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15・2 お話を伺ったのですが

「クヴェレ様」

「んん?」

 わたくしが呼びかけると精霊王は少し気さくな返事を返してきた。


「泉の底にいたときのことです。わたくしはエドの記憶らしきものを見た――というか追体験したのですが、あれはなんだったのでしょうか」

「そうなのかね。それは気づかなんだ」とクヴェレ様。

 その反応に拍子抜けする。


「クヴェレ様が見せてくださったのではないのですか?」

「我の力ではあるぞ。魔術師の裡にある悪しきものを洗い流す折に、余分なものも共に出てしまったのだろう」飄々と話すクヴェレ様。「なに、魔術師よ、心配はいらぬ。記憶を消すような力は使っておらぬから、大切な思い出が忘却されたわけではないぞ」

「心配をしていた訳では……」とエドが微妙な表情になる。


「クヴェレ様には、過去をわたくしたちに見せるお力があるのかと思ったのです」とわたくし。「もしそうならば、エドの呪いを解くヒントになる過去を見せていただけないか、お頼み申しあげたかったのです」

 もしかすれば、図々しいと断じられる願いかもしれない。それでも可能性があることは、なんでも試したいと思う。


 だけれど予想外なことに、クヴェレ様は笑った。

「またか」と言って。

「『また』とは?」エドが尋ねる。

「リリアナは、我に『やってくれ』と頼むのではなく、己がやるから手助けをしてくれと言う。余程自らの力で魔術師を救いたいらしい」

「……深く考えてのことではないです」

「わかっておる」

「精霊王様は呪いを解けるんですか?」フォークが尋ねる。

「ふむ」とクヴェレ様。エドを見てわたくしを見てそれからまたエドを見た。「残念ながら、だ。一般的なものなら我にもできるのだかな。魔術師に掛けられた呪いは最上級、しかも掛けた本人の命を贄にし、更には彼奴きゃつは魔力量が桁違いに膨大だった。これほどまでに強力な呪いは他にない。我には不可能だ」


 エドの顔がこわばったように見えた。

「では、掛けた方の過去を見ることは」

 クヴェレ様がわたくしを見て、首を横に振った。「我は来し方行く末、すべてを見ることができる。だがそれを他の者に見せる力はない。語り聞かせることもしない。我はただ見守る者ゆえに。――そなたが見たような予期せぬ事故は起こるが、あれも常のことではない。すまぬな」


 ということはクヴェレ様からヒントをいただくことはできないのだわ。


「リリアナ」エドがわたくしを見る。かすかだけど笑みを浮かべている。「落ち込むな。俺なら大丈夫だ」

「だけど――」

 精霊王をして困難と言わしめる呪いで、解決の糸口もないだなんて。


「これまでどおり、自分で解呪できるよう研究するさ」

「他に方法はないのですかな!」ナイフが叫んだ。

「あるぞ」とクヴェレ様。「だがどれも難しい。テネブラならば可能ははずだがあやつは闇属性贔屓が激しく、いかなる理由があろうとも、解呪はせぬ」

「サイテー」とスプーンが呟く。

「闇を払うことのできる光の精霊王たるルクスも恐らくは可能だが、愛し子の経緯からそなたに良い感情を持っておらなんだ」

「そんなの酷い」フォークが口をへの字にする。

「そして、そもふたりがいつ起きるのか、どうすれば起きるのか、我らにもわからぬのだ」


「気にするな」エドは今度はカトラリーたちを見た。「方法がなかったのは、今までと同じだろう?」

「エド」わたくしはついに彼の手をとった。王の面前だからなんて、気にしてはいられないわ。「わたくしももっと魔法を学んで、一緒に研究するわ」

「気持ちだけでいいぞ。リリアナがいるうちは、俺は研究よりもいちゃいちゃがしたい」


 カトラリーたちがかすかに笑う。悲しそうだ。


「だけど呪いを解くには、エドの他にもうひとりが必要なのでしょう?」

「あぅ」

 おかしな声がした。クヴェレ様だ。自覚があるようで手で口を押さえている。全員の視線を受けて、戸惑っているみたい。


 しばらくわたくしたちを伺っていたクヴェレ様は、やがて口から手を離した。

「……気の毒だかな、魔術師よ。彼奴きゃつが言ったその条件は十中八九、嘘だ」

「嘘……?」

 そう、とクヴェレ様がうなずく。

「あやつはほとほと底意地の悪い男だった。呪いが解ける要素を設けておくとも、それをそなたに教えるとも考えられぬ。それより、その姿になったそなたが他人を必要とし、けれども恐慌され傷つくことを願っての発言だったと考えるほうが自然なのだよ」


「そんなっ!」カトラリーたちが悲鳴のような声をあげる。

 そんな彼らにエドは笑みを向けた。

「だから、今までとなにも変わらないだろ。研究するのみ。心配するな」

「エド」

 彼の手を握る力を少し強くする。エドはわたくしにも笑顔を見せた。

「呪いが解けなくても、良いことがひとつある」

「良いこと?」

 エドがわたくしの手を握り返す。

「そうだ。俺はリリアナより先に死ぬことはない。ひとり生き残る淋しさと孤独をリリアナに感じさせてしまうことはないんだ。それだけは、良いことだ」


『だけれどわたくしに遺されたくないと、言ったじゃない』

 そんな言葉が出かかったけど、なんとか飲みこんだ。エドの笑顔は不自然で、無理をしているのは明らかだから。


「……そうね。ありがとう」

 わたくしはそう答える以外に、なんと言っていいのかわからなかった。



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