泣く子と妹には勝てませんー何でも欲しがる義妹に今日も悪役令嬢はそっとため息をつくー
「フェリアメーラ・バルヴェニ‼」
お茶会の談笑を無粋な声が断ち切りました。
「今この場をもって貴様との婚約を破棄する!!!」
この突然の不作法に私も王妃様も開いた口が塞がらず目を点にして呆気に取られておられます。
当然、これは淑女にあるまじき態度。
ですが、王妃様も同様の表情をされておいでですし、お許しいただけるでしょう。
なにせ王宮の庭園で王妃様が催している茶会の最中に何の先触れもなく乱入してきたのが私の婚約者にしてこの国の王太子グレーン・ダルウィニー殿下だったのですから。
他にいた数人の令嬢達も同様にマヌケ……コホン、呆気に取られた表情をしておいでです。
「何事ですかグレーン!」
やっとのことで王妃様が再起動。
グレーン様を一喝なさいました。
あっ、王妃様のコメカミに青筋が……
かなりご立腹のようですね。
まあ、当たり前ですけれど。
「母上、ちょうど良いところにいらっしゃいました」
「何がちょうど良いですか!」
ああ、王妃様の目元と口角が怒りでピクピク痙攣しております。
いけません王妃様‼
せっかくの美しいご尊顔に皺ができてしまいます。
「今は私が主催している茶会の最中です。内々の集まりとは言っても他家のお嬢様方がこれだけいらしているのですよ!」
「おお、それは僥倖。ますます都合が良い」
いや、都合が良いって……
グレーン様がいつもの頭のおか……コホン、えーとキチガ……んっんっ、他の人には思いつかない独創的な発言で王妃様の頭痛の種を量産しておいでです。
ご自分の頭の中にお花畑を作るだけでは飽き足りないのでしょうか?
「なっ、なっ、なっ……」
王妃様の開いた口が文字通り塞がらない状態です。
実の息子の異常行動に頭がフリーズしたようです。
ですが、グレーン様の暴走はフリーズする様子もなく、立場的にこのアホをお止めできるのは王妃様だけ――
「母上も、そして皆も聞いて欲しい!」
――ですので、誰も妨げる者がおらずグレーン様の奇行は暴れ馬の如く爆走状態です。
「そこの女は虫も殺さぬ顔をしているが、3回も婚約破棄されるようなとんでもない悪女なのだ‼」
ビシッと私を指差すグレーン様ですが……人を無闇に指差してはならないと習わなかったのでしょうか?
「どうだ言い返せまい。図星なのだからな」
いえ、言い返せないのは図星だからではなく、立場の上の者の言葉を遮って発言できないからです。
「お前は思いやりに欠け、自分の爵位を鼻に掛ける根性のひん曲がった最低最悪の女だ!」
私が口を開けないのを良いことにずいぶん好き勝手言ってくれやがりますね馬鹿王子!
「他人を見下し、すぐに私を馬鹿にして……思いやりのかけらもない……」
その後も陰湿だの冷徹だのケチだのクズだのありもしない空想話を交えて散々に罵倒してくれやがりました。
あ、いえ、殿下を馬鹿にしてのあたりはちょっと否定できませんね。
「どうだ……ゼェゼェ……全てを認め……ハァハァ……る気になったか?」
大した肺活量です。
息継ぎなしで一気にまくし立てられました。
「認めるもなにもまったく身に覚えのない事ですので」
「なんと白々しい」
お前はいつもそうだ――と、またまたグレーン殿下の言いがかりが始まり口を閉じざるをえなくなりました。
「教科書や制服を破いたり、階段から突き落としたりとテネシーへの数々のイジメも酷かったが……」
テネシーというのはロリンズ男爵の御息女でして、つい最近まで殿下の元浮気相手をされていた方です。
彼女も殿下とはまた違ったベクトルでぶっ飛んだ令嬢でしたね。
容姿に関しては、まぁピンク色の髪の可愛らしい方でしたが、ご自分を『ヒロインだぁ』とか私を『悪役令嬢がぁ』とかイカれた……ゴホン、失礼……頭の中までピンク色で意味の分からない言動ばかりだったのです。
仕舞いには私が彼女を虐めているのだと被害妄想があまりに激しく。
ちょっと心配になって精神科医をご紹介したら逆ギレしていました。
どうにもテネシーさんは頭の中でお花畑を作るのがお得意なようです。
同じ園芸の趣味をお持ちの殿下とはとても仲がよろしいご様子でした。
残念ながら私には頭の中で園芸をする趣味はございません。
殿下もテネシーさんも生まれを間違えなければ後世に名を残す庭師になれたでしょうに。なんとも惜しいことでございます。
「その件は全て事実無根であると証明されたではありませんか」
「……そうだったか?」
ついこの間の出来事だったでしょうに、3歩歩けば全て忘れる生き物ですか⁉︎
テネシーさんはグレーン殿下を篭絡しようとしてアレコレ画策していたのですが、逆に偽証の証拠を押さえられてあえなく王都を追放されて修道院へ送られてしまいました。
今ごろは戒律を重じ清貧を旨とする北方境界の修道院で慎ましく暮していることでしょう。
え?
修道院など脱走してこないかですって?
ムリムリ。
あの修道院は入ったが最後、強制的にG.P.S.(guilty painful stephanos)と呼ばれるサークレットを装着させられるのです。
このG.P.S.はすんごいんですよぉ。
もし修道院を脱走しようとすると頭を締めつけ装着者に凄まじい激痛をもたらすのです。
それだけではありません。
反抗的な態度を取っても頭を締めつけ、口答えしても締めつけ、仕事をサボれば強力に締めつけ、なんなら痛めつけたい時にも締めつけてくれる装着者を徹底的に矯正してくれる優れもの。
さらに痛みに耐えて脱走できたとしても、装着者の位置を知らせてくれるの便利機能付き‼︎
一度これをはめられたらもはや逃げ延びることなど不可能!!!
なんとこれだけの機能が付いていながらそのお値段は店頭小売価格がたったの1500イェン‼︎
定食2回分の価格破壊‼︎
これが開発されて以降は修道院からの脱走者はゼロ。
まあそういうことですから彼女は今ごろ厳しく躾けられているのは間違いありません。
「……それで今ごろ彼女は修道院の中ではありませんか」
「そう言えば最近テネシーを見かけんな」
首を傾げた殿下はとブツブツ呟いております。
ホントに鶏なみの記憶力ですね。
「ま、まあ、テネシーの件はついでで本題ではないからどうでもよい」
どうでもいいって、あんた先週まで彼女と付き合ってたでしょうが‼︎
ご自分の恋人をどうでもいいって……しかし、テネシーさんの事でないのなら今回はいったい何なのでしょう?
「聞いたぞ。貴様はメアリを虐めているそうじゃないか――」
その疑問も殿下の口から我が義妹の名前が飛び出し全てを理解しました。
「――その証拠に貴様はいつも新しいドレスを着ているのにメアリは新しいドレスを買って貰えずお前のお古ばかり与えられていると聞いたぞ‼︎」
ああ、また義妹の悪い性癖がでました。
今度は私の頭痛の種が……
あの娘は私の持っている物をなんでも欲しがるのです。
そう言えばテネシーさんを追放へ追い込んだ決定打のほとんどはメアリの手によるものでしたね。
あの時からグレーン殿下に照準を合わせていたのでしょう。
グレーン殿下もメアリエーラを愛称のメアリで呼んでいますし、既に篭絡済みみたいですね。
「他にも宝石などの装飾品や書籍なども全てお下がりで新しい物を何一つ与えられないそうだな――くっ、なんと憐れな」
グレーン殿下が涙を浮かべ目頭を押さえておりますが、身の回りの品を全て奪われる私の身にもなって欲しいものです。
「果ては下着類から筆記用具、教科書、ノートなどにまで及ぶとか」
そうなのです。
メアリはホントに何でもかんでも私のものを欲しがるのです。
ですから、新しい服飾や下着類を買ってもらえねば私は裸身になってしまいます。
我が家にやって来た時はあんなに可愛かったメアリが……
どうして、こんな問題児になってしまったのでしょう?
小さな頃に甘やかし過ぎたのがいけなかったのでしょうか?
いえ、メアリもやはりお義母様の子だということでしょう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
私が8歳の頃、母ミニーアン・バルヴェニは馬車の事故により帰らぬ人となりました。
それからの私は母を喪った悲しみに日がな一日ボーッとする毎日。
母の葬儀が終わってから1年後、そんな私を見かねた父はコニー様との再婚を決意されました。
ちょうど連れ合いを亡くし独り身となっていたコニー様に否応もなく、バルヴェニ家へ嫁いで参りました。
「私はコニーよ。これからあなたの母となるの。よろしくね」
私を見て優しく微笑む可愛らしい女性――コニー様が私のお義母様となりました。
「ほら、恥ずかしがってないで挨拶なさい」
見ればお義母様のスカートの後ろに隠れて、亜麻色の髪のとても愛らしい女の子が私を恐る恐る窺っていました。
「娘のメアリエーラよ。あなたの義妹になるの。仲良くしてあげてね」
お義母様に背中を押されて前に出てきた女の子。
それが私の1つ歳下のメアリエーラ――メアリです。
「あ、あの……お義姉様とお呼びしても?」
「ええ、かまわないわ」
銀髪、碧眼の冷たい印象の私とは違い、亜麻色の髪とくりっとした翠の瞳を持つとても愛らしい娘――メアリが上目づかいでおずおずと私の前に出てきた時の事は今でも忘れません。
新しい家族が、特に可愛い妹ができて私も嬉しくなり、こうして私のふさぎ込んでいた気持ちも晴れたのです。
だから、最初の頃はお義母様ともメアリとも上手くやっていたと思います。
ですが……
「お義母様、そのネックレスをお返しください‼︎」
大切に保管していた亡き母の形見であるエメラルドのネックレスをお義母様に取り上げられてしまったのです。
「これは公爵夫人であったミニーアン様のもの。ですから、フェリアが成人するまで現公爵夫人である私が預かります」
「そ、そんな……あんまりです」
まだ幼い子供の私には抵抗する術もなく、それからもお義母様にお母様の遺品を奪われ続けました。
しかも、可愛がっていたはずのメアリの方も……
お義母様たちがやってきてから3年が過ぎ、私も12歳となりました。
この歳になると、まだ夜会には早いですが他家よりお茶会に誘われることも増えてきました。
その日も友人からお茶会へ招かれ出かけようとしたのですが――
「ねぇ、カリラ。外行き用に薄い青色のドレスがあったはずだけど?」
――着ていこうと思っていたドレスが見当たらず、専属侍女のカリラに尋ねました。
「あれはメアリエーラ様へ差し上げたのではなかったのですか?」
「はぁ?」
「先日、メアリエーラ様が身につけ外出されていたのを見かけましたが……」
「何ですかそれは⁉︎」
この日は別のドレスで事なきをえましたが、これ以降も義妹は私の服を欲しがって次々と衣類が無くなっていきました。
「そのペンダントについているサファイア……お義姉様の青い瞳のようでステキ‼︎」
その義妹のクレクレはしだいにエスカレートしていきました。
「私にください‼︎」
そしてついに範囲が服飾品にまで及んだのです。
「お父様! お義母様とメアリをなんとかしてください!!!」
堪えかねてお父様に訴えてみましたが――
「フェリアには新しい服や宝石を買ってやるから我慢してくれ」
――取り合ってもらえませんでした。
「いったいどうしたら……はぁ」
どうする事もできない無力感に私はため息をつくのが癖になってしまったのでした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
こうして、バルヴェニ公爵家はお義母様とメアリに乗っ取られました。
その後も私の身の回りの品はお義母様とメアリに奪われ続け、その度にお父様から新しいものを買ってもらう構図が出来上がったのです。
一面を見ればグレーン殿下のおっしゃった内容は間違ってはいません。
しかし、被害者と加害者は真逆なのです。
「おい、聞いているのかフェリア‼︎」
「……」
婚約破棄しようと言ってきた男性に愛称を呼ばれてイラッとした私はあやうく表情に不満を見せてしまうところでした。
「貴様はいつもそうだ。ちょっとデキが良いからと……私を馬鹿にしているんだろ‼︎」
「けっしてそんな事は……」
ありまくりですが。
「今、絶対バカだと思っただろ! 思ったよな? ぜったい思ったよな?」
「いえ、まさか」
ちっ、こんな時ばかり勘のいい人です。
「だいたい、私は最初からこの婚約は嫌だったんだ。貴様はちょっと顔が良いからってお高くとまりやがって……」
できれば私だって殿下みたいな暗愚は嫌でしたよ。
「澄ました顔で平気で人を傷つける……」
人前で誹謗中傷をぶちまける殿下には言われたくありません。
「お前の性格が悪いのは今まで婚約を3回も破棄された事が証明している」
その婚約破棄は私に咎はありません‼︎
そう叫びたい。
くっ!
しかし、ここは我慢です。
頭の中がピンク色のフラワー殿下……じゃないグレーン殿下に不満は尽きませんが、私の婚活もあやうい状況にあるのです。
バルヴェニ家の現状を打破すべく私の出した結論は、私が他家へ嫁いで家を出ればいいというものでした。
幸いお義母様が懐妊し、一昨年やっと私の念願であった後継が誕生したので後顧の憂いは晴れています。
なんとか家から早く出ようと結婚に賭けたのですが、メアリのクレクレの魔の手は私の婚約者にまで及んだのです。
そうなのです……殿下の言うように私はこれまで3回も婚約したのですが、その3回ともメアリに婚約者を奪われご破算になっているのです。
3度も婚約破棄されたその顛末は社交界ではもう噂になっており、私の婚約者探しは難航していたのです。
グレーン殿下との婚約は国王陛下がくださった最後のチャンス。
私の婚活は崖っぷちなのです。
「貴様は婚約者を蔑ろにし、そのくせ嫉妬深く強欲な女だ」
ですが、グレーン殿下の暴走は止まらず一方的に悪く言われて私はイライラMAXです。
「だから私はフェリアメーラ・バルヴェニとの婚約を破棄する。そして、新たにメアリエーラ・バルヴェニを我が婚約者とするのだ!!!」
そして、再びビシッと私を指差すグレーン様……だから、無闇に人を指差さない。
「殿下のお気持ちは理解いたしました」
やっと私のターンです。
「おお、分かってくれたか」
何をそんなに喜んでいるんですか。
私が素直に従うとでも思っているとはどこまでもおめでたい方です。
「まあ、私への誹謗中傷に関しては色々と思うところがありますが、とにかく殿下が私と結婚したくないのだとは伝わりました」
「ならば、この婚約は……」
バッと手のひらを殿下に向けて不敬を承知で殿下のたわごとを遮りました。
もうこれ以上この方に口を開かせると話が進みません。
「ですが、私どもの婚約はダルウィニー王家とバルヴェニ公爵家が取り交わした契約なれば殿下や私の一存でどうにかできるものではございません」
「そ、それは……」
殿下の目が盛大に泳ぎ始めました。
「きちんと国王陛下に話は通しておいでなのでしょうか?」
しているわけありませんよねー。
このバカ殿下がそんな根回しを思いつくはずもありませんよねー。
ところが……
「それなら問題ないですわ」
「メアリ⁉︎」
私と殿下の会話に割り込んできたのは件のメアリエーラでした。
明るい亜麻色の髪、キラキラした翠の瞳、満面の笑顔で登場してきた我が義妹――くっ、あいかわず悔しいくらい可愛いですね。
「陛下もこの婚約破棄を受諾なさいましたわ」
「まことか⁉︎」「そんな⁉︎」
グレーン殿下は喜色をあらわにし、私は一気に青ざめました。
「そうですわよね陛下?」
「うむ……」
いつの間にか国王陛下までご来訪されており、メアリの問いかけに苦虫を噛み潰したような顔でしぶしぶ頷かれました。
「もう諦めたらいかがですかお義姉様?」
「そ、そんなぁ」
私は絶望感に打ちひしがれ、ガクリと地に膝をつきました。
「うわぁはっはっはっ‼︎」
グレーン殿下がバカだけにバカ笑いしやがっております。
「思い知ったか! 悪は滅びるが定め」
いや、これ全部メアリの手回しであって、あんたはなんもしとらんでしょうが。
「これで私たちの仲を阻む者は何もない」
喜色を浮かべてメアリに向かって膝をつく殿下……何がそんなに嬉しいのやら。
グレーン殿下に待ち受けているのは地獄だというのに……
「さあメアリ、私の愛を受け入れてくれ」
右手を差し出す殿下でしたが……
「えーイヤですわ」
ですが、メアリはあっさり断り――
「どうして私が殿下みたいな浮気者と結ばれないといけないのです?」
――ばっさり切り捨てました……あ〜あ、やっぱり。
殿下……完全フリーズ状態ですね。
手を取ってくれると信じて疑わなかったのですね。
言わんこっちゃない。
「殿下は何もわかっておられないのです」
「なにっ⁉︎」
ホント呆れてため息が漏れてしまいます。
「私は今回で婚約破棄されたのは4回目なのですよ」
「それがどうした」
「その全てはメアリに婚約者を奪われた結果なのです」
「ふん、ざまぁないな」
イラッ!
このアカンタレがぁ‼︎
いけません……淑女にあるまじき雑言を口にするところでした。
「考えてみてください……どうして3回も婚約者が奪われたのか」
私はこめかみをピクピク痙攣させながら忍耐強くバカにも理解してもらえるよう説明を続けました。
「簡単なことだ。メアリはとても愛らしく、お前にまったく可愛げがないからだろ?」
こいつ殺したろか‼︎??
スゥハァ、スゥハァ……
オッケー、オッケー、大丈夫よ。
私は落ち着いているわ。
「もっとよく考えてください……1回目の婚約者がメアリに奪われたんですよ。2回目の婚約者が奪われた時、1回目の元婚約者はどうなったと思うのです?」
「あ……」
サッと青くなるグレーン殿下。
やっと思い至りましたか。
「3回目の婚約破棄の時に2回目の元婚約者は?」
「そ、それは……」
「そして、今こうしている時に3回目の元婚約者はどうしているのでしょう?」
「た、確かお前の婚約者たちは……」
はい、全員漏れなく廃嫡&平民コースまっしぐらです。
「言っておきますが、メアリはこれまで1度も婚約をした経験はございません」
「なんだと⁉︎」
「つまり、全員いまの殿下と同じ目にあっているのです」
「ど、ど、ど、どういう事だぁ!?」
叫びながらグレーン殿下が唾を飛ばして詰め寄ってくるのですが……汚いですね。
せっかく顔だけはいいのに。
「私を無情に捨てた婚約者みなさまは廃嫡されて義妹の手でギャフンされているのです」
「なんだってぇぇぇ‼︎??」
「ちなみにテネシーさんを修道院送りにしたのもメアリの策略です」
「なぜだ……なぜそんなマネを?」
笑撃じゃない……衝撃的な事実に真っ青のグレーン殿下。
泣きそうな顔で今度はメアリに詰め寄られております。
やれやれ、やっと離れてくれましたか。
「き、君は悪辣な義姉にいじめられていたんじゃないのか?」
「別にいじめなど受けておりませんわ」
「だ、だが君はドレスや装飾品を買ってもらえないと……」
「嘘は申しておりませんわ」
殿下の悲痛な顔にも悪びれた様子を微塵も見せずメアリはしれっとしてます。
「事実、いま着ているこのドレスもお義姉様のもの……」
「それではやはり貴様はメアリに自分のお古を……」
やっぱりそうではないかと今度は私に詰め寄ってこられましたが……忙しい人ですね。
あれを見ても同じことが言えるのでしょうか?
冷ややかな目を殿下に向けて私はメアリを指差しました。
あまり人様にお見せしたくないのですが……
「ああ、お義姉様の匂いが、クンカクンカ、スーハースーハー……まるでお義姉様に包まれているみたいですわ」
元私のドレスの匂いを嗅いで恍惚の表情を浮かべる義妹。
「この子は重度のシスコンなんです。私が大好き過ぎて新しい服はいらないからと私の服を全て持っていってしまうのです」
「そ、そんなバカな‼︎」
「この子は1回でも私が袖を通したものでないと嫌がるのです」
身内のこんな変態性癖を暴露したくなくて、ずっと隠してきたのに……
「1回なんてそんな‼︎……最低でも1週間は身につけていただきたいですわ!!!」
まさに真正の変態。
「そ、それでは装飾品や教科書の件は……」
「お義姉様コレクションですわ」
そう、私が使ったものはなんでも欲しがる習癖癖がメアリのクレクレの正体。危うく私の専属侍女のカリラまで持っていかれるところでした。
さすがのカリラもこんな変態妹は嫌だときっぱり突っぱねていましたが。
こんな困ったメアリの変態性癖ですが、これも血のなせるわざ。これは全てお義母様譲りなのです。
実は私のお母様は現国王の妹で、温和な性格と絶世の美貌で国内外に多くのファンを持つ王女様だったのです。
そして、今のお義母様は私のお母様ミニーアンの熱狂的大ファン。
お母様のものは何でも収集しているのです。
だから、お母様の遺品を全て取り上げたのです。
幼い私がそれらを破損させないようにするため。
敷地内の一画には特注の別棟が建造され、それはそれは大切に保管されております。
本邸よりも厳重な鉄壁の守りを誇るその建物の名は『ミニーアン様宝物庫』。
まあ、鉄壁と言っても家族なら誰でも入場可能です。
別に料金も取られたりしません。
だから私もフツーに入れますよ。
でも入りませんけどね。
え?
母親の形見を見に行かないのかって?
冗談を言わないでください恐ろしい。
入場したら見るだけではすみません。
なんせ私はお母様に生き写しなのです。
そのせいで、お義母様の今のトレンドは私に若かりし頃のお母様の格好をさせることなのです。
捕まったら最後、私は延々と着せ替え人形に……昨日もお義母様は遺品を着せた私を見ながら恍惚の表情を浮かべておりました。
なお、私に拒否権はありません。
「……と言うわけで、私は家で義妹から身ぐるみを剥がされているのです」
マジで盗賊ではなく義妹から裸にひん剥かれております。
「ちなみに最近ではお義母様まで追い剥ぎになっておりまして、私のクローゼットは寝間着といま着ているこの1着だけです」
なんでしょう?
家の中の方が危険な気がしてきました。
「公爵令嬢のドレスが1着って……」
「まあ、明日には新しいドレスが数十着届きますが」
お義母様とメアリが数日をかけて私を着せ替え人形にして選定したのです。
なお、私に決定権はありません。
「そんな話は聞いてないし、そんなバカげた事がわかるかぁ‼︎」
「だからご自分は悪くないと?」
呆れてものも言えません。
知らなかったから悪くないなど子供の言い訳でしかありません。
「あ、あたり前だ。分かっていればこんなマネは……」
「しませんでしたか?」
「当然だ」
開き直る殿下でしたが、分かっているのですか?
分かっていないのでしょうね。
「テネシーさんの時はメアリの件はまったく関係なかったはずですが?」
「そ、それとこれとは話が違うだろ⁉︎」
「同じですよ」
その前科があっての今回のハニトラ試験だと言うのに……
「だいたい、今回の件に限ってもメアリの色仕掛けに惑わされずに、きちんと調査していればいいだけのことです」
王族としての自覚に欠けていると言わざるをえません。
「そ、そんなこと教えてもらって……」
「グレーン、お前がここまでアホウであったとは……」
それでも言い繕おうとするグレーン殿下の態度に、はぁぁぁと深いため息を漏らして陛下が横から割り込んできました。
「王族なら誰でも学んだはずの内容だ」
まあ、通常の貴族も学ぶような初歩の初歩ですから、陛下が嘆かれるのも無理ないでしょう。
「我々王族は一般の貴族以上の傅育を施される。お前の教育にどれほどの人材が投入されたと思っている‼︎」
「ひっ!」
それほど大きな声ではありませんでしたが、大きな怒気を含む陛下の声にグレーン殿下は縮み上がってしまいました。
「それだけではない」
静かですが陛下の腹の底に湛えられた感情は今にも決壊しそうです。
あー分かりますよ陛下……できれば大声を張り上げたいですよねー。
愚鈍殿下もさすがに本能で陛下の怒りMAXは察知できているようです。
まあ、お頭は残念無念なお方ですから、怒られている理由は理解していなさそうですが……
「お前の国王としての資質に不足ありとの報告を傅育者たちから聞かされ、有能な妃となる者として選んだフェリアメーラを蔑ろにするとは……どこまで状況を理解していないのか」
「えっ……そ、それはいったい?」
つまり、グレーン殿下の即位には私がセットになっていたのです。
私を妃にするのを拒否した時点で、殿下は戴冠できないわけです。
「もはやお前に国政は任せられぬ」
国王陛下は深いため息を吐き出して嘆かれました。
まあ無理もありませんね。
私もバカだバカだとは思っていましたが、ここまで突き抜けたバカとは予想できませんでしたから。
「グレーンの廃太子を決定し、第2王子のモルトを王太子とする」
「そ、そんな⁉︎」
グレーン殿下は絶望で青くなっておりますが……ああ、やはりそうなりましたか。
「加えてグレーンから王族としての権利も剥奪し、南方国境を守護するキルケランの下へ送る」
「うげっ‼︎」
グレーン殿下がみっともない呻き声を漏らしましたが、まあ無理もありません。
キルケラン様は国王の弟、いわゆる王弟と呼ばれる方でグレーン殿下の叔父にあたります。
豪放ですがとても厳格な人柄で、奔放で軟弱な殿下を心よく思っておりません。加えて南方の国境は屈強な蛮族との小競り合いの絶えない地域。
グレーン殿下がしごかれてヒィヒィ悲鳴を上げる姿しか想像できません。
軟弱な殿下のことですから、下手をすると命も危ういかもしれませんね。
いやぁ、さすがにこれは可哀想になってきました。
「あのぉ、廃太子だけならともかく、王都まで追放されるのは少々重い罰ではありませんか?」
私が憐れに思って助け船を出すと、地に両膝をついて項垂れていたグレーン殿下が希望の目で私へ向けてきました。
そんな涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で捨てられた子犬みたいな目をしないでください‼︎
「まあ、お義姉様はご自分を貶めようとした方にさえ慈悲を向けられるのですか?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「さすがお義姉様なんてお優しいのでしょう‼︎」
さすおね、さすおねと、メアリが赤く染まった両頬を手で覆いながらうっとりとした瞳で見られてしまいましたが……
いや、さすがに殿下のされた内容に対して罰が重すぎるのではないかと。
誰だって自分のせいで人が死地に追いやられれば寝覚めが悪いものです。
「お義姉様の女神の如き寛容な御心、私とっても素晴らしいと思いますわ……ですが、残念ながらこれは仕方のないのことなのです」
ねぇ、陛下と意味深に視線を送られた陛下はばつが悪そうに顔を背けられました。
「これは……まあ、そのなんだ……そういう取り決めを事前にしておったのだ」
平然としているメアリに対して歯切れの悪い陛下。
ちょっと、ちょっと、ちょっと、もう悪い予感しかしないんですけど⁉︎
「私と陛下は1つ賭けをしたのですわ」
「「賭け?」」
なんだか不穏な単語が。
「グレーン殿下がハニートラップに引っ掛かるかどうかでお義姉様の婚約とグレーン殿下の去就を陛下と賭けたのですわ」
「どうしてそんな事を⁉︎」
何それ⁉︎
驚きの新事実⁉︎
「テネシー嬢の件もありグレーンの資質に家臣の間でも疑問が噴出して……な」
ああ、テネシーさんに誑かされて色々やらかした殿下の所業が重臣の皆さまに知られてしまったのですね。
「テネシーさんの暴挙はあまりに予想外だったようで、王家の対応は後手後手……ですが、お義姉様に無礼を働くテネシーさんを私が懲らしめたおかげで王家の傷も浅くすみました」
「グレーンの迂闊な振る舞いのせいで私はメアリエーラ嬢に1つの大きな借りを作ってしまった」
「そこで私はその借りを賭けの形で返してもらうことにしたのです」
「こちらとしても借りを返し、かつグレーンの後継問題を解決できるので渡りに船」
陛下にギロリと睨めつけられ、ビクビクと体を震わせる殿下。
「ここでメアリエーラ嬢の誘惑に打ち勝てれば臣下たちを黙らせられたものを……最後のチャンスまで自らの手でぶち壊すほどアホウだったとは」
「そ、そんなぁ」
もはや救い難しと国王陛下に突き放され、嘆く無能な王子。
自業自得ですし、婚約が4回もご破算になった私の方が泣きたいです。
「私のお義姉様に不義理を働いた罰ですわ」
我が妹ながら…メアリ…恐ろしい子……
仕方ありません。
こうなればプラン2です。
「陛下、陛下」
「なんだ?」
私は注目がグレーン殿下に集まっているうちにコソコソっと陛下に話しかけました。
「モルト殿下は婚約者がまだ未定だったと記憶しておりますが」
「うむ、その点は気がかりではあるが……」
1人で増殖できない以上、王太子の妃は重要な問題です。
単細胞生物なら必要なかったのでしょうが。
似たような生き物のグレーン殿下ならワンチャンいけるかも?
……いえ、そもそも能力的に問題があるから無理でしたね。
「モルトの妃候補にフェリアメーラが手を上げるか?」
陛下が少し期待のこもった目で私を見てきたのですが……
私に歳下趣味はありませんし、どうせメアリに邪魔をされる未来しか見えません。
それなら……
「いえ、義妹のメアリエーラはいかがかと」
私が出られないのなら、メアリを追い出せばいいのです。
「姉の私が言うのも身内びいきに聞こえるかもしれませんが、あの子は見ての通り容姿は愛らしく、ですが陰謀を巡らせ実行できる胆力と行動力を併せ持つ大変に有能な娘です」
陛下にメアリをお買い得ですよと売りつける算段にでました。私が嫁げないなら義妹を嫁がせれば良いのです。
我ながらナイスアイディアです。
義妹を生け贄にしようなどと……我ながらなんとも恐ろしい所業です。
まさに悪魔的発想!!!!!!
「メアリエーラか……」
ですが、陛下は顔をしかめてしまわれました。
「何ですか? 私の義妹に不満でもあるとでも言うのですか⁉︎ あれほど王妃にふさわしい娘はいませんよ!!!」
「なぜそんなに必死に推す⁉︎」
「国を思えばこそです。将来の王妃の選定と同義なればモルト殿下の妃選びは国家の帰趨を左右する一大事です。だからこそ可愛い可愛い義妹ですが、ここは血ヘドを吐くほどの身を切る思いで推薦しているのです」
陛下は嘘をつけとでも言いたそうな胡乱な目を私に向けてきましたが――失礼な!!!
可愛がっている大切な義妹の犠牲さえ厭わない私の愛国心を疑うなんて!
「事故物件を押し付けているようにしか思えんが」
「それはあんまりな言いよう」
なんて心無いお言葉‼︎
陛下、酷いです!!!
「可愛い姪をお信じにならないのですか伯父様」
えぇ、えぇ、そうなのです。
実は国王陛下と私は伯父と姪の関係なのです。
「だからだろうが‼︎」
可愛い姪に怒鳴らないでください。
「あれの母親が誰だと思っている」
メアリのですか?
そんなの聞くまでもないでしょうに。
「私のお義母様ですが何か?」
「とぼけるな。そんな事は聞いとらん‼︎」
「ちっ!」
「舌打ちしたな。いま舌打ちしたよな。国王に向かって舌打ちしたよな‼︎」
そんな程度でキレないでください。
まったく、キレやすい中年オヤジですね。
「お前の母は私の妹だぞ。メアリエーラの母コニーが何をしていたか知らんわけがなかろう‼︎」
先にも述べましたように、私の母ミニーアンは元王女であり国王陛下の妹でした。
ですから、王女時代のお母様を追っかけしていたお義母様について陛下がご存じであっても不思議はありません。
「と言うより、私はコニーの被害者だ」
いったいお義母様は何をされたのですか⁉︎
「お前の父とミニーアンの婚約を決めた前国王がコニーのせいでどれほど苦労させられたか……おかげで私の即位が10年早まったぞ」
「良かったではありませんか」
王位に早くつけてバンバンザイではないですか。
「良いわけあるか!!!」
まだロクに引き継ぎがされていない状態で国政を丸投げされた私の苦労がわかるか?
って逆ギレされても知りませんがな。
「メアリエーラはその若い頃のコニーにそっくりだ」
「やはり血は争えませんわね」
何を思い出したのでしょうか、伯父様がブルリと体を震わせました。
いったいお義母様は何をされたのでしょう?
「お前の父もミニーアンと結婚をする際にコニーにかなり弱みを握られたらしいしな」
それでお父様は私を助けてくれなかったのですね‼︎
「みなを油断させ欺ける愛らしい容姿と手腕は王妃に相応しいではありませんか。どうしてお義母様をお妃になさらなかったのです」
「死んでもごめんだ!!!」
「これほどの好条件なのに何が不満なのです?」
「ミニーアンもお前も正当派の才色兼備だが、コニーとメアリエーラは可愛い顔して腹黒い策謀家だぞ」
「それのどこに問題が? それでこそ一国の王妃に相応しいじゃないですか‼︎」
「ただでさえ公務で疲れているのに家庭でごりごり精神削られてたまるか‼︎」
まったく国の最高権力者のくせに贅沢なことを……
「お前が家でコニー母娘から何をされているか知らないとでも思ったか」
「知っていて可愛い姪をお見捨てになられたのですか⁉︎」
「誰でも自分の身が可愛いものだ」
「ひとでなしぃぃぃ!!!」
「何のお話をされているんですの?」
「ひぃぃぃぃぃ!!!」
私と伯父様の白熱した口論に突如として割り込んできたのはメアリでした。
「さあ、お義姉様。こんなところはもう用済みです。早く私たちの愛の巣へ戻りましょう」
「いぃやぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
変態義妹に引きずられ、私は監獄へと連行されてしまうのでした。
「まあ、頑張って生きろ」
呆れ顔で心のこもっていないエールを私に贈る伯父様……覚えてなさいよ!!!
見えない首輪をつけられて半泣き状態で屋敷へ戻れば、そこで手ぐすね引いて待っていたのはお母様の遺品を抱えているお義母様でした。
「まあ! お帰りなさいフェリア‼︎」
「私も一緒ですわよ」
「お前はどうでもいいんです」
「実の娘に酷いですわ」
実の母娘で愛を育んでくれていればいいのに。
まあ、これはこれで仲がいいのでしょうけど。
「さあさあさあさあ、今日はミニーアン様が16の誕生日にお召しになっていた衣装を……」
「そんな古めかしいドレスはお義姉様にはふさわしくありませんわ‼︎」
お義母様が『ミニーアン様宝物庫』から持ち出したお母様のドレスを着せようとするとメアリが割って入ってきました。
「お義姉様のデビュタントの時だってお母様がミニーアン様のデビュタントのドレスを強引に着せて……あんな時代遅れのドレスでお義姉様が恥をかかれたのですよ」
「何を言ってるの。一周回って新しいって好評だったじゃない」
「あれは素材が良かったからですわ」
「その後も他の令嬢がマネして同じデザインにしてたでしょ?」
「だいたいお母様のその服はお義姉様のものじゃないですか」
「いいでしょう」
「10代の娘の服を着るなどご自分のお歳をお考えなさいませ」
お義母様は今年で御歳35歳……なぜ私のドレスを着られるのです?
しかも意外と似合ってるし……お義母様、恐ろしい子。
それから義母妹の口論はエスカレートしていき、ついには私の着せ替え対決へと発展してしまったのでした。
これ、完全にお義母様とメアリの着せ替え人形です。
なお、私に人権はありません。
私の平穏はどこ(泣)………………
「つ、疲れた……」
やっと2人から解放され私室へ戻った私は行儀悪くソファへと倒れ伏してしまいました。
あの手のドレスは何着も着せ替えられると、かなり体力を消耗するものなのです。
「お、お疲れ様でございます」
幼い時より私の専属侍女となって支えてくれているカリラは、特に私の素行を咎めもせず乾いた笑いをしながらもいたわってくれました。
「いい加減この家を出ないと私の身が持たないわ」
「そうはおっしゃいますが……」
カリラから冷たい水の入ったグラスを受け取り愚痴っていると、彼女の笑いが苦笑いへと変わりましたが……なんです?
「フェリア様は奥様のこともメアリエーラ様のことも大好きですよね?」
「ぶっ!!」
思わず水を噴き出してしまいました。
「何ですか藪から棒に」
淑女にあるまじき振る舞いをしてしまったではないですか。
「私はフェリア様が小さい時からお仕えしているのですよ……ですから、フェリア様の能力はよく存じ上げております」
カリラが胡乱な目を私に向けてきましたけど――私はあなたの主人よ?
「本気になれば家を出るのは難しくなかったはずでは?」
カリラの追及に思わず私は目が泳いでしまいました。
「はぁ……そうね。そうかもしれないわね」
なんだかんだと言いながら、私はお義母様とメアリを愛しているみたいです。
「まあ、お義母様もメアリも私を愛してくれているのは事実だし……かなり変質的だけど」
「素直じゃないフェリア様もたいがいですけれどね」
私が肩をすくめるとクスクスとカリラが笑うのでギロリと睨みつけてやりましたが、カリラは澄ましてどこ吹く風。
バァァァァァン!!!!!!
突然、扉が勢いよく開けられ、私とカリラのたわむれが遮られました。
「お義姉様‼︎」
ノックもなしに入ってきたのは世界で一番可愛いく元気でちょっと腹黒な我が義妹でした。
カリラ!
隣で「ちょっとですか?」と言いたげな視線を送らない‼︎
「メアリ、あなたも成人になったのですから淑女としての慎みを持ちなさい」
少し突き放した感じで窘めるとメアリがシュンとうなだれてしまいました。
くっカワ‼︎
ですが婚約破棄も今回で4回目ですからね。
いくら超絶可愛い義妹でも限度があります。
「メアリ、そこにお座りなさい」
私はつとめて冷えた声でメアリに命じました。
「やっぱりお義姉様は怒っておいでなのですわね」
ここはビシッと姉として義妹にキツいお仕置きをしなければなりません。
「今度という今度はさすがに許しません」
私のキツい物言いにメアリもすっかり怯え顔。
私もやる時にはやるのです。
だからカリラ、ジト目で疑わない‼︎
「でもでもでもぉグレーン殿下はお義姉様にふさわしくないと思うのですわ」
「た、確かにグレーン殿下は少々素行に問題はありましたが……」
「ですわよね?」
い、いけません。
ここで押し負けてはまた流されてしまいます。
「ですが、あのような不良物件しか私のところに回ってこないのもメアリが今まで3回も私の婚約破棄を画策したからでしょう?」
「そうでしょうか?」
メアリが不思議そうに小首を傾げるしぐさがなんとも可愛いく……
はっ‼︎
いけません、このあざと可愛い義妹に絆されるところでした。
「それ以外にありますか」
「でも、一番初めの婚約者カスク・ストレングス様は――」
カスク様は私の1番始めの婚約者で、この国の騎士団長ストレングス侯爵の嫡男です。
騎士道を重んじ真面目で厳格、ですが不器用ながら優しく思いやりのあるとても素敵な……
「――重度のマゾで訓練と称しては部下に模擬剣で打たれて恍惚の表情を浮かべるど変態でしたわよ」
そうでした。
あの男は終いには私のヒールで踏まれるのをご褒美とかぬかす救いようのない男でした。
「ま、まあ、カスク様の性癖には少々問題はありましたが……」
こらっ!
メアリとカリラ、2人して「少々ですか?」みたいな目で見ない。
「2番目のライ・テンプルトン様は――」
ライ様は魔術師団長のテンプルトン伯爵の長男で、バックに薔薇を咲かせそうな美男子です。
絶大な魔力を誇る魔術師で、温和で人当たりも良い素晴らしい……
「――女好きで手当たりしだい令嬢に声をかける女の敵で、魔力は国でも1番高いですがオツムが残念すぎてまともに魔術を使えない残念貴公子だったと記憶しておりますわ」
そうでした。
あの男は魔力の持ち腐れのくせに自信過剰な、婚約者の前でも平気で他の女をナンパする超軽量級の男でした。
「ま、まあライ様の素行は多少悪いところもありましたね」
なんですか‼︎
2人して「多少?」と口にして首を傾げるんじゃありません。
「そして3番目のブレンデッド・ジョニウォーカ様は――」
ブレンデッド様!
そうです。この方がおられました。
ブレンデッド様なら間違いありません。
ブレンデッド様は宰相のジョニウォーカ閣下のご子息で、学業優秀、品行方正、眼鏡が似合う怜悧な美男子なのです。
どこから見ても完璧な……
「――外面はいいですが超絶マザコン男ですわよ」
「はぁ⁉︎」
「お義姉様はご存知なかったようですが……」
マジで‼︎??
「で、ですが、母親を大切にするのは悪いことでは……」
「行き過ぎれば害悪でしかありませんわ」
行き過ぎって……ブレンデッド様はいったいどれほどの?
「何をするにもご母堂の指示を仰がなければ物事を決められない優柔不断な方ですわ。あれをお義姉様にも聞かせてあげたかったですわ」
「あれ?」
「あの方って家ではご母堂を『ママ』、ご自分のことを『ボクちん』と呼んでおられておりますの。『ママァ、今度のデートでボクちん何を着ていけばいいかな?』『昨日、フェリたんをずっと監視してたんだけど他の男と楽しそうに話しているのって酷いよね?』などなど聞いてて鳥肌が立ちましたわ」
うそぉぉぉぉぉぉお!!!
「ブレンデッド様は粘着ストーカー気質もあって3人の中では一番ヤベェ奴ですわ。結婚してたらお義姉様はきっと嫁姑問題で苦しむか、下手をすれば監禁されて陽の目を見られない生涯を送ることになっていましたわ」
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!
いけません。
グレーン殿下が1番まともに見えてきました。
「ねっ、お義姉様。結婚しなくて良かったとお思いになりません?」
「くっ、悔しいですがメアリの言う通りです」
私の男運って(泣)
「だから、もう結婚は諦めて私と一生一緒にいてください」
がくりと膝をついて項垂れる私の肩を優しく抱いてくれるメアリ。
この子は本当に義姉思いの優しくて可愛い世界で一番の義妹です。
義姉妹の愛を確認し合うように抱き合うそのメアリの背後でカリラが冷ややかな目を向けていました。
「私はメアリエーラ様のヤンデレシスコンぶりの方がたいがいだと思いますけどね」
ヤンデレシスコン?
…………はっ!?
そうでした。
メアリは私の元婚約者たち以上の問題児ではありませんか‼︎
いけません。
メアリに洗脳されるところでした。
「メアリ、私たち貴族令嬢なのです。家のために結婚は義務なのよ」
「そんなぁ」
そんな落ち込んだ顔しないでください。
この娘はなんてアザと可愛いのですか。
罪悪感がハンパないじゃないですか。
「くすん……お義姉様は私がお嫌いなのですね」
「そんなわけないでしょ。メアリはとっても可愛い私の義妹よ。だけど私たちには青い血が流れているの。それは民を庇護する責務を負っているの」
だから、あなたは早く結婚なさい!
これは、貴族として権利を享受する私たち令嬢の義務なのです。
けっして私の都合ではありませんよ?
「知りません、知りません、そんな貴族の義務なんて知りません‼︎」
「聞き分けなさい‼︎」
駄々をこねるメアリに対し、私はついカッとなって怒鳴ってしまいました。
あっ、やばい……
案の定メアリの大きな翠色の瞳がブワッと潤みました。
「私はただお義姉様と末長く一緒に暮らしたいだけですのにぃ」
ボロボロと涙を流し、うわぁんと声を上げて泣く姿に、いつものごとく私はオタオタしてしまいました。
この子は嘘泣きが得意です。
だからこれは演技なのです。
「ああ、メアリ泣かないで」
ですが、それが演技と分かっていながらどうしても突き放せません。だから、私は優しく抱き締め、よしよしと頭を撫でるのです。
「もう怒ったりしないから」
「本当ですの?」
私の大きな胸に埋めていた顔を上げて、涙の上目づかいで見上げてくるメアリ――くっ、カワでしょ。
「ええ、もちろんよ」
「本当に本当の本当ですの?」
「本当に本当の本当よ」
メアリのあまりの可愛いさに私の意志はあえなく陥落してしまいました。
カリラが呆れ顔で私を見ていますが……だって仕方がないでしょ‼︎
うちの義妹は世界一可愛いんだから!!!
「まあ、末永くお幸せに」
そう言い残してカリラは退室していったのですが――おい、こら、待ちなさい‼︎
あなた私の専属侍女でしょ⁉︎
主人をおいていくな!!!
「お義姉様‼︎」
心の中で叫んでカリラの出ていった扉へ伸ばすかけた手をメアリがガシッと掴んできました。
「私とカリラとどっちが大事なのですの!?」
「い、いや、カリラは私の侍女で、メアリは私の大切な義妹だから比較はできないわよ?」
「やっぱりカリラがいいのですわね!」
うわぁぁぁんと再び泣きだすのホントやめて‼︎
「お義姉様は私を捨てるんだわ」
「そんなわけないでしょ」
「私をさんざんもてあそんでおいてぇ」
「人聞きの悪い事を言うんじゃありません‼︎」
ううう……だってぇ、と涙を溜めて訴える義妹に私はハァとため息をついて両腕でメアリを抱き締めると耳元へ口を寄せました。
「もう……メアリが1番大好きよ」
「ああん、お義姉様……私もお義姉様が大好きですぅ」
演技と分かっていながらメアリを甘やかしてしまう私……やっぱり私はメアリが可愛いのです。
「それじゃあ今日は一緒のベッドで寝てもいいですか?」
「メアリももう子供ではないのだからいつまでも義姉と……」
途中で言いかけた言葉を私は呑み込みました。
私は悟ったのです――
「……はぁ、仕方がないわね」
「やったー! だからお義姉様だーい好き」
――泣く子と義妹には勝てないと。
「はぁ……」
だから私は今日もそっとため息をつく……
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