10二ャ:サバ太、秘密のかくれんぼ
サバ太は、神経質だ。
どんなに小さな物音でも、すぐに耳をピクピク、忙しそうに動かす。
風がカーテンを揺らしただけで目をまん丸にして、空気の隙間をにらんでいる。
くしゃみなんかした日には、もう大変。
でっぷりとした体を小さく浮かせて、背中をぶわっと逆立てながら、あっちへこっちへと大移動。
まるで、「今の音、雷じゃなかったよね?」とでも言いたげな顔で。
そして少し経つと、お耳をペタンと折りたたんで、
ひょこりと顔だけ覗かせながらおずおずと戻ってくる。
その姿があまりにそろりそろりで、こちらまで息をひそめたくなる。
そんなサバ太の得意技は、かくれんぼ。
押し入れの布団の間にすべり込んだり、戸棚の隙間にみっちり埋もれたり――
でもたいてい、おしりだけちょこんと出ていたり、しっぽがぷらーんと揺れていたりするから、すぐに見つかる。
「見えてるよ、サバ太」
そう声をかけると、びくっと体を震わせて、
「ナッ」と変な声を上げながら飛び出していく。
どっちかというと、こっちがびっくりするやつ。
だけど、そんなサバ太には、もうひとつの顔がある。
……そう、甘えん坊さんなのだ。
他の猫たちが近くにいない時。
静かで、なんとなく雨の音がするような午後。
サバ太は、ひとりで部屋の隅のほうに隠れていたはずなのに――
ふと気づくと、足元にいる。
まんまるな目でこちらをじーっと見つめて、
「……いい?乗ってもいい?」とでも言いたげに、体をかがめてくる。
私が答える間もなく、
――ずむっ!
気合いを入れた踏み込みで、どっすりと膝に乗ってくる。
重い。とにかく重い。しかも、乗ってきたその体勢のまま、
ぺちゃん、と全体重を預けてきて、微動だにしない。
前足も後ろ足も、膝からぶらーんと垂れ下がってるけど……その体勢、本当に楽なの……?
「ナァン……」
撫でてほしそうな声が聞こえたら、そっと背中に手を添える。
やわらかくて、ほんのりあたたかい。
喉の奥から「ズー……ゴロゴロゴロ」と、ちょっと変わった音が響いてきて、
ふりふり揺れる短いカギ尻尾が、小さく笑っているみたい。
このときだけは、彼女の中の小さな緊張が、
ほどけていく音が聞こえる気がする。
サバ太は、神経質で、ドジで、すぐ隠れて、
それでいて、誰よりも繊細に愛情を伝えてくる。
だからこそ、ときどきこうして、
こっそり膝にやってくるその瞬間が、何よりも愛おしい。
彼女の“かくれんぼ”のあとは、
ちょっぴり照れくさい“ただいま”の気持ちが、
ぎゅっと詰まっているから。