第七話~発現する新たなるチート
――ここまでが、プロローグだった。
後にそう呼ばれることになる時間を、当時のリオンは、ただの平穏だと思っていた。
ウエストヴィレッジに、異変が起きたのは春先だった。
雪解け水が例年より早く引き、畑の地温が一週間ほど前倒しで上がった。
「……今年、早いな」
リオンはそう言って首を傾げたが、村の古老たちは静かにざわめいた。
早すぎる。
だが、悪くない。
問題は――ズレが一切なかったことだ。
本来なら、早まればどこかに歪みが出る。
霜が残る畝、発芽しない作物、害虫の発生。
だが、ウエストヴィレッジでは、すべてが“早いなりに整っていた”。
村長は、遠くから畑を眺めながら、苦い顔で呟いた。
「……始まったか」
リオン自身が異変に気づいたのは、もっと些細なことだった。
畑の隅に捨てた、割れた木箱。
雨に濡れて、使い道もない。
それが、数日後。
「……あれ?」
同じ場所にある。
だが、腐っていない。
木は脆くならず、釘も錆びていない。
(……分解、進んでない?)
普通なら、自然に戻る。
それが世界の循環だ。
だが、木箱は――現状のまま、留まっていた。
触れると、理解が走る。
状態が分かる。
その奥。
さらに奥。
そこにあったのは――
「……固定?」
言葉にした瞬間、胸の奥がひやりとした。
土壌調整でもない。
成長促進でもない。
状態を、世界の更新から切り離す力。
変化しないわけじゃない。
ただ、「変わる順番」から外れる。
それが、リオンの本当の能力だった。
能力は、派手じゃない。
火も出ない。
魔力も光らない。
数値で測れない。
だが、影響は致命的だった。
・病気が“悪化する前で止まる”
・道具が“壊れる直前で留まる”
・土地が“疲弊する手前で均衡を保つ”
リオンは直していない。
強化してもいない。
ただ――崩壊を後回しにしているだけだ。
だが、世界にとってそれは同義だった。
壊れない。
枯れない。
失われない。
結果として、
ウエストヴィレッジは、
「減らない村」になり始めた。
気づいたのは、外から来た商人だった。
「……この村、在庫が妙に安定してません?」
「作物の質が揃いすぎてる」
「修繕頻度、低くないですか?」
村人たちは笑って誤魔化した。
「田舎ですからね」
「運がいいだけですよ」
だが、村長だけは知っていた。
これは運じゃない。
これは――留められている。
しかも、本人の自覚なしに。
リオンは、ある日、村長に呼ばれた。
役場の奥。
古い地図と、過去の記録。
「リオン、お前に一つだけ、話しておく」
村長は、声を落とす。
「この村はな、発展する運命じゃなかった」
衰退もしない。
繁栄もしない。
ただ、ゆっくり消えていく予定だった。
「だが今は違う。お前が来てから、未来の分岐が固定され始めている」
リオンは、黙って聞いていた。
「望むかどうかは関係ない。もう、止まらん」
ウエストヴィレッジは、安全で、安定して、壊れない。
それはつまり――人が集まるということだ。
その夜、リオンは久しぶりに歯車の夢を見なかった。
代わりに見たのは、静止した歯車の“周囲”に、新しい歯車が次々と噛み合っていく光景。
中心は、動かない。
だが、周囲が勝手に回り始める。
――観測者の視線が、濃くなる。
これは、もうノイズではない。
基点だ。
目を覚ましたリオンは、天井を見つめ、静かに息を吐いた。
「……スローライフ、向いてない世界になってきたな」
それでも、逃げない。
直さない。
止めない。
ただ、前に出ない。
だが――世界はもう、彼を中心に動き始めていた。
ここからが、本編だ。
ウエストヴィレッジの発展は、奇跡として語られなかった。
記録に残るのは、ただの「数字」だ。
作付面積、収穫量、修繕回数、病欠日数、事故件数。
それらが、おかしな減り方をしていた。
最初に名前が付いたのは、村長ではない。
村の古文書を管理していた、記録係の老人だった。
「……これ、技能名があるな」
そう呟いて、埃を払った古い台帳を開く。
そこには、誰も正式に取得した覚えのないスキルが、
効果ログだけ残っていた。
《遅延保存》
対象:無生物・土地・構造物
効果:
・劣化進行を「破損直前」で遅延
・更新優先度を環境変化より下位に固定
・破壊イベントを後続キューに送る
「……保存魔法じゃない」
老人は、そう断言した。
保存は“止める”。
これは、“後回しにする”。
結果、どうなったか。
・農具が三年使える
・家屋の修繕が半分で済む
・倉庫が腐らない
・橋が落ちない
支出が、減る。
それだけで、村は息をし始める。
二つ目に気づいたのは、医療係だった。
風邪を引く。
怪我をする。
だが――悪化しない。
《悪化抑止》
対象:生命体(軽度〜中度状態異常)
効果:
・状態変化の負方向分岐を遮断
・自然回復ルートを優先固定
・致死・不可逆ラインを一時的に不可視化
治癒ではない。
回復でもない。
「悪くならない」だけ。
だが、それが意味するのは――
・寝込まない
・長期療養しない
・働ける日数が増える
労働人口が、減らない。
三つ目は、本人すら自覚していなかった。
リオンが畑に立つと、作物は「平均的に」育つ。
豊作でもない。
凶作でもない。
だが、毎年――必ず収穫できる。
《偏差吸収》
対象:一定範囲の確率事象
効果:
・極端な結果を中央値へ収束
・不作・過剰成長の両方を抑制
・長期的期待値を安定化
これは、祝福でも呪いでもない。
だが王国の農政にとっては、
喉から手が出るほど欲しい能力だった。
飢饉が起きない。
余剰で暴落もしない。
市場が、安定する。
そして――
村の発展を決定づけた、最悪に地味な能力。
村長だけが、その名を知っていた。
《基盤固定(ワールド・アンカー:ローカル)》
対象:定住地・集落・人間関係
効果:
・人口流出率の低下
・共同体崩壊イベントの遅延
・内部分裂フラグの自然消失
理由は分からない。
だが、喧嘩が長引かない。
若者が戻ってくる。
村を捨てる選択肢が、なぜか浮かばない。
結果。
人が残る。
人が残れば、技術も残る。
知識も、文化も、次の世代も。
ウエストヴィレッジは、
「壊れない村」から――「積み上がる村」へ変わった。
リオンは、知らない。
自分が持つスキル一覧を、
誰も完全には把握できていないことを。
なぜなら、これらのスキルはすべて――
・レベル表示なし
・オン/オフ不可
・取得ログなし
世界の裏側で、常時発動している。
村長は、夜、独りで記録を閉じる。
「……神の祝福じゃないな」
もっと質が悪い。
これは、
世界が壊れないために置かれた“機構”だ。
だからこそ。
ウエストヴィレッジは、
これから必ず――
歴史の表に引きずり出される。
本人の意思とは、無関係に。
ウエストヴィレッジが「おかしい」と、誰もが薄々感じ始めたのは、発展の“速度”ではなかった。
方向だ。
最初に変わったのは、職人たちだった。
「……あれ? この加工、前にもやった気がするな」
木工師が、手を止めて首を傾げる。
だが、その“前”は、存在しない。
設計図もない。
教わった記憶もない。
それでも、手が動く。
失敗しない。
迷わない。
ただ、一番無理のない形に落ち着く。
数日後、同じことが鍛冶屋でも起きた。
さらに、石工、革職人、料理人。
共通していたのは、成果物だ。
派手じゃない。
だが――妙に長持ちする。
《最適経路誘導》
対象:技術行為・制作行為
効果:
・失敗分岐の無意識回避
・過剰工程の自然省略
・素材特性に最も負担の少ない解を選択
教えていない。
だが、伝わっている。
このスキルは、知識ではなく“選択肢”を書き換える。
次に変わったのは、村の“会話”だった。
議論が、長引かない。
意見は割れる。
衝突もする。
だが、必ず――破綻しない落とし所に収束する。
「じゃあ、今年はそこまでにしよう」
「無理しない方向でいこう」
誰かがそう言うと、なぜか全員が納得する。
《過剰分岐抑制》
対象:集団意思決定
効果:
・極端案の自然消失
・感情的暴走の緩和
・合意形成速度の加速
強制はしていない。
洗脳でもない。
ただ、壊れる選択肢が浮かばなくなる。
そして――
村を“村ではない何か”に変えた能力。
リオンが、ただ日課としてやっていた行為から発現した。
朝、村を一周する。
畑を見て、川を見る。
ただそれだけ。
だが、その“確認”が、世界にとっては命令だった。
《観測固定》
対象:定期的に認識される領域
効果:
・存在確度の安定
・突発的消失・災害イベントの発生率低下
・因果未確定領域の強制確定
誰かが“見ている”場所は、世界にとって「確かな場所」になる。
それを、世界の内側の存在がやってしまった。
結果。
・盗賊が寄り付かない
・魔物が通り過ぎる
・災害が、なぜか外れる
地図の上で、ウエストヴィレッジだけが、薄く囲われた“安全圏”になった。
ここで、村は完全に変質する。
豊かだから人が集まるのではない。
ここにいると、無理をしなくていい。
そう感じて、人が残る。
人が戻る。
ウエストヴィレッジは、
成長する都市でも、
栄える商業地でもない。
「居続けられる場所」になった。
リオンは、相変わらず畑にいる。
「……最近、作業楽だな」
それくらいの感想しかない。
だが、村長は理解していた。
この村はもう――
単なる一地方ではない。
・国家が欲しがる
・教会が注目する
・観測者が嫌悪する
“拠点”だ。
しかも、
中心にいる本人が、
意図的に目立たない。
「……厄介すぎる」
村長は、遠くで土をいじる青年を見る。
あれは、英雄じゃない。
王でもない。
だが――
世界が、彼の周りで折り合いをつけ始めている。




