6二ャ:猫様のおトイレ事情
猫という生き物は、トイレに入る前からすでにドラマが始まっている。
サバ太が静かに立ち上がったとき、私はすぐに察した。
……あ、これは来るな、と。
お尻をぷりぷりさせながら、なぜか遠回りしてリビングの角を曲がり、廊下の途中でストップ。そして、またゆっくり歩き出して――やっとトイレの前に到着。
「今だ!」と思った瞬間、なぜかその場を素通りしてキッチンのほうへ戻っていく。
「今行かないの!?」
サバ太の“気分じゃないトイレチェック”は一日に三回はある。何かに納得いかないときは、トイレをチラ見してそのまま去るのだ。砂の匂い?気温?空気の流れ?それとも月の満ち欠け?理由はわからないけれど、とにかくそのときの「気分」がすべてらしい。
けれど、一度スイッチが入ると、それはもう戦場のような突入劇が始まる。
ずしゃぁぁっ!!!
砂を巻き上げながらトイレに飛び込んでいく様は、まさに突撃部隊の如し。
しかも、中に入ってもすぐには始まらない。
方向を何度も変えながら、くるくる回って、ここと思った場所をカリカリ。
「いや、やっぱこっち」とでも言いたげに、また違う場所をカリカリ。
そのうち何かが“ピタリと来た”のか、突然ものすごい勢いで砂を掘り始める。
「え、そこに穴を掘ってどこ行く気なの……?」
ガッサガッサと砂をかき出す音がリズミカルに響くなか、とうとうトイレの外にまで砂が飛び出してくる。
慌てて回収用スコップを構える私。
これが、猫飼いにとっての“前線”である。
* * *
みーたんはというと、慎重派。
トイレに入る前には、まず外からじーっと中を観察する。
「それ、警備員の巡回ですか……?」
誰かが使った直後だったりすると、ぷいっと顔を背けてそのまま立ち去る。
砂の粒ひとつが気になるらしく、ちょっとでも“お呼ばれしてない感”があると絶対に入らない。
そして仕方なく、私がその場でスコップを持ってお掃除を始めると、いつの間にか後ろに座っていて、「やっとか」とでも言いたげな顔でじっと待っている。
しかも、掃除が終わると急に目をキラキラさせて、自分からササッと入っていく。
こだわりが強すぎるけど、その几帳面なところがみーたんらしい。
中に入ってからはわりとスムーズで、用を足したあとは静かに、けれど丁寧に砂をかけている。
まるでお花を植えたあとの手入れのような、そんな優雅な動き。
* * *
ツンは逆に、“見てる前では絶対やらない”主義。
私が近くにいると、ちらっとこちらを見て、またトイレの周りを回り、ふといなくなる。
で、こっそり覗いてみると、ものすごく真剣な顔で用を足しているのだ。
たぶん、あの時間だけは誰にも見られたくないんだろう。
さすがツンデレ。そういうプライバシーの守り方には一切妥協がない。
問題はそのあとの“砂かけ”だ。
猫といえば「用を足したら砂をかける」という美徳の象徴のような存在だけど――
なぜかツンは、トイレの中ではなく、外側の縁とか、関係ない壁とか、全然関係ない床を延々とガリガリしている。
「……いや、そこ壁なんだけど」
どこかをかいて、満足げに去っていくツン。
もはや“砂かけの概念”が独自に進化してしまっている。
でも、どの子もそれぞれ真剣で、誇り高くて、ちょっと不器用で。
そんな姿を見るたび、私は思う。
今日も元気でいてくれて、ありがとう。
* * *
そんなある日、私は見てしまった。
ツンがトイレ後、いつものように壁をバリバリ引っかいている後ろで――
みーたんが、同じように壁に向かって「かいてるふり」をしていたのだ。
「えっ、まね……してる?」
その翌日。サバ太までが、トイレを出たあと、きょとんとした顔で床を軽くこすっていた。
「ちょ、みんな……!? そこ、砂じゃないよ!?」
いつの間にか、我が家の猫たちは全員、“ツン式砂かけ”を習得してしまったらしい。
誰にも教えられていないのに、こういう「妙なクセ」だけは伝染していく。
それもまた、猫の不思議で面白いところ。
……が、問題は“それ”よりも別のところにある。
サバ太が立ち去ったあと、ふと鼻をついた“ある異変”。
「っっっっくさ!!!???」
……そうなのだ。
サバ太は、とぼけかわいい顔をしているのに――
なぜか、うんちだけは驚異的に臭い。それが、ツン式砂かけをすることにより、ダイレクトに香りが伝わってくるのだ!
その顔で、どうしてそんな破壊力が……?と、毎回疑問に思う。
しかも、した直後は本人が得意げにスンっと歩いて去っていくのがまた……なんとも言えない。
一度なんて、あまりの強烈さにみーたんがトイレに近づいた瞬間、ぷいっと顔を背けて走り去っていった。
ツンに至っては、あまりに臭かったのか、わざわざ隣の部屋の壁をバリバリして意思表示していた。
「これ、やばいってこと……?」
でも当のサバ太は、いつも通りきょとんとした顔。
「え、何かあった?」って感じで。
そのギャップが、またたまらないのだけれど……
トイレ掃除担当の私は、しばし呆然としたのであった。
お掃除はちょっぴり大変だけど、
そんな小さな仕草のひとつひとつが、私の日々をくすっと笑わせてくれる。
猫たちと私の“トイレ前線”は、まだまだ予測不能なまま、続いていくのだった。