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さかなつり

エピソード26 約2700字の短編小説


広大な雪原に建つドーム。

そこでは日々、研究に勤しむ日本人とアメリカ人がいた。

その朝、アメリカ人はとてつもない発見をする。

だが、アメリカ人だから・・・ねぇ。


「うお~寒い!寒いっ!!」


 目を覚ました私はベッドの中で丸くなった。

 完全断熱の部屋でも寒いものは寒い。南国育ちの身にはなおさら凍みる。


 もうすぐ朝食の時間だった。今日の当番は私だから、さっさと起きて準備しないと相棒がうるさい。


 私たちは2名のチームで長期の研究プロジェクトに携わっている。たったの2名だからこそ、トラブルは絶対避けなければならない。ふたりだって人間関係ってのは当然ある。だが、それでプロジェクトを頓挫させるわけにはいかないし、どちらかの技量が劣っても研究は上手く進まないだろう。だからこの数年間、のべ数万人が参加したトライアルで様々なシミュレーションを経験し、最も相性が良い2名が選ばれているのだ。


 このプロジェクトはそれほどに重要なものだった。そしてこの研究で得られる成果は、それこそ人類の未来を照らすものになるだろう。


「ミッキー!!」


 私は相棒の名前を呼んだ。本名はマイク・パターソン、ミッキーは愛称だ。


「おいミッキー、いないのか?」


 いない人にいないのか?って聞いたっていないものはいない。

 馬鹿なことを言ったもんだと思いながら、私は体を起こした。


 私とミッキーの就寝スペースはプライベートを保てるほどにはセパレートされているが、緊急時に備えて個室ではない。それに同じスペースにあるトイレのランプも消えている。


 ミッキーは、今この部屋に、いないのだ。


-先に起きて朝飯を作ってるとか、ないよなぁ。


 私は居住スペースに続くドアを開けた。


-やっぱりいないな、すると外に出たか?俺に声を掛けずに外へ?あまり褒められた行いじゃないぞ。


 たったふたりで遂行するプロジェクトなのだ。だからプライベート以外の個人的な行動は制限されていた。


 朝食の準備をしたいところだが、ミッキーの所在を確認しないと規律違反になってしまう。

 私は防寒着に身を包み、外へ続く風除室に入った。そして丁寧に密閉を確認し、外への扉を開けた。


「う~~、さ、寒い!!」


 完全密閉の防寒着だが、やはり寒いものは寒い。南国育ちの身に凍みる。だが、外は珍しく穏やかで、空はよく晴れている。


 ミッキーは研究ドームのすぐそばにいた。ドームに背を向けて、なにかに夢中になっているようだ。


「ミッキー!俺に黙って外に出るのは違反行為だぞ!!」


 ミッキーと私は親友以上の間柄、互いに歳が近く家族構成も似ているから、トライアル中には家族同士の交流も始まっているし、何よりプロの研究者として互いにリスペクトする仲間だ。だからこそ、互いの言葉には遠慮がない。


「おうっ!ヤマト!!この寝ぼすけが、ようやく起きたのか?まぁ、こっち来てみろよ!!」

「寝ぼすけとは何だ!違反行為だって言ってるだろ!で?なにがあるんだ?」


 私にはもう、ミッキーを責める気はない。それよりも、ひとりでなにか面白そうなことをしているミッキーに腹が立った。


「まったく・・俺に黙ってなに面白そうなことをっ!!」

「いいからいいから!これこれ!!」


 ミッキーは分厚い防寒手袋の手のひらに何か乗せていた。そいつはうねうねと動いているようだ。


「ミッキー、これ・・」

「ヤマト、分かるか?これ虫だぞ?なんかの幼虫みたいだろ?」

「うぁ~ホントだ。しかしお前これ、大発見じゃないか!極限生物そのものだ!やばいぞ、すぐにレポート書かなきゃ!!」

「まぁ待て待て、こいつな、その辺の岩の下に潜んでたんだよ。ちょっと深いとこな、今日は天気がいいだろ?だから浅いとこまで出てきてたってとこか。で、同じく天気に誘われて出てきた俺様に見つかった、とな?」


 ミッキーは上機嫌だ。そりゃそうだ、この研究の最も重要な部分をこんな形でクリアするなんて。しかし、ミッキーの話はそれで終わらなかった。


「あとな?コイツを餌にしてな?あれ、見ろよ」


 ミッキーの指さす先には、直径50cmほどの穴が開いている。


 そこには、釣り糸が垂れていた。


「な、なんだこりゃ!ミッキーお前、どっからこんなもん!」

「HA~~~!HA!HA!HA!HA!!」


 ミッキーは突然アメリカ人っぽく高笑いし、私の質問には答えずに言った。


「イッツ! フィッシング!!」


 ミッキーがそう叫んだ時だ。釣り竿の先が穴に向かって絞り込まれた。


「アタリ!!」

「フィッシュ!!」


 二人同時に叫んだ。ミッキーは素早く竿を持つと、ギリギリとリールを巻き始めた。


「ワォ!!ビッグワン!!」


 獲物が頭を振っているんだろう、竿先はグングンと脈動し、穴に向かって更に突き刺さる。リールのドラグは鳴りっぱなしだが、ミッキーはなかなかの腕前だ。獲物の動きに合わせてポンピングを繰り返し、ついに獲物を釣り上げた。


 氷の上でびちびちと跳ねる・・魚?


「ヤマト!!アイ コート ア ビッグワン!!」


 ミッキーは興奮している。


「でかいぞ。1メートル近くあるな、それにヒレのような形状の体。アロワナに近いか。しかし鱗のようなものはない。目は、あるのか?これ。いや、体中にあるのが目か?」


 私は冷静にそれを観察した。だけど、ミッキーはやはり興奮したままだ。


「ヤマト!!これ写真撮ったら食ってみようぜ!!朝飯はこれ!ジャパニーズにはあるだろ?焼き魚定食ってさ!」

「・・・How~」


 私は大げさにため息をつきながら、両腕を広げて見せた。

 呆れた、というリアクションだ。


「ミッキー、お前が嬉しいのは分かる。でもな?これ食っちゃダメだろ。っていうかな?こいつの血液はたぶん、エタンだぞ?身はタンパク質の可能性が高いけど、分子構造が違うはずだ。あとな、骨が透けてるだろ?たぶんあれ、氷だぞ?分かるか?」


 ミッキーはようやく落ち着いた。


「Oh、そうだねヤマト、こいつをドームに入れると、あっという間に蒸発しちまうか。なんせここは」


 私はミッキーの言葉を引き継いだ。


「そうだよ、ここはエウロパなんだから」



 私とミッキーは、地球外生命探索チームだ。

 地球を代表してここ、エウロパにいる。


 そして今、ちょっと馬鹿げた方法で、エウロパの生命を捕獲した。

 ミッキーは初めて地球外生命体を発見、捕獲した栄誉で歴史に名を残すだろう。


 そしてミッキーは、びちびちと跳ねる魚を見つめ、感慨深げにつぶやいた。


「ヤマト、これ、刺身じゃだめか?」


 私はミッキーの後頭部を思い切りはたき、まだ食うつもりかいっ!!と、突っ込んだ。


 暴力はコンプライアンスに違反するが、これだけは仕方が無い。


 真面目なのだよ。日本人は。


 真面目?・・・あぁそうだ、私もきっと表彰されるだろうな。


 身を挺して、アメリカ人から貴重なサンプルを守った功績で。


 見上げれば、よく晴れた空に木星が浮かんでいる。


 木星の光は、エウロパの地に立つ地球人たちを、煌々と照らしていた。





さかなつり    了

大盛こもりの短編集。

がんばって毎日1本アップしたいですが、難しいですね。

でも、お気に召す作品が1本でもあれば、うれしいです。

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