恋人
あの衝撃の日から、早数ヶ月が経った。
人間とは恐ろしいもので、どんな状況にも慣れていく。要するに俺ひとりが我慢すれば、何の問題も無いのである。
実は、俺には以前から付き合っている恋人がいる。名前は理沙という。
理沙のそんな姿は見たくない。俺は仕事のせいにして、今まで理沙と会うのを必死に避けてきた。
ラインや電話でごまかしながら、ご機嫌を取りながら、なんとか理沙を安心させてきた。
――しかし、やがてそれにも限界がきた。
いつものように仕事を終え、バスに揺られ、バス停で降りると、なんとそこに理沙が居た。
「来ちゃった」
全然気が付かなかった。ボーっとしていたため、全くの不意打ちだった。
見るな!と思いながらも、目線は理沙の頭頂部に向いてしまう。
――嗚呼、ほかの人間と変わらない。脳が透けて見える。しかも、覆っている半透明の膜も相当汚い。
俺はすぐに視線を逸らした。
かすかにえずきながら、部屋に招かないための言い訳を必死に考えた。
バス停から俺のアパートまでは徒歩ですぐだ。その間に飲食店などはない。
そのままアパートに向かうしかないのである。俺は、なんとかアパートに直行しない言い訳を考えていた。
「そうだ!自販機で飲み物でも買って、たまには、夜風にでもあたりながら話さない?」
理沙は言った。
「え〜?寒いし無理。早く部屋でゆっくりしたい。飲み物は自販機で買って行こうよ。」
他にいい案がなかった俺は、しぶしぶアパートへ向かうしかなかった。
俺は理沙のことが好きだ。本気で好きだからこそ避けてきた。理沙のそんな姿を見たくなかったから。
一生、この姿の理沙と向き合わなければいけないのか。こんなことさえなければ、ゆくゆくは理沙と結婚しようと思っていた。そして、出来ることなら2人の子どもも……。
いや、そしたら子どもはどうなる。産まれる子どもまでこうなのか。
俺は理沙や子どもに対して、普通の態度で接することなんて出来ないだろう。
ああ、このままでは、周りを不幸にするだけだ。
――もはや誰も愛せまい。
「ずっと会えなくて寂しかった」
そう言いながら、シャワーを浴びた俺に近づいてくる理沙。
涙で滲んだ目を見開き、俺は理沙との別れを決意した。