表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたくし生贄令嬢ですが、なにか? ~愛する王子に婚約破棄されたら、呪われて永遠を生きる最強魔術師を救ってしまいました~  作者: 新 星緒


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/43

2・2 お名前を伺っていないのですが

 スプーンに連れて行かれたのは書斎――いえ、迷路のような書庫だった。天井に届く本棚がいくつも不規則にそびえていて先を見通せない。くねくねとした細い通路を進むとやや開けた場所があり、大きな机の前に魔術師様がいた。それとフォークとナイフも。みなそれぞれに立ったままで机上に広げた書物を読んでいる。


「魔術師様、リリアナ様が起きましたよ」スプーンが声をかけた。

「ん?」と彼が振り返り目が合う。だけどすぐに本に視線を戻した。「起きたか。悪かった、飛ぶのは怖かったみたいだな」

「あのような高さは初めてでしたから」

「普通の人間はそうなのだった。忘れていた」

「久しぶりの人間ですものな」とナイフが低い声で言う。

「許してやって」とフォーク。こちらはナイフほど低くない。


「怪我を治してくださって、ありがとうございます。おかげさまで痛みはすっかり消えました」

「んむ」

 魔術師が視線を合わせないまま、ぽりぽりと頬をかく。


「本当に珍しいね」とフォーク。「君、魔術師様が怖くないのかい?」

「怖いとは?」首をかしげる。

「だって顔が崩れているし」

「人間離れした魔法を使いますからな」

 フォークとナイフがそう言うと、

「気弱な人間は魔術師様と目が合っただけで腰を抜かすらしいですよ」とスプーンが続けた。

「この赤い瞳が気味が悪いらしい」魔術師も言う。 「だが俺は、自分の外見を変える魔法を無効化してしまうのだ」

「確かに赤い色の瞳の方には初めてお会いしましたが、世の中にはわたくしが知らない外見の方がたくさんいるのだろうと思いますし――」

「この眼は世界にただひとり、魔術師様だけなのだよ」とナイフ。

「お顔は火事に遭われたのかと――」

「でも気味悪いことには変わらないだろ?」とフォーク。

「いいえ。――魔法はお伽噺だと思っていたので驚きはしましたが、怖いとは感じませんでした。ですがもしや、畏怖したほうがよろしかったのでしょうか」


 魔術師様とカトラリーたちが顔を見合わせる。

「確かに変わり者のようですな」とナイフ。

「だろう? 動じないというかなんというか」魔術師様が言う。

「それでしたら」とわたくし。「王子妃になるために、常に平静でいる教育を受けましたから」

 ムダになってしまったけど。胸の奥がズキンと痛む。


「実は良い案を思い付いてな。起きたら教えてやろうと思っていたところだ」と魔術師様。ようやくわたくしを見る。「魔法でクズ王子をお前に惚れさせる。髪の毛を一本もらえればできる。あとは生け贄に関する記憶を消せば、家にも帰れる。これは大勢にかけるから厄介だが、まあ俺なら可能だ」

「さすが我らの魔術師様」とナイフが言えば、フォークが手を叩いて称える。

 魔術師様は

「ん」

 と手のひらを上に向けてわたくしに差し出す。髪の毛をくれ、ということだろう。


 それを渡せば、ガエターノ様がわたくしを愛してくれる。きっと昔のように微笑み、優しくしてくれる。

 魔法の効果で。


 目をつむり、胸に去来する様々な感情をやり過ごし、気持ちが定まったところで魔術師様を見た。

「わたくしをこちらに置いてください」

「なぜだ!」魔術師様は目を見開いている。炎のように赤い瞳がよく見える。

「魔法は解けるかもしれません。解ければ殿下はますますわたくしを嫌うでしょう。そんなのは耐えられません」


 口を開いた魔術師様は、結局なにも言わずに口を閉じた。


「素敵な提案をありがとうございます。ものすごく魅力的です。でもいつか殿下に再び嫌われるかもしれないと怯えながら暮らすのは、辛いのです」

「――あの男を消すこともできるぞ。憂いを絶てる」

 わたくしは首を横に振った。

 魔術師様がため息をつく。

「王宮を覗いてみたがあいつ、お前が自主的に生け贄になりに行ったと涙ながらに話してまわっている。悪どいもいいところだ」


「そうですか。でもいいのです」胸の奥の痛みには気づかないことにする。どのみちもう、あまりに痛すぎて、痛くないときがあったことを忘れてしまった。「――その代わりにひとつ、お願いがあります」

「なんだ。言ってみろ」

「父に『生け贄の必要がなくなり、わたくしは遠い地で生きることになった』と手紙を送りたいのです。内密で。父とわたくしのふたり家族なものですから」

「それなのに帰らないの?」スプーンが訊く。「せっかく魔術師様が解決方法を提案してくれたのに」

「生贄に関する記憶を操作しても、わたくしと共に来た兵士たちが消えた事実は残ります」

「ふむ。矛盾をきっかけに魔法が解ける可能性もありますな」とナイフ。

「兵士関係まで全ての人の記憶を変える、というのは大変かな」とフォーク。

「……さすがに大変ではある」魔術師が言う。

「変えずに戻ったら、生け贄が嫌で逃げてきたと思われるかな?」スプーン。

「ええ、そうでしょう。どのみち、もう宮廷には帰りたくありません」

「わかった」と魔術師様。「手紙が書けたら、くれ」

「ありがとうございます。魔術師様」

 鷹揚にうなずく魔術師様。


「ところで魔術師様のお名前をまだ伺っておりません」

 わたくしがそう言うと彼は目を細めた。

「……魔術師は名乗らぬものなのだ」

「そうでしたか。失礼をお許しください」

「ああ」


 彼を怒らせてしまったのかと一瞬思ったけれど、ちがうような気がする。どちらかといえば、そのことには触れないでほしいという雰囲気のように感じられる。

 気のせいかしら。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ