2.ヴェリアス平原の戦い・初日
ジャーン! ジャャーン! ジャーン!
ブオオオオ、ブオオオオ!!
「おっ。開戦だ」
「ひぇえええ」
音が聞こえたので、再び崖へと戻る。
オーヴェストがドラを叩き、レティシアは森の中よりほら貝のような笛を吹く。
それを合図に、前線の槍兵達が突進する。
詳しい数は分からないが、前衛は両陣営、ほぼ同じ数のようだ。
一定の距離から互いに槍を刺し、あるいは己の獲物で敵の攻撃をいなす。
この間にも、前衛の後方部隊は、布に包んだ石を遠心力でぶん投げているのが見える。
オーヴェスト側の民兵は、普段から農業を営んでいるような普通の民ではない。
一領具足――かつて日本の戦国時代、長曾我部が考案した組織の名だ。
平時には農民として生活し、動員が掛かれば即座に一領の具足(戦の装備)を持ち戦いに赴く。
ただの農民とは違い、領主と同じように土地が持てる。
土地が持てれば一国一城の主として認められ国への忠誠心が上がる――といった効果が期待できるらしい。
といった背景があるので、そこらの雑兵よりは強いのだが――。
「あっ、やべーな」
オーク側中央部隊が、少しずつ後退を始めているのだ。
それに気付かず、一気に前線を押せ押せと部隊が押し込むのだが――。
ブォォォ!!
このほら貝と共に、森の中から矢が――雨のように放たれた。
ジャーン!!!
ジャーン!
ジャーン!
物見櫓からのドラが鳴り響く。
それに呼応するように他の櫓からもドラが鳴る。
盾部隊がそれに合わせ、矢に向かって構える。その盾に潜り込むように槍兵も入る。
一拍置いて、無数の矢がオーヴェスト側へ襲い掛かった。
部隊の前進が止まったと同時に、後退していたオークが突進してくる。
オーヴェスト側も弓兵による攻撃を行うのだが――信じられないことが起きる。
なんと森からの精密射撃により、矢が空中でへし折られていくのだ。
その上で、オーヴェスト側の頭上に矢の雨が降り注ぐ。
すべての矢が撃ち折れた訳ではないが、それでもかなり減少してしまった。
足を止めてしまい、しかも身動きが取れない状態。
ついでに言えば、前日までの雨で地面がぬかるんでいるせいで、若干動きも悪い。
そこへ、ぬかるみをものともしないオーク達が攻め込んでくるのだ。
最初は景気良く攻めていたオーヴェスト側が、どんどん下がらざるを得ない状況になってしまった。
「しっかし便利だな。この千里眼ってやつは」
俺は、吉備丸のスキルを発動して戦場を眺めていた。
他人が見れば、目の周りに蒼いモヤで出来た眼鏡が掛かっているはずだ。
だから千里眼ってよりは、千里眼鏡――双眼鏡みたいなもんだな。
実はというと、戦場がよく見えるこの崖はかなーり遠いのだ。
肉眼で見えるほど近いと、どう考えても戦いに巻き込まれる。
どの道、俺らの出番は夕刻以降だ。
だからこうして安全な場所で待機しつつ、戦場を観察している――どちらの軍勢がどんな戦いをしたか、記録しておく必要があるからだ。
「敵がこう動いて、味方が下がって――」
俺には絵心が無い。
だがエリクはそういうのが得意で、俺が雑に説明した内容を、たくさん持ってきた羊皮紙に戦場全体の動きをイラスト付きで描いている。物凄い早さだ。
さっきまでビビっていたのが嘘のように、四つん這いに近いポーズのまま、地面に敷いた紙へスラスラと描いていく。
「今回の報酬は半々だからな」
「全部ボクが描いてるのに!?」
俺はエリクの小さな尻を軽くペチっと叩く。
「あひゃッ!?」
「情報は全部俺が見てんだぞ。半々で我慢しろ」
「はーい……」
それからもしばらく戦闘が続いたが――結局、オーヴェスト側はかなり手痛い損失を出してしまった。
レティシア側も初日とあって深入りは避けたのか――日没まで決着はつかなかった。
ジャーーン、ジャーーン、ジャーーン!!
ブォォォオォォォオオオッ!!
戦場に、撤退を告げる音が鳴り響いた。
◇
この異世界の戦争にはルールがある。
事前の取り決めにより、双方の代表が同意した規律は順守すること。
破った場合は、即座に立会国による軍事介入が行われる。
今回の立会国は、戦争中立国の魔法公国マジカルーナだ。
その昔、たった1度だけ魔王側が規律違反をしたらしい。
結果、マジカルーナによる超遠距離崩壊魔法により、魔王城が半分消し飛んだという。
怖ッ。
今回の規律の1つに、日没と同時に戦闘行為を辞め、両陣営まで下がる事が義務付けられている。
双方の部隊が全て退いたのを見届けてから――俺は仕事の準備に取り掛かった。
「女神への借金完済、大体あと金貨9万9千枚か」
吉備丸には祝福が、俺には呪いが。
この異世界へ来た時に、女神によって与えられている。
俺達が異世界へ転生して、借金を負うハメになったあの事件からもう3か月は経っている。
そう、忘れもしない――去年の年末、大晦日だ。




