Dead End 地を裂く谷
第二部 Dead End 地を裂く谷
どれくらいの時間がたったのだろうか。香美が目を開けると、その視界に飛び込んできたのは、あの暗い洞窟ではなく、空と雲を映し出す鏡のような湖だった。香美は、わけもわからないまま辺りを見回し、自分のすぐそばに倒れていた愛蘭と静、英飛を見つけて駆け寄り、みんなの体を揺すった。
「痛てー、ケツが痛てー、あー痛たたたた」
英飛はそう言って起き上がりながら、周囲の異変に気付いた。
「何だ、ここ、ここはどこなんだ?」
愛蘭や静も顔を見合わせて、けげんな顔をしていた。
「洞窟からワープしたんじゃねえ?」
「まさか、あんた頭おかしいんじゃない?」
英飛にそう言いながら、香美自身も、ワープしたよりほかに説明がつけられなかった。
「あ、私ここ、写真で見たことある。高い山々と仏塔があって、鏡の湖があって……。最近見つかった、確か、蒼龍湖っていうの」
香美は、何かの雑誌に載っていた写真を思い出した。
「それ、どこ?西安の近辺?」
「いや、長江の上流域だったかな」
家へ帰れるかと期待して香美に質問した静は、あまりの遠さにびっくりして言葉も出なかった。
「一体どうやって、西安からそんな南に飛ぶんだよ」
英飛に言われて、香美は言葉に詰まった。
「他のやつらは?俺たち4人だけ?」
「その辺にいるんじゃない?探してみようよ」
香美たちは、他のメンバーがいないか辺りを探すことにして、湖のまわりを覆っていた森の中へ入って行った。
「蛇!」
「うえええええ」
香美が飛び上がった。
「うっそだって」
英飛の言葉に香美が切れた。
「何でこんな非常事態にくだらないこと言うのよ、マジむかつく」
そこへまた静が、弱々しく
「蛇」
と言ったので、香美はカンカンになって怒りまくった。怒りにまかせて後ろを振り返ると、木の梢に巻き付いていた蛇と目があった。
「ぎゃーああああああ」
森全体に響き渡るような声をあげて、香美は全力で駆け出した。慌てて残りの3人が香美を追った。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「蛇とか虫とかは、出てくる3分ほど前に教えてよ、まったく」
息をきらしながら香美が静に文句を並べた。4人は地面に手をついて座り込んだ。一息いれたところで英飛は気付いた。
「おい、人間のにおいがする。10人いや20人ほど、バラバラにだけどこっちへ来る」
「他のメンバー?」
と静が聞いた。
「違う。血の臭いがする。人の死臭っていうか嫌な臭いもする。普通の人間の臭いじゃなくて、死人の臭い……。嫌な予感がする。危ない、逃げたほうがいい」
緊迫した英飛の感じからすると、かなり危険が迫っていると思われた。
「どっちへ行く?道もないけど」
静が英飛に聞いた。
「これだ、これで逃げよう」
あたりの木にはロープのような太い木のつるが何本もからまっていた。英飛は木に登り、つるを引っ張って体重を支えられるか確かめた。そしてエイッとつるに身をまかせ、木の幹を蹴ると、見事、向こうの木に渡ることができた。
「そっちだ、そっちを探せ」
「侵入者、こっちにはいません」
遠くで人の声がした。
香美たちも、急いで英飛と同じように木に登り、つるを使って隣の木に飛び移り、木から木へと渡っていった。
「侵入者、発見しました」
「いたぞー、こっちだー」
英飛たちはこの時、自分たちが追われていることを知った。
「こっちだ、捕まえろ」
“ドスッ” 突然、英飛の目の前の幹に、矢が刺さった。
「おい、弓矢だぞ」
“シュウーン” “シュウーン” 矢は次々に4人を狙って飛んできた。
「急げ、愛蘭、追いつかれるぞ」
矢が飛び交う中、香美が突然止まった。
「香美、何してる……」
目の前の大地はそこで終わりだった。まるで地球がそこで切り裂かれたように、その下は崖で、下が見えないほど深い谷だった。向こう側の大地は、こちらよりも少し低く、10米ほどの距離があった。だが香美たちの後ろには黒い霧をまとった敵が、すぐそこまで迫っていた。
「いたぞー、あっちだ」
「矢で射殺せー」
香美たちにはもう考えている時間はなかった。
「行こう、飛ぶんだ」
言うが早いか、英飛は木の上を走り思いきり飛んだ。空中でつるから手を放し、向こう側の草原に着地した。それを見た愛蘭も少し助走をつけ、つるに体重を任せると一気に空へ飛び出した。敵が後ろの木から飛びかかってきて、同時に香美と静も大木の枝を蹴り、空へジャンプした。
――地底城――
“コツコツコツコツ……” 暗い巨大な大広間に足音が響き渡る。整列していた者たちに一斉に緊張が走った。そこにいるすべての者は、皆一様に全身黒い衣服を身に着け、薄く黒い霧をまとっていた。
「海燕、子供の捕獲と鉱物の採取、それとザイアス教の布教活動は進んでいるだろうな。」
玉座から声が響く。すると一人の男が帝王の前に進み出た。
「はっ、今年も各地から子供たちを数十名捕獲し、この城で戦闘教育を受けさせております。鉱物ですが、こちらの鉱山では金と銅を採取しております。ほかに少量ではありますが、玉を採取しております。そして南方の広州付近では、ザイアス教の信者が増え続けており、内陸部にも広がりを見せております。」
「うむ、ごくろう。天界にばれぬよう、控えめに事を進めるよう」
「はっ」
「わしは長きにわたり念願であった、この地底界と地上を自由に行き来できる扉を開くことができた。それによってこの地底界、地上、過去、未来、様々な異世界をつなぐゲートを開いたのだ。素晴らしいとは思わぬか?」
「まことに」
「ところがだ、その扉を封鎖しようとしたやからがいたのだ」
「なんと、なんと愚かな者。そやつらはどこにいるのですか?」
「今より1600年ほど先の未来だ。わしは数百もの呪いの手を送り、あやつらを捕らえてこの617年の世界へ連れてこようとした。しかしまたふとどきな邪魔が入り、そのせいで移動の途中であやつらを落としてしまった。乙隊と丙隊、庚隊には、この隋王朝時代のあらゆる年に、侵入者がいなかったかくまなく探させてはいるのだが……」
「乙隊より報告です。西暦600年、長江中流域に侵入者が4名現れ、捕獲のため乙隊が追走したところ、2名は崖から転落して死亡したもようですが、2名は取り逃したため、現在なお探索中とのこと……」
「逃がしただと?逃がしたでは許されぬ。海燕、丁隊と戌隊を更に追加しろ。600年に送り込み、生存者2名を探し出し、この城へ連れてこい。後の隊は、残り6名を全力で探し出せ」
「はっ、仰せのとおりに」
「ことを成し遂げた者には、我が力を一部、分け与えよう。しかし、失敗すれば」
ザイアスは、報告者の近くにいた一人の隊員めがけて、剣で空を斬った。剣は直接その隊員に触れてはいなかったが、隊員は血を吹き出してその場に倒れた。
「我は、他のゲートに行かねばならぬゆえ、後はお前たちに任せる。我の探している7つの石と、4つの武器を探し出すことも忘れるな。必ず見つけ出し、奪え!わかったな」
それだけ言うと、ザイアスはそのまま消えた。