8二ャ:キャットタワー・バトル
これは昔、我が家に初めてのキャットタワーがやってきたときのお話。
届いたその日、段ボールを開ける音に、どこからともなく三匹が集まってきた。
私が一段ずつ組み立てるのを、じーっと見つめる瞳が六つ。
その目に、ほんの少しだけ「これは何か楽しいものだ」と気づいた光が宿っていた。
完成したキャットタワーは、ぐらつかない頑丈なつくり。てっぺんの台座はふかふかで、特等席。
……ただし、一匹分だけ。
さっそく、三匹が動き出す。
「なにこれ、なにこれ?」
みーたんが一番に駆け寄り、鼻先をくんくん。新しいものには目がない好奇心のかたまり。
「ふ〜ん、まあまあ悪くないわね」
ツンは少し離れたところからチラリと見つめて、何気ないふりで近づいてくる。
一方、サバ太は部屋の隅でじっとみんなの様子を観察中。目を細めながら、微動だにしない。
まるで、戦の流れを読む将軍のように。
「じゃあ、あたしが一番のりっ!」
みーたんが勢いよくぴょんぴょんと跳ねて、一気にてっぺんまで登りつめた。
高い場所に立つと、得意げにしっぽをくるりと一回転。
「見晴らしいいし、あったかいし、今日からここはあたしの場所〜!」
自慢げな声を出して、ふわりと香箱座りをきめる。
そんなみーたんを見て、ツンはしばらくじっと黙っていたけれど――
ふいに「やれやれ」といった顔をして、のそりと動き出した。
そして、サバ太もまた、足を一歩前へ。
てっぺん争いの火蓋が、静かに切って落とされた。
***
先に動いたのは、ツン。
静かに、無駄な音も立てず、キャットタワーの中段まで登ると、ぴたっと動きを止めた。
みーたんの真下――まさに威圧のポジション。
「……」
視線だけで語りかける。いや、睨みつける。
じーっ……
じーっ……
みーたんはしばらく気づかないふりをしていたけど、やがてそっと視線を向け――
その瞬間。
「ニャッニャッ!」
ツンの猫パンチが軽やかに炸裂!
毛がふわっと舞う程度の、しかし間違いなく意思のこもった牽制。
みーたんは驚いて飛び上がり、ひょいっと飛び降りた。
「な、なによ〜!びっくりした〜!」
その隙を逃さず、ツンはすっとてっぺんへ。
無言のまま、香箱座りで陣取る。
「ま、こうなるわよね」といわんばかりの横顔。
完全勝利――のはず、だった。
……でも。
しばらくすると、ツンはふいに立ち上がり、静かにタワーを降りた。
誰に奪われたわけでもない。彼女の意思で、すっと。
「別に……いつでも登れるし」といった表情で、窓辺に向かって歩いていった。
どこか、背中が誇らしげだった。
***
そして、満を持して登場するのがサバ太。
ぐい、と前足をかける。その足にはしっかりと爪が出ていて、気合い十分。
「んんにゃッ……!」
ずしりと体重がかかった瞬間――
グラ……グラグラ……
あんなに頑丈だったはずのキャットタワーが、わずかに揺れた。
サバ太の顔が引きつる。
「にゃ、にゃにゃっ!?」
ぐらぐらと揺れる台座に必死でしがみつきながら、全身の毛を逆立てる。
そのまま、どたっと飛び降り、猛スピードで部屋の隅へ避難。
登頂記録――三十センチ。
***
そして、誰もいなくなったキャットタワーに、みーたんが再び戻ってくる。
「ふふん、やっぱりここはあたしの場所〜」
優雅に登り、てっぺんでくるりと一回転して、おさまりよく座る。
目を細めてうっとりしているその姿は、まるで女王様のよう。
でも――
私はそっと、誰もいないときにキャットタワーに手をのばしてみる。
ぬくもりが、ふんわりと残っている。
毛が、何本か、ふわっと。
みーたんのものかもしれないし、ツンのものかもしれない。
もしかしたら、サバ太の勇気の残り香かもしれない。
どの子の勝ちでもなくて、どの子の場所でもある。
キャットタワーのてっぺんは、今日もたぶん、
優しくて、ちょっぴり激しい、争奪戦の舞台だ。