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一.事件は如何にして起こったか ー陸前高砂駅ー

その老人は泥酔していた。その老人がどの駅から乗り込んでいたかは誰も把握していない。隣に座る誰かがどこから乗ってどこで降りるかなど、誰も興味はない。

それはその他大勢であり、景色であり、存在しないものに近い。


日本人はマナーを重んじる。マナーを守っていれば、存在していても無いものに近い関係でいられるからだ。

それは余計な軋轢やトラブルを生まないストレス社会を生きるための術だ。


だが、自分勝手でマナーを逸脱する者がいれば話は変わってくる。誰かが指摘するか解決しない限り、不快感をまき散らす存在を放置することになり、結果的に自らのストレスを増やすことになる。

特にこの老人は面倒な手合だった。時折奇声に近い声をあげるし、懐から取り出したタバコを吸おうとする素振りも見せた。


周囲の人間は緊張を強いられた。

だが早く帰宅したいのも事実だ。トラブルは起きない方がいい。

そのささやかな願いは叶えられなかった。


老人が飲もうとしていたペットボトルを落とした。蓋は外れた状態だ。

ペットボトルは転がりながら、無色透明の液体を床にまき散らしていく。

それは老人を見ていなかった乗客の足元にも届いた。

とある乗客が思わず口にした。


「気持ち悪い」


本当に気持ち悪かったのか、靴に付着した液体が不気味だったのかはわからない。そして非常停止ボタンの側にいた五十代の男性が非常停止ボタンを押した。車内は軽くパニックとなった。

幸いすでに駅に到着する寸前だったので急ブレーキにはならず、駅に到着した。


2025年10月21日18時38分


液体が撒かれた車両から逃げるように乗客が降りてくる。

乗務員が乗客の確認と車内の様子を見て青ざめる。


「水だよな…」


しかし近寄って匂いを確認するわけにもいかない。


「C災害…になるのか…いやでもこれは……まずは乗客の一時避難の後に司令部に報告だ。」


C災害。それは化学兵器(Chemical)による災害である。車両内に撒かれた無色の液体は一時的にC災害の恐れありと報告しなければならない。


「車両に残っている方は一旦ホームに出てください。安全のために一度渡り廊下付近まで移動をお願い致します。確認が終わるまでこの便は発車できません!」


仙台市宮城野区 仙台司令所


乗務員からの報告を受けた仙台司令所は慌ただしく動き出した。年嵩の者は、30年前のあの事件が脳裏を()ぎる。


「地下鉄サリン事件」


先進国で唯一の化学兵器による同時多発テロ事件。

あの事件以降、化学兵器が公共施設で使用された疑いがある場合、総務省のマニュアルに沿って対処を行うことになった。そして、定期的に訓練も行われている。


「荒井君、110番通報を頼む。馬場君は119番通報を担当。亀井君は今後の運行の取りまとめを頼む。桜井さん、その一番右の棚に救急対応マニュアルがあるはずだ。いつでも参照できるように準備してくれ。私は現場に指示を出す。状況によっては現場に向かう。」


「こちら119番。仙台の消防です。火事ですか?救急ですか?」

「こちらJR東日本、仙台指令所、担当馬場です。JR仙石線・陸前高砂駅にて、化学災害と思われる事案が発生しました。」

「確認します。化学災害ですね。指令!緊急です!JRにて化学災害の恐れありです!失礼しました。現状の情報共有お願いいたします。」


日常よりも少し長い夜が始まった。


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