3二ャ:真夜中の運動会
夜中の二時。
一番静かなはずの時間に、私は目を覚ます。
――ドン。
天井のほうから、かすかに何かが落ちるような音。
まぶたを少しだけ開けてみるけれど、部屋の中は真っ暗。
気のせいかな……そう思って、まどろみに身を委ねかけた――その瞬間。
――ドドドドドドド!
今度は、まるで家の中に雷でも落ちたかのような轟音。
「うわっ」と声を漏らしながら、私は飛び起きた。
「……始まった」
猫飼いたちにとって避けて通れぬ試練――
真夜中の大運動会である。
我が家には三匹の猫がいる。
甘えん坊姫・みーたん。
ツンデレ番長・ツン。
むちむち照れ屋のサバ太。
この三匹、なぜか夜中になると揃いも揃ってスイッチが入る。
昼間はあんなに寝てたのに。
夕方なんて、全員お腹を見せて床に転がりながら大あくびしてたのに。
どうして夜中だけ元気になるのか……猫の謎である。
最初に動き出すのは、軽業担当のみーたん。
リビングから廊下へ、音もなく滑り出してくる。
毛並みを風に揺らしながら、スルリと走り抜け、ひらりとキャットタワーへ跳躍。
その一連の動きは、まるで忍者。音ひとつ立てず、気配すら残さない。
その後を――
ドコドコドコドコ!と地鳴りを響かせて、サバ太が突撃してくる。
むちむちボディを左右に揺らしながらの全力疾走は、まさに小型のイノシシ。
床が軽く震えるたび、棚の上のぬいぐるみたちがぴょこぴょこと揺れる。
「ナァーー!!」
タワーの下で、サバ太が鳴いた。
舌をちょこっとだけ出したままの顔は、妙に興奮気味。
一度火がつくと止まらない彼は、タワーに登ることもなく、その場でぐるぐる回ってから――おもむろに、爪とぎに没頭し始める。
「別に登りたかったわけじゃないけど?」
そう言いたげに、根本でバリバリバリ……。
その背中には、ちょっぴり不服そうな哀愁が漂っている。
するとその少し先――
静かに燃える緑の目が、闇の中でスッと光った。
ツンだ。
誰よりもクールで無口(鳴かないわけじゃない)なツンは、獲物を狙うような足取りで、キャットタワーを睨む。
みーたんがその上でくるりと尻尾を振った瞬間、ツンが跳ねた!
ペシペシペシッ!
高速猫パンチ。
ほぼ無音なのに、なぜか確実に当たる神業のような連打に、みーたんはびっくりしてタワーから飛び降りる。
ここからは、追いかけっこだ。
トトトトトッ!と走る足音がリズミカルに響き、カーペットを滑る音と、時おり「ウニャッ」と高い声。
二匹の動きはまるで即興ダンス。先に逃げるみーたんがくるっと方向転換したと思えば、ツンも無言でそれを読み切って、正面から飛びかかる。
その横で、タワーに再挑戦しようとしていたサバ太が、後ろ足を踏み外して――お尻からずるっと落下。
「……ナ」
小さく鳴いたあと、何事もなかったかのようにその場で座り込み、毛繕いを始める。
しっぽの先を器用に舐めながら、目はちらりとこちらをうかがっているあたりが、ちょっとズルい。
ツンは本気を出すと、走っているのに足音がしない。
足が見えないほど速くて、部屋の端から端まで一直線に駆け抜けたかと思えば、そのまま方向転換して、窓際で急停止。
一瞬だけ闇を見つめたあと、ふいっと向きを変え、再びみーたんにタックル。
部屋の中では、それぞれが思い思いに種目をこなしていく。
カーテンに跳びつこうとして「ビターン!」と布に絡まるツン。
廊下をジグザグに走ってはスライディングするサバ太。
壁にぶつかりそうになって、途中でジャンプしてよけるみーたん。
私のベッドの上も、なぜか正式にコースに含まれているようで――
「どすっ」「ばふっ」「ぴょんっ」
順番に飛び乗っては、次の足場へと進んでいく。
私は、完全に――生きた障害物である。
「……ねえ、ちょっと落ち着こう?」
寝ぼけまなこで呟くけれど、もちろん誰も聞いてくれない。
だって今は、猫にとって“狩りごろ”の夜中の二時なのだから。
時々「ドシャァン!」と何かが倒れる音。
慌てて電気をつけると、棚からぬいぐるみが転がり落ちていて――
三匹は、床の真ん中にしれっと座り、全員が「私じゃないですよ?」みたいな顔。
ようやく一通りの大騒ぎを終えたころ、運動会は静かに終幕へ向かう。
みーたんは、私の枕元にちょこんと丸くなる。
サバ太は、満足げにどっかり布団の上。
ツンは、窓辺に腰を下ろして、じっと夜の空気を感じている。
「……やっと寝られる……」
そう思った、その瞬間。
「ナッ」
サバ太が鳴いて、私のお腹の上にどすんとダイブ。
一瞬息が止まったけど、不思議と腹は立たない。
むしろ――ちょっとだけ、ホッとする。
今日も元気に走り回ってたなあって。
明日もこの子たちが、のびのび過ごせますようにって。
そっと目を閉じると、布団の上からサバ太のいびきが聞こえてきた。
小さな足音と、幸せな寝息に包まれて――
私の夜も、ようやく始まるのだった。