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17・1 醜くわめきちらしていますが

 王宮に到着したわたくしたちは、門でほんの少しだけ足止めされた。不審な出で立ちの男を、たとえ宰相令嬢の連れだとしても、通すことはできないと言われたのだ。それに対してエドは『緊急だから許せ』と言って魔法を使った。すると衛兵たちは人が変わったように、すんなりとエドを通したのだった。エドの魔法は便利すぎる。


 そしてその魔法を、エドはバフェット邸の使用人たちに使おうとはしなかった。きっとエドの誠意なのだわ。わたくしが今回好きになった人は、素晴らしい人だと思う。



◇◇



 顔見知りの侍従が案内がてら、状況を説明してくれた。

 ガエターノ殿下自身を支持する貴族は、ほんの少ししかいない。

 だけれど夜空を飛ぶ竜の目撃者は多く、特に建物外で夜勤中だった王宮の衛兵の半数以上が見たという。そのため災厄の竜はいないと告げた宰相とわたくしへの疑念を持つ者が多数いて、更には宰相を信じた国王への批判も出ているそうだ。


 昨日王宮に乗り込んできたガエターノ殿下は、災厄の竜への不安を煽り議論を焚き付け、上手く立ち回っているという。ちゃっかり城に居座り続け、今は謁見の間に貴族や官僚を集めて父に、真実を明らかにしろと糾弾している最中だそうだ。


 そして国王陛下は、ガエターノ殿下の行動があまりに目に余るようなら虚言による騒乱罪で公式に彼を逮捕するおつもりだという。とはいえ、なるたけその事態は避けたいとのお考えだとか。


 当然のことよね。国も民も疫病によるダメージを受けてまだ立ち直っていない。そんな今、王家の内紛が勃発というのは、どう考えてもよろしくないもの。


 謁見の間は扉が開け放たれたままで、中からガエターノ殿下の演説口調の声がする。父を責め、わたくしの悪行を語り、『逃げた』わたくしを連れて来るよう要求している。賛同の声もちらほらとする。


 近年にない疫病の大流行は、いまだ原因がわからない。そのままにしておくより、わたくしのせいにしたほうが、『解決できた』と思えて安心できるからだと思う。


 エドが『愚かだ』とつぶやく。

 そうして扉の元で、侍従がわたくしの到着を声高に告げた。

 中の人たちが一斉に振り向く。玉座に国王夫妻、その傍らにお父様とマッフェオ殿下、向かい合って立つガエターノ殿下。彼の後ろには支援者と思われる人たちがいる。


「ああ、リリアナ!」ほっとしたような王妃様の声と、

「ようやっと来たか、国賊!」嫌悪に満ち満ちたガエターノ殿下の声が重なる。

 わたくしはその場で膝を曲げ、陛下夫妻に挨拶と突然都を留守にした謝罪をする。

 その間中、集まった人たちが、エドについてこそこそと噂話をしている声が聞こえた。


「きっとリリアナは魔女なのだ!」ガエターノ殿下は声を張り上げる。「みなの者、見よ! 彼女のとなりにいる怪しげな男を!」

「リリアナ、それからとなりの者よ、こちらへ」陛下が長男をまるっと無視してわたくしたちを呼ぶ。

 人々がさっと二手に別れ、わたくしたちの前に道ができる。


 エドがわたくしに手を差し出した。わたくしは手を重ね顔を上げ毅然と、だけれど優美さを最大限に出せるよう、頭から爪先まで神経を行き届かせて歩く。疚しいことはひとつもない、と所作で群衆を黙らせるために。


 御前に到着すると、陛下は

「ガエターノはあのように主張しているが、そなたは申したいことはあるか」と静かな声でお尋ねになった。

 その理性的な目が真っ直ぐにわたくしを見ている。


 大丈夫。陛下は正しいほうに味方する。


 その思いを強くして、わたくしは『はい』と答えた。

「以前、父が申し上げたとおり、災厄の竜はすでに死んでおります」

「嘘をつけ!」とガエターノ殿下が叫ぶ。

「そして一週間ほど前の晩」殿下を無視して続ける。「竜が都の空を飛んだのも事実です」

「頭が狂ったのだな!」とガエターノ殿下。

 わたくしは彼を見た。


「殿下は、なぜ竜は災厄の竜しか存在しないと考えていらっしゃるのでしょうか」

「え……?」殿下は戸惑ったようだ。視線をあちこちに動かし「……それしか聞いたことはないではないか。なあ、皆の者」と言った。


 遠慮がちに賛同の声があがる。


「確かにわたくしも、谷に行くまでは災厄の竜しか知りませんでした。ですが竜は他にもいたのです」

 傍らのエドがうなずく。王宮に来る前に、この事態にどう対処するかを話し合ってきた。

「残念ながら、災厄の竜と他の竜が別の個体であることの証拠はございません。だけれどわたくしが喰われていないこと、このこと自体が証拠に準じると言えるでしょう」


「どこが証拠だ」とガエターノ様。「すでに分かっているのだぞ! そもそも貴様が災厄の竜を使って疫病を撒き散らしたのだろう」

『その証拠は』と尋ねても、どうせまともな返答はないのは分かっている。わたくしは陛下に向き直る。


「わたくしリリアナ・バフェットは、ここで再度証言いたします。○月✕日、王宮の礼拝堂でガエターノ殿下に蹴る殴るの暴力をふるわれ、災厄の竜の生贄になるよう、命じられました」

 人々の間からざわめきが起きる。そうでしょうとも。このことは公にしていない。世間ではガエターノ殿下が言いふらした、『リリアナが自ら生け贄に志願した』という話が信じられているのだもの。


「また、おかしな嘘を!」ガエターノ殿下の怒声が響き渡る。

「わたくしは殿下の直属隊によって災厄の竜の谷に送られました。証人は礼拝堂付き司祭や殿下の従者ですが、証言してくださるかは不明ですし、してくださったとしても殿下はわたくしが嘘をつかせていると主張するのでしょう」


 ざわめきがますます大きくなる。


「そして都の空を飛んだ竜ですが、それはわたくしに知らせをもたらしに来たのです。彼が疫病にかかった、と」

 わたくしはエドを示す。

「陛下。彼が疫病の特効薬を作ったエドです。ですが彼も罹患してしまい、急遽わたくしが看病に向かったのです」

 エドは片手を胸をに当てて、頭を下げた。流れるような仕草は驚くほど優雅だった。


 ガエターノ殿下が

「またくだらぬ嘘八百を!」と叫ぶ。

 それを気にすることなく、わたくしは陛下の目を見つめた。


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