8.宴の時間だ
レティシア陣営はあの森の奥。
つまり予備隊の待機している場所だ。
木々がまばらに生えているような平地にある。
5000人は1か所に固まってる訳もなく、野営地は複数ある。
事前の契約書にはそういった情報も記されているので、それを参考にエリクの案内で辿り着いた。
すっかり日も沈んだ頃、俺達が野営地までやってきたら――思いのほか、静かで逆に気味が悪いな。
向こうの民兵のテントみたいにボロい造りのせいか傾いているテント群、そこらで雑魚寝してるオーク兵なんかも居る。
「昼間の感じだと……もっとこう、互いに罵り合ってそうなイメージがあったけどな」
「いや彦丸。もう、やりあった後みたいだけど……」
暗くてよく見えなかったが、そこらで寝ているオーク兵達は雑魚寝している訳では無く――頭とか背中に矢が刺さっているようだ。
ボロく見えたテントは、ただ倒壊寸前なだけだった。
「あー……」
ザシュッ!
「止まれッ!」
俺の足元に、1本の矢が刺さる。
「うおッ!?」
「危ない!」
「――!!(あぶねーな!!)」
見上げると――近くの木の上にもまたテントがあった。
木の板をしっかり固定し、布ではなく草木を利用した自然のテントだ。
遠目から見れば、ここに住処があるなんて分からないだろう。
「お前らは誰だ」
そう声を掛けて来たのは、今しがた矢を撃って来たエルフ兵だ。
透き通るような金髪はポニーテールとして纏められている。人間よりも長く尖った耳。
口元は緑のスカーフで巻いて見えないが、かなりの美女なのは分かる。
「俺達は戦争立会国マジカルーナ代表の代理見届人だ。怪しいもんじゃない」
「見届人か……何をしに来た。我らは、規律を違反なぞしておらんぞ」
「今日は見届人としてじゃない。私用の仕事で来たんだ!」
「仕事だと? 帰れ――我々は気が立っているのだ」
「いやー、そこをなんとか。せめてリーダーさんにお話でも……」
「クドい!!」
取り付く島も無い。
まぁしょうがないと言えばしょうがないんだけど――さて、どうするか。
そう思案していると、背後に気配が産まれる。
「ん?」
「イイ匂いがするんだブヒィ……」
さっきまで倒れていた――頭や背中に矢が刺さっていたオーク兵達が立ち上がり、屋台の周りに集まって来ていた。
赤や茶、青など色んな毛を持つ個体。顔もよく見れば豚の他にイノシシっぽい牙を生やした個体も混じっている。
「えぇ!?」
エリクが驚き、その声に俺も驚いた。
「ど、どうして……あの、矢が刺さって死んでたりしてたんじゃ……」
「矢ぁ? あぁこれか」
頭に刺さっていた矢を、軽く引き抜くオーク兵。
ポンッ――と心地よい音と共に、血も少々ドバッと出る。
「ひぇ……」
「こんくらい、ツバでも付けときゃ治るんだブヒ。んでもって……お前ら、誰だブヒ」
◇
俺とエリクはさっきのオーク兵に事情を説明し、部隊のリーダーの下へ案内された。
その間もずっとエルフ兵はこっちを睨んでいたが――後ろから矢で撃たれる事は無かった。
敷地の奥へと通された場所には――即席で造られたとは思えないほど、しっかりとした建物があった。
丸太を組み合わせた家は、子供の頃に行ったキャンプ場のロッジを思い出す。
さらに一番広い部屋へと通される。
オーク兵がドアを開けると――デカい魔獣か何かの毛皮が床に敷かれ、動物の骨で出来た座り心地の悪そうな椅子に大きなオークが座っていた。
「おぉ、お前が今回の見届人かブヒィ!」
「あぁリーダーさん。俺の名は最上彦丸だ」
「は、初めまして! エリクと申します!」
「ブヒ、よろしくなヒコマルとエリク。オレ様は誇り高きマスターオーク、モスモス様だ。部下には頭領と呼ばれている」
他のオーク兵の装備は、腰ミノや乳当て(胸当て)だけの装備だった。
しかしモスモスはやはり頭領だけあって、黒と銀のツートンカラーな毛並みに鋼鉄の鎧。身体もデカい。
壁には、俺の身長よりも大きな斧が立て掛けてある。
「じゃあ頭領、よろしくな」
ツンツンしているエルフ兵とは違い、こっちのオークは割とのんびりした気質のようだ。
「それで、お前らは仕事をしに来たと言っていたが……報告にあった、あの荷車が関係するブヒか?」
「俺達は、ラーメンっていう料理の販売に来たんだ。あの荷車は屋台っていう料理を作る為の施設なんだ」
「ほー…………」
モスモスはアゴに手(前足?)をやり、そのまま少し停止する。
「どうしたんだろ」
「……知ってるかエリク。オークって、鼻押すと『ブー』って鳴くんだぜ」
「ぷっ、ブーって……」
「そうだブヒィ!!」
「えっ、ホントに!?」
椅子から立ち上がり、ドスドスドス――と重そうな音を立て俺の目の前までやってきた。
デカいとは思ったけど、実際に目の前まで来られるとさすがに威圧感と圧迫感がすげぇや。
「昨日の晩、あの敵陣営から風に乗って漂ってきた、不可思議な美味い匂い――」
「えぇッ! ここまで匂って来てたの!?」
数キロ以上は離れてるぞ。
しかも途中には森も挟んでいるし、いくらオークの嗅覚が良いからって――。
「やはりお前らかブヒィ!!」
「ふぇ……ごめんなさいごめんなさいっ」
鼻から凄い息を吹き出しながら血走った眼で興奮しながら顔を近づけられたエリクは、涙目になって必死に命乞いを始めた。
「殺さないで下さい全部彦丸が作ったラーメンが悪い――」
「ラーメン!!」
「うひゃあッ!? ――がくっ」
突然肩をガシッと捕まれ、思わず気絶して白目を剥くエリク。
「あの匂い。あれがラーメンなのか!?」
「ああそうだ。昨日は向こう側で売ってたけど、今日はこっちで……」
「ブヒッ」
モスモスは左手で俺を、右手でエリクを小脇に抱え、走り出した。
「頭領!?」
「お前ら、緊急集合だブヒィィィィイイイイイ!!」
ブォオオオオ!!
野営地に響き渡るほら貝。
頭領がドアを蹴り破り外へ出ると、建物の前には既にたくさんのオーク兵が集まっていた。
「頭領、お呼びでしょうか」
「今夜は――ラーメンで、宴だブヒィィィイイイイ!!!」
『ブヒィイイイイイッ!!!』
「テンションたけーなオイ」
隣を見ると――エリクはまだ気絶していた。




