第二話~ちょっとしたチートがあるらしい
胸に流れ込んできた記憶は、激しいものではなかった。
誰かの人生を丸ごと押しつけられるような感覚ではなく、必要最低限の情報だけが、静かに整理されていく。
この体の名前は、リオン。
年は十六。
村の外れにある、使われなくなった小屋を借り、畑を耕して暮らす半農半自給の生活。
親はいない。事故で亡くなったらしい。
泣き崩れた記憶も、恨んだ感情もない。ただ、淡々と「そういう事実」としてそこにあった。
……なるほど。スローライフ向きだ。
小屋の外に出て、畑の端まで歩く。土はよく耕されているとは言えないが、放置されているわけでもない。昨日までは、リオンが一人で、鍬を振るっていたはずだ。
試しに、地面にしゃがみ込み、土を指でつまんだ。
その瞬間、違和感が走った。
――乾いている。
――栄養が、足りない。
――だが、少し整えれば、まだ育つ。
言葉ではなく、「感覚」で分かる。まるで、土の状態がそのまま頭に流れ込んでくるようだった。
「……なんだ、これ」
首を傾げながらも、特別なことをしたつもりはない。ただ土に触れただけだ。それなのに、畑の状態が、手に取るように理解できる。
鍬を取って、言われるままに――いや、感じるままに土を返してみる。
力を込めたわけでも、魔法を唱えたわけでもない。
それなのに。
ひと振りで、土が驚くほど柔らかく崩れた。
石は自然と避けられ、水の通り道が整う。偶然にしては、出来すぎている。
「……農業スキル、みたいなやつか?」
思わず苦笑する。
勇者の剣術や派手な魔法じゃない。だが、生活するには、これ以上なくありがたい。
そのとき、視界の端に、淡い文字が浮かんだ。
――《生活適性:極小補正(常時)》
――《対象:衣・食・住》
一瞬で、消えた。
「極小、ねえ……」
そう呟きながら、畑を見渡す。
確かに劇的な変化はない。作物が一瞬で育つわけでも、土地が黄金に変わるわけでもない。
ただ――手をかけた分だけ、必ず報われる。
そんな確信だけが、胸に残っていた。
この世界で生きるための力は、剣でも魔法でもなく、
日々を丁寧に積み重ねること。
どうやらリオンは、頑張れば必ず報われるだけの、ずるいほど都合のいい能力をもらったらしい。
畑仕事をひと段落させ、小屋に戻る。
鍋に水を張り、干してあった根菜を刻む。今日の昼は、薄い野菜スープだ。贅沢はできないが、空腹を満たすには十分だろう。
包丁を握った瞬間、また、あの感覚が来た。
刃の角度。
力の入れ具合。
切り進める順番。
何かに教えられたわけではないのに、一番無駄のない手順が自然と分かる。
結果、野菜は均一に切り揃えられ、芯や端も、ほとんど無駄にならない。
「……気のせい、ではないよな」
火にかけた鍋をかき混ぜる。沸騰する少し手前で火を弱めると、えぐみが出ないことまで、なぜか分かっていた。
味見をすると、驚くほど、いつもよりうまい。
食後、木製の椅子に腰かけ、道具の手入れを始める。
鍬の刃に付いた泥を落とし、欠けを確認し、石で軽く当てる。
すると――
削りすぎない位置が、指先に伝わってきた。
結果、刃は新品同様とまではいかないが、確実に「昨日より良く」なっている。
そのとき、また視界に文字が浮かんだ。
――《効率補正:微》
――《対象:継続行動》
微、ね。
相変わらず控えめな表現だ。
だが、考えてみる。
料理は少しうまくなる。
道具は長持ちする。
畑仕事は疲れにくく、成果が安定する。
どれも単体では、奇跡とは言えない。
だが――毎日、積み重なったら?
十日後には、差が出る。
一月後には、明確になる。
一年も経てば、周囲から見て「異常」になる。
しかも、この補正は――意識しなくても常時発動だ。
「……スローライフ、向いてるとかいうレベルじゃないな」
小屋の外を見ると、夕日が畑をオレンジ色に染めていた。
誰にも気づかれず、誰とも競わず、ただ丁寧に生きるだけで、世界が勝手に味方をする。
派手な力はいらない。
戦う理由もない。
この世界は――
静かに生きる者ほど、強くなるようにできているらしい。




