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2・1 あばら家とききましたが

 目が覚めると立派な天蓋が見えた。マホガニー材に美しい彫刻が施されている。見覚えがないと思い、次にわたくしが寝ているベッドが心地よく、体に掛けられている絹も最高級品だと気づいた。


 ここはどこかしら?

 すべて夢だったの?


「あら、起きたわね」

 女性がの声がしたので目をやると、人間サイズのスプーンがいた。スプーン。食事のときに使うカトラリーのあのスプーン。そのさじ部分に顔があり、柄から手が左右に生えている。

「私を怖がらないでね。ただのスプーンだから」


 ただのスプーンには見えないけれど、悪意はなさそう。


「わかりました。ところでこちらは、どこでしょうか」

「魔術師様の屋敷よ」

「崖の下の?」

「そう」


 スプーンの背後を見る。目に入る限り、かなり豪華な部屋だわ。魔術師様が言っていたようなあばら家には見えないのだけど……。


「頬とお腹の痛みはどう?」とスプーンに訊かれはっとした。

 ガエターノ殿下から暴力を受けた顔に手をやる。なんの痛みもない。

「消えています!」

「良かった。魔術師様が治したのだけど、治癒魔法は四百年ぶりだから自信がないと言っていたのよ」

 四百年! わたくしより少し年上なだけにしか見えなかったのに。


「あの方は何歳なのでしょうか」

「さあ。千は越しているけど、よく知らない。私は彼に作られたから」


 千歳……? 途方もない年月だわ。にわかには信じられない。

 でもそれだけ生きているから、捧げられる生け贄を何度も見てきたのだわ、きっと。


「あなた、起き上がれる?」とスプーン。

「はい」


 彼女 (たぶん)が半身を起こす手伝いをしてくれた。借りた手はひんやりとして銀の感触がした。

 スプーンはサイドボードにあったグラスを渡してくれる。


「レモネードよ。飲んで一息ついていて。魔術師様を呼んでくるから」

「いえ、わたくしが伺います。目を回しただけなので、もう大丈夫です」

「そう? 私は人間のことはよくわからないのよ。会うのは五百年……六百年ぶりだったかしら。とにかくそれくらいだしね」

「記録によると前回の生け贄は百五十年前ですが、こちらで働いたのではないのですか?」

「なんのこと?」とスプーンが瞬きをする。


「魔術師様が『生け贄にはいつも下男下女になってもらう』とおっしゃっていました」

「まさか!」スプーンがけたけた笑う。「魔術師様はそんなことはしないわ。生け贄が来た気配がすると助けに行って、遠い町に逃がすのよ。あなたはここがいいと言ったのでしょ? だから連れて来たと話していたわ」


 先ほどの魔術師の話とちがう。

 きっと彼は毎回ふたつの選択肢を与え、どの生け贄も逃げることを選んだのだわ。そんな気がする。


「あなたを下女になんてしないわよ。彼はなんでも魔法でできるし、私たちもいる。私のほかは、フォークとナイフね」

「それではわたくしは、なにをすればよいのでしょう」

 ベッドから足を下ろすと、すかさずスプーンが靴をはかせてくれた。

「魔術師様のお話相手がいいわ。 久しぶりの人間ですもの。あちらの世界のことを聞かせてあげて。魔術師様だって、カトラリーより人間のほうが話し相手として楽しいと思うのよ」

「わかりました」


 魔術師様が喜ぶような、楽しいお話を思いつけるかしら。近頃はずっと辛いことばかりだったもの。

 壁掛け鏡があったので、乱れた髪を手で撫で付ける。あまり変わりはない。魔術師様が身だしなみを気にしないといいのだけど。


「それに魔術師様の呪いをとけるのは人間だけらしいし」

「呪い?」

 スプーンを見る。

「そうよ。永遠に生きる呪いをかけられているの」

「なぜ?」

「さあ。詳しくは知らないわ」

「永遠なんて――」

 想像もできない。ぶるりと体が震えた。


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