1二ャ:私と猫と、猫と猫
ペット可のマンションのゆったりとしたリビングに、朝の柔らかな光がゆっくり差し込んできた。
窓から入る光が、壁やテーブルの上にふんわりと温かな影を落としているのを見ていると、今日も穏やかな一日が始まるんだなと、自然に思えてくる。
私はテーブルの上に置いたトーストをそっとかじりながら、ふと目をやった先で三匹の猫たちがそれぞれの場所で過ごしているのを眺めていた。
ツンはいつものように窓辺に座り、背筋を伸ばして外の景色をじっと観察している。
長い茶色の毛並みが朝日を浴びてつややかに輝き、彼女の冷静な目はまるで何かをじっくり見極めているみたいだ。
みーたんはテーブルの下でごろごろと甘え、私の足元にすり寄ってくる。
少しだけぽっちゃりした体はすべすべ手触りの三毛猫ちゃん。きれいなピンクの鼻が可愛くて、つい顔を近づけたくなる。
サバ太はソファの隅でちょっと緊張した顔つきで丸まっている、サバトラ模様のおでぶちゃん!私がそっと手を伸ばすと、少しだけ目を細めて甘えてくれた。
「ツン、今日もツンツンしてるね」って声をかけると、彼女は目を細めて伸びをした。
まるで「別に、あんたのことなんて見てないわよ」って言っているみたいで、思わず笑ってしまう。
「みーたんは今日も元気いっぱいだね~」って言うと、
「にゃあ〜!」って鳴きながら体をこすりつけてくる。相変わらずの甘えん坊さんだ。
「サ~バ太」私がそう呼ぶと、彼女は顔をちょこんと上げ、小さく「ナァッ」と鳴いてまた丸まった。
「朝ごはん、用意してるからね」って言いながら、それぞれの好物を思い浮かべる。
マグロの缶詰に煮干し、青魚……ああ、みんな喜んでくれるかな。
こうして猫たちと過ごす、何でもない朝の時間が、私にとっての大切な宝物なんだ。
さて、今日も頑張らなくっちゃ。
ふと時計に目をやると、八時を少し過ぎたところだった。
「……やばっ!!!」
私の声に反応して、三匹は一斉に部屋の隅へ逃げ出す。
「ごめんね!」と言いながら、慌てて仕事の支度を始めた。
今日も一日が始まる。
* * *
仕事を終えて家に帰るまでの数時間、私がいない間にこの部屋で三匹がどう過ごしているのかを想像するだけで、自然と顔がゆるむ。
ツンはきっと、窓辺で外の世界をじっと眺めている。
流れる雲を目で追っているのか、それとも、向かいの木に止まる鳥をじっと狙っているのか。
賢くて気まぐれな彼女は、誰かが近づいても、そう簡単には心を許さない。
でも――それがツンの魅力。クールな美人さんなのだ。
みーたんは、どこかでごろごろ甘えているに違いない。
ツンやサバ太にじゃれついて、「今はそんな気分じゃない」って怒られてるんじゃないかな。
人懐っこくて、誰にでもすり寄っていく彼女は、私がいなくてもマイペースに部屋中をふらふらしているのが目に浮かぶ。
ちょっとぽっちゃりしてきたのも、まあ……愛嬌のうち。
そしてサバ太は、お気に入りの隅っこで、そっと気配を消してるはず。
名前こそ“太”だけど、れっきとした可愛い女の子。
周囲を気にしてソファの影にこもってるくせに、気づかずツンの近くに行ってしまって「シャーッ!」って怒られる。
あわてて逃げていく後ろ姿まで、なんだか愛おしい。
こんな三匹が、私の留守中にどんな小さなドラマを繰り広げているのか。
想像するだけで、胸の奥がじんわりあたたかくなる。
「今日も、みんな無事に過ごしてくれてるといいな」
心の中でそうつぶやいて、私はマンションのドアを開ける。
玄関のドアをそっと開けた瞬間、ふわりと広がる、あたたかな空気と鼻をくすぐる猫の匂い。
「ああ……帰ってきた」
靴を脱ぐ間もなく、足元にふにゃっとした感触。
見なくてもわかる。みーたんが真っ先に来て、スリスリしてくれてる。
おかえりの印に、私のズボンには驚くほどの白い毛がついていた。
「ただいま、みーたん。いい子にしてた?」
返事の代わりに、ごろごろという喉の音が鳴る。
私の声を待ってたみたいに、すり寄ってきて、くるんと一回転。
そんなに喜んでくれるなんて……疲れもいっぺんにほどけていく。
ふとリビングの奥を見ると、朝と同じ窓辺に座るツンの姿。ずっとそこにいたの!?
「……おかえり、って言わないの?」
そう声をかけてみても、知らん顔。
だけど、長くてふわふわの尻尾がふっと揺れるの、私は知ってるんだから。
買い物袋を台所に置いてから、もう一度そっと彼女の方を見る。
そしたら、さっきよりちょっとだけ近くにいた。
(ツンなりの、歓迎の仕方なんだよね)
心の中でそう思って、そっと笑った。
しばらくして――
ふわりとカーテンが揺れ、その陰から小さな影がぬるりと現れる。
「サバ太?」
一瞬こちらを見て、目が合ったかと思うと、すぐに視線を逸らしてしまった。
でも、そのままゆっくりと、まるで“通りすがり”を装うみたいに、私の足元へとやってくる。
ずずっ、と足に背中を擦り付け、そのまま何事もなかったようにソファの下へ。
(……ふふ、やっぱり照れ屋さん)
さりげない甘え方も、素直じゃないところも、ぜんぶ含めてかわいい。
三匹三様のお出迎え。
鳴き声もなく、静かなのに、こんなにも賑やかであたたかい。
今日も、ちゃんとここに帰ってこられてよかった――
そう思える時間が、私の一番のごほうび。
「さてと……じゃあ晩ごはんの支度でも――」
そう言って買い物袋を広げた途端、もう動きがあった。
真っ先にやってきたのは、もちろんみーたん。
「みゃあん、みゃあん」と高い声を出しながらクンクンと袋に鼻を突っ込み、次の瞬間――
「こら! まだ開けてもいないでしょ」
顔を押しのけても、まったく動じない。
お肉の匂いが気になるのか、カサカサ音が気になるのか、もう夢中。
そしてふとした拍子に、レタスの袋がぽとり。
「ちょっ……それ食べ物じゃないし!」
でも本人(本猫)は気にせず、今度は紙袋の中へスルリと入りこむ。
「わぁ、待って待って!」
いつの間にか“遊びモード”に切り替わってるのも、あるあるすぎて笑ってしまう。
* * *
おもちゃを投げてみーたんの気を反らすことに成功した私は、買い物袋をガードしつつ、野菜を冷蔵庫に入れていると――
気づけば背中に気配。
振り返ると、そこには、ツン。
「……あれ、いつの間に?」
さっきまで気取って高い場所にいたくせに、いつのまにか足元へ。
でも、じっと見てるだけで近寄ってこない。
「何かご用でしょうか、お嬢さま」
そう話しかけると、プイッと顔を背けた。
でもそのまま、冷蔵庫の前で居座るように"おすわり"の体勢で「ニャアッ」と短く鳴く。
(わかってるよ、ごはんの時間だよね)
この「当然でしょう?」と言いたげな態度も、ツンの魅力の一つ。
* * *
そして、ソファの下からひょこり顔をのぞかせるサバ太。
少し様子をうかがってから、そーっと出てきて――
「……うわっ!」
気づけば私の背後にぴたり。
誰も見てないと思ったのか、こっそり背中に頭をすり寄せてきた。
「サバ太、甘えたいなら堂々と来ればいいのに~」
私の驚いた声に驚いたのか、背中をぐーんと丸めながらトコトコ離れていく。
でもしばらくすると、また後ろに戻ってきて――
今度は小さく「ナァッ……」って、つぶやくみたいに鳴いた。
(……反則級にかわいい)
* * *
三匹それぞれの、ちょっとズレてるようで、完璧なコンビネーション。
何でもない一日の終わりが、こんなに笑えて、あったかいなんて。
きっと明日も頑張れる。……たぶん。