表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

6二ャ:猫様のおトイレ事情

 猫という生き物は、トイレに入る前からすでにドラマが始まっている。


 サバ太が静かに立ち上がったとき、私はすぐに察した。

 ……あ、これは来るな、と。


 お尻をぷりぷりさせながら、なぜか遠回りしてリビングの角を曲がり、廊下の途中でストップ。そして、またゆっくり歩き出して――やっとトイレの前に到着。


「今だ!」と思った瞬間、なぜかその場を素通りしてキッチンのほうへ戻っていく。


「今行かないの!?」


 サバ太の“気分じゃないトイレチェック”は一日に三回はある。何かに納得いかないときは、トイレをチラ見してそのまま去るのだ。砂の匂い?気温?空気の流れ?それとも月の満ち欠け?理由はわからないけれど、とにかくそのときの「気分」がすべてらしい。


 けれど、一度スイッチが入ると、それはもう戦場のような突入劇が始まる。


 ずしゃぁぁっ!!!


 砂を巻き上げながらトイレに飛び込んでいく様は、まさに突撃部隊の如し。

 しかも、中に入ってもすぐには始まらない。


 方向を何度も変えながら、くるくる回って、ここと思った場所をカリカリ。

「いや、やっぱこっち」とでも言いたげに、また違う場所をカリカリ。

 そのうち何かが“ピタリと来た”のか、突然ものすごい勢いで砂を掘り始める。


「え、そこに穴を掘ってどこ行く気なの……?」


 ガッサガッサと砂をかき出す音がリズミカルに響くなか、とうとうトイレの外にまで砂が飛び出してくる。

 慌てて回収用スコップを構える私。

 これが、猫飼いにとっての“前線”である。


 * * *


 みーたんはというと、慎重派。

 トイレに入る前には、まず外からじーっと中を観察する。


「それ、警備員の巡回ですか……?」


 誰かが使った直後だったりすると、ぷいっと顔を背けてそのまま立ち去る。

 砂の粒ひとつが気になるらしく、ちょっとでも“お呼ばれしてない感”があると絶対に入らない。


 そして仕方なく、私がその場でスコップを持ってお掃除を始めると、いつの間にか後ろに座っていて、「やっとか」とでも言いたげな顔でじっと待っている。


 しかも、掃除が終わると急に目をキラキラさせて、自分からササッと入っていく。

 こだわりが強すぎるけど、その几帳面なところがみーたんらしい。


 中に入ってからはわりとスムーズで、用を足したあとは静かに、けれど丁寧に砂をかけている。

 まるでお花を植えたあとの手入れのような、そんな優雅な動き。


 * * *


 ツンは逆に、“見てる前では絶対やらない”主義。

 私が近くにいると、ちらっとこちらを見て、またトイレの周りを回り、ふといなくなる。


 で、こっそり覗いてみると、ものすごく真剣な顔で用を足しているのだ。


 たぶん、あの時間だけは誰にも見られたくないんだろう。

 さすがツンデレ。そういうプライバシーの守り方には一切妥協がない。


 問題はそのあとの“砂かけ”だ。


 猫といえば「用を足したら砂をかける」という美徳の象徴のような存在だけど――

 なぜかツンは、トイレの中ではなく、外側の縁とか、関係ない壁とか、全然関係ない床を延々とガリガリしている。


「……いや、そこ壁なんだけど」


 どこかをかいて、満足げに去っていくツン。

 もはや“砂かけの概念”が独自に進化してしまっている。


 でも、どの子もそれぞれ真剣で、誇り高くて、ちょっと不器用で。

 そんな姿を見るたび、私は思う。


 今日も元気でいてくれて、ありがとう。


 * * *


 そんなある日、私は見てしまった。


 ツンがトイレ後、いつものように壁をバリバリ引っかいている後ろで――

 みーたんが、同じように壁に向かって「かいてるふり」をしていたのだ。


「えっ、まね……してる?」


 その翌日。サバ太までが、トイレを出たあと、きょとんとした顔で床を軽くこすっていた。


「ちょ、みんな……!? そこ、砂じゃないよ!?」


 いつの間にか、我が家の猫たちは全員、“ツン式砂かけ”を習得してしまったらしい。


 誰にも教えられていないのに、こういう「妙なクセ」だけは伝染していく。

 それもまた、猫の不思議で面白いところ。


 ……が、問題は“それ”よりも別のところにある。


 サバ太が立ち去ったあと、ふと鼻をついた“ある異変”。


「っっっっくさ!!!???」


 ……そうなのだ。

 サバ太は、とぼけかわいい顔をしているのに――

 なぜか、うんちだけは驚異的に臭い。それが、ツン式砂かけをすることにより、ダイレクトに香りが伝わってくるのだ!


 その顔で、どうしてそんな破壊力が……?と、毎回疑問に思う。

 しかも、した直後は本人が得意げにスンっと歩いて去っていくのがまた……なんとも言えない。


 一度なんて、あまりの強烈さにみーたんがトイレに近づいた瞬間、ぷいっと顔を背けて走り去っていった。

 ツンに至っては、あまりに臭かったのか、わざわざ隣の部屋の壁をバリバリして意思表示していた。


「これ、やばいってこと……?」


 でも当のサバ太は、いつも通りきょとんとした顔。

「え、何かあった?」って感じで。


 そのギャップが、またたまらないのだけれど……

 トイレ掃除担当の私は、しばし呆然としたのであった。


 お掃除はちょっぴり大変だけど、

 そんな小さな仕草のひとつひとつが、私の日々をくすっと笑わせてくれる。


 猫たちと私の“トイレ前線”は、まだまだ予測不能なまま、続いていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ