みにくい鳥
第三部 みにくい鳥
英飛が谷を飛び越えたすぐ後、愛蘭が向こうの大木を蹴ってこちら側へ飛び込んできた。その後すぐに香美もこちら側へ飛んできたが、あとほんの少し距離が届かず崖下へ転落していくのが見えた。静も向こうから飛びたったが、つかんでいたそのつるもろとも崖下《崖下》へ落ちて行った。英飛はそれを見て衝撃を受けた。
長い丈の草がざわざわと動いて愛蘭が顔を出した。愛蘭は英飛を見つけるとにっこり笑った。英飛は見つからないよう、そっと向こう側の崖にいる、あの夜の闇のような夜暗団を見た。やつらに見つかってはまずい。
「愛蘭、もっと下に隠れろ」
夜暗団は崖の下をのぞき込み、何やら騒いでいる様子だったが、捜索をあきらめたのか全員落ちたと思ったのか、いずれにしろ引き上げていった。
「もう大丈夫だ、やつらはいなくなった」
英飛はそう言いながらも、随分と落ち込んだ様子で
「愛蘭、俺、とんでもないことした。こんな深い谷で「飛べ」って言ったから、香美も静も落ちてしまって。俺の判断ミスだ。俺のせいで……俺が落ちればよかったのに」
と話した。愛蘭も、香美と静が崖から落ちたと聞いて非常にショックを受けたのだが、自分自身を責め続ける英飛に、勇気を振り絞って声を出した。
「だ、だだだ、だだ大丈夫」
その声は小さすぎて、ヒューヒューという息の音でしかなかったのだが、英飛にはそう聞こえた。そして何の根拠もなかったが、香美と静は死んでないと思えるのだった。そして英飛と愛蘭は、一緒にその深い谷をのぞき込んだのだが、大地を裂くその谷は、深すぎて下まで見えなかった。
「崖の下へ行こう。いったん森に入って降りていこう」
英飛がそう言うと、愛蘭はこくんとうなづいた。そして二人は森の中深く入っていった。
愛蘭は学校で一言も話さなかったので、英飛はどう接していいかわからなかった。そうしているうち
、愛蘭が山道に四苦八苦していたので、英飛はすぐに愛蘭のところへ行き、手を貸した。
「休めるようなところがあったら、少し休もう」
少し進むと、うっそうとした木立の中に、少し日差しが入る場所があった。
「ちょっと休もうぜ」
英飛は岩に座った。愛蘭がリュックの中を探してタオスウを差し出した。
「え、これくれんの?」
愛蘭はこくんとうなずいた。愛蘭は可愛い。めちゃくちゃ可愛い。アイドル並みのルックスだ。英飛はタオスウをほおばりながら、知らずと頬をぽっと赤く染まらせていた。
二人は少し元気になって歩き出したが、位置も方角も完全に見失ってしまった。それでもそのまま歩いていくと、しばらくして一気に視界が開け、色とりどりの花々と、湖底まで見通せる青く澄んだ湖に出た。二人は、その湖の水を手で汲んで一口飲んだ。冷たい水が体中を駆け巡り、しみ込んでいくようだった。
「あー生き返った」
とその時、英飛は小動物の臭いに気付いた。
「なんか変な臭いがする」
英飛が臭いをたぐっていくと、草むらの中に一羽の鳥が隠れていた。
「わっ!」
鳥はびくっとして逃げようと羽ばたいたが、飛ぶことができず草むらにひっかかり、逃げることができなかった。愛蘭はそれを見て、その鳥をギューッと抱きしめた。鳥はびっくりして暴れたが、しばらくすると大人しくなった。愛蘭は、鳥を元の場所にそっと戻した。鳥の翼は折れ曲がっているようだった。
「骨が折れているんじゃないか」
英飛が辺りを見回すと、小枝が何本か落ちていた。
「これで固定したらいいかなあ」
愛蘭に見せると、愛蘭はふんふんとうなずき、リュックの中から包帯を取り出した。英飛が鳥をおさえ、愛蘭が包帯を巻きつけた。そうして治療が終わると、今度こそ元の巣に戻した。
「これでいいぞ、また飛べるようになるからな」
そう言ってその場を去ろうとすると、鳥は名残惜しそうに二人を見つめ、クウーと鳴いた。なんだか後ろ髪を引かれるような思いで二人は草むらを歩き出した。ところが英飛がふと自分の足元を見ると、その鳥がついてきていた。
「わっ、何だお前、ついてきたのか?」
英飛が2、3歩、歩いてみると、その鳥もちょこちょこ歩き出した。英飛が止まると、その鳥も止まった。
「俺たちと一緒に行きたいのか?」
英飛と愛蘭は顔を見合わせた。愛蘭は嬉しそうにリュックからタオルを取り出して鳥の体を包み、抱き上げて歩こうとした。
「俺のリュックに入れてやるよ」
英飛は鳥の顔だけ出るようにして自分のリュックに入れた。
「うん、これでいいだろ。そうだ、お前に名前つけてやるよ。うーん、ガア子でいいかな。おい、お前ガア子でいいだろ?」
「クウー」
「よし、決まりだ」
あまりにも適当な名前に、愛蘭は思わず吹き出した。そうしてガア子を加え、英飛と愛蘭は再び歩き始めた。二人は木の実や山芋など食べられそうなものをかき集めながら歩き、野宿を繰り返した。その日も、ただひたすら森の中を進んだだけだったが、石畳でできた道を見つけたのは収穫だった。
「おい、ガア子、お前ブサイクだよな。頭の上がちょっとだけ赤くて、羽根が2、3本だけ金色って……」
するとガア子は言葉がわかるのか、くちばしで英飛をつついた。
「うわ、痛い、痛たたた、ガア子痛いって。わかった、わかった。愛蘭のリュックについてる青いリボン、ガア子につけてやるよ、かわいくなるぞ」
それを聞いて、愛蘭は笑いながら、ガア子の2、3本だけ生えた金色の羽に青いリボンを固く結びつけた。
「おお、かわいくなったな、かわいいよ、ガア子」
その日もまた一日中歩き回り、野宿できそうな、たき火のできる場所を探した。
「まきを拾ってこなきゃ」
その時、英飛は妙な気配に気づいた。英飛が振り返ると、いくつもの青い瞳がこちらを見ていた。
「おおかみだ、愛蘭、立て」
英飛は愛蘭の手を取り、薄暗い森の中、めくらめっぽうに走り出したが、急な斜面に行き当たった。おおかみの群れの真ん中から一頭、大きなおおかみが前に進み出た。英飛は怖くて足がすくみ後ずさりしたが、愛蘭は英飛とガア子をかばうように、おおかみとにらみあった。おおかみが更に一歩、足を前に踏み出した。
「愛蘭、この丸太に乗れ」
英飛は愛蘭の腕をつかみ、その丸太に愛蘭を乗せ、同時に自分も丸太に飛び乗った。バランスを失った丸太は斜面を滑り出し、加速を始めた。
「うおおおおおお」
丸太は斜面を滑り下り、ついに岩にぶち当たって衝撃で大破し、2人は空中へ投げ出された。