が問う。


「低い。補給拠点としては優秀だが、防衛拠点としては脆弱」


 それ以上でも以下でもない。


「経済的価値は?」


「安定しているが、拡張不可。他地域への波及効果がない」


 財務卿は淡々と言う。


「宗教的価値は?」


 宗務卿は、少し間を置いた。


「……神の関与は確認できない」


 それは、評価不能を意味していた。



 最後に、技師局代表――カリスが口を開く。


「結論から言います」


 彼は、報告書を机に置いた。


「ウエストヴィレッジは、王国が“管理できない安定”です」


 ざわめき。


「支配できない、とは言いません。軍を置けば、法律を敷けば、形式上は可能です」


 だが。


「理解できないものを管理することは、破壊と同義です」


 沈黙が落ちる。



 王は、黙って聞いていた。


 若くも老いてもいない、“制度としての王”。


「……つまり?」


 王が問う。


 カリスは、視線を上げた。


「触れれば、崩れます」


 善意でも。

 改革でも。

 保護でも。


「この村は、手を加えないことでのみ、価値を保つ」



 評議は、長引かなかった。


 感情論が入り込む余地がなかったからだ。


 最終決定文は、短い。


王国は、

ウエストヴィレッジを

特別非介入地域と指定する。


・常駐軍を置かない

・行政改革を行わない

・技術移転を試みない


王国は、

この村を“そのまま存在させる”ことを選択する。


 前例はない。


 だが、反対もなかった。



 通達は、静かに村へ届いた。


 村長は、紙を読み終え、深く息を吐く。


「……触らない、か」


 それは、放棄ではない。

 尊重でもない。


 距離を取るという、最大限の理性だ。



 リオンは、その話を畑で聞いた。


「……何もしない、ですか」


「ああ」


 村長は、少し笑った。


「王国にしては、ずいぶん賢い判断だ」


 リオンは、土を見つめる。


 触れない。

 直さない。

 やりすぎない。


 ――それは、彼がずっと選んできたやり方だ。


「……助かります」


 それだけ言った。



 だが。


 王国が引いたことで、空白が生まれた。


 管理されない安定。

 守られない安全圏。


 それは――別の誰かにとって、“手を伸ばしていい場所”になる。



 その夜。


 リオンは、久しぶりに歯車の夢を見た。


 回っている。

 だが、王国の歯車だけが、

 一つ外れていた。


 代わりに。


 歯車の外側で、別の何かが、静かに位置を変える。


 観測者ではない。

 王国でもない。


 もっと、直接的で、欲深い存在。


 リオンは、夢の中で思う。


「……ああ」


 これは、平和じゃない。


 静かな了承だ。


 世界に対する。


 ――次に来るのは、触らないと決められない者たち。


 目を覚ますと、朝の光が、畑を照らしていた。


 ウエストヴィレッジは、今日も、変わらずそこにある。


 だが――もう、“世界の外”には戻れない。

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