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9・1 都でがんばることにしたのですが

 都に戻ってから瞬く間に一ヶ月が過ぎた。このあいだに、流行り病にかかったガエターノ殿下が静養のために山間の離宮へと転居した。だけどそこは離宮とは名ばかりの、問題を起こした王族を閉じ込めるための場所らしい。

 それからガエターノ様の恋人ハンナ様は、勘当されて男爵家を追い出されたみたい。


 ふたりのことは社交界で大きな噂になっているという。おまけでわたくしも。でも、どうでもいいわ。わたくしにはもう、過ぎたことだもの。


 そんな些事よりも、わたくしには大切なお仕事がある。王妃様のご公務のお手伝い。留守番を預かっていたときの延長線上なので、幸い難しいことではない。今はこの仕事に尽力して、一刻も早く疫病の流行を収束させるのよ。

 その見込みはある。先月に開発された薬にかなりの効果があるようで、それを投薬したら病が癒えたとの知らせが各地からちらほら上がってくるようになったのよね。


 そして疫病が収まったら、それを伝えにエドに会いに行く。


 生贄になった原因の報告だもの。エドのもとを訪れる立派な理由になるはずだわ。エドだって一時的に報告に来るくらいなら、帰れなんて言えないわよね?


 エドへの気持ちがなんなのかは、自分でもよくわからない。感謝からの恩返し、友情、同情、それとも恋。

 恋だったら、少し怖い。ガエターノ様のことを鑑みるに、わたくしはたぶん恋が下手だから。エドとはずっと良い関係であり続けたい……。



 ◇◇



 ――頬がくすぐったい。

 そう感じて意識が浮上する。

 バジェット邸の自室。だいぶ前にベッドに入ったから、もう深い時間のはず。

 虫でも飛んでいるのかしら。


 目を開ける。と月明かりの中、わたくしの顔を覗き込む精霊たちの姿があった。わたくしは呼んでいないのに。

「まあ。どうしたの?」

 それには答えず、彼らは窓辺に向けて飛んで行く。半身を起こし、姿を目で追う。

 と、彼らの行く先の窓の外に、竜の頭に乗ったスプーンがいた。


「ああ、良かった、起きた!」懐かしいスプーンの声。「窓を割るしかないのかと思ったわ。リリアナ! お願いがあるのよ!」

 急いでベッドから降りて窓に駆け寄る。だけど鍵の開け方がわからない。

「お嬢様ねえ」と苦笑するスプーン。

「いったいどうしたの? なにがあったの?」

 窓越しに尋ねる。


 よくわからないけど、スプーンがひとりで竜に乗ってわたくしに会いにくるなんて尋常ではないことのような気がする。胸の内がざわざわとし、エドになにかあったのではと悪い考えが浮かんでしまう。


 ガチャリと手ごたえがあった。鍵があいた。窓を大きく開く。とても重いけれど、そんなことを言っている場合ではない。


「スプーン、エドは?」

「リリアナ、私と一緒に来てほしいの」


 彼女とわたくしの声が重なる。


「エドになにかあったの?」

 うなずくスプーン。

「魔術師様は死ぬことはないからって無茶をしてしまって。ひどい状態でここ数日、ずっと熱に浮かされているのよ。見ていられなくて」 

 なんていうこと! エドが!

「すぐに行くわ。少し待てるかしら。お父様に話してくる」


 スプーンの了承の返事を聞いて、すぐに部屋を飛び出す。

 窓から入る月明かりを頼りに廊下を走る。お父様の寝室に行くのなんて初めて。しかも連絡もなしでだなんて。だけど礼儀作法を重んじている場合ではないわ。

 誰に見咎められることもなく寝室に辿りつき、扉を開けて中に飛び込む。壁ぎわに天蓋つき寝台。


「お父様!」

 駆け寄ると眠っていたお父様が目を開いた。

「……リリアナか?」

「お父様! わたくし出かけてまいります。エドの元へ。具合が悪いらしいの!」

「……具合……」

 呟きながら起き上がるお父様。

「そうなの。高熱で大変だと、今スプーンが知らせに来て」

「なにで? 魔法か?」

「竜よ」

「存在するのか!」

「災厄の竜ではないわ。エドが魔法で作り出すの。十日ほどで自然に消えてしまうのよ。――とにかく、わたくしは竜に乗ってエドの元に向かいます。帰りがいつになるかわからないけれど。王妃様に仕事の補佐ができないことを、謝罪していたと伝えてくださいな」


『では』と踵を返そうとして

「待て」

 と腕を掴まれた。

「ごめんなさい、行かせてください」

「もちろんだとも。行くのは構わぬ。だがリリアナ。まずは落ち着きなさい」


 お父様は優しくわたくしを促してベッドに腰掛けさせた。わたくしの両手を自分の手包み込むようにしてくれる。


「魔術師様は何故ご病気になられた」

「わからないわ。まだ聞いていないの」

 ふむ、とお父様。

「リリアナ。あの方はずいぶんとお前を愛しているようだ」

「……ええ」

 頬がほんのりと熱い。


「彼の屋敷でリリアナがカトラリーたちに挨拶に行っている間、彼とお前のことを話した」

「どんなことを?」

「内容は教えられぬ。そのように約束をしたからな。ひとつだけ言えることは、彼はリリアナの幸せを強く望んでいたということだ。もしかすれば今回のご病気はそのことに関係するのかもしれない。彼の元へ行くのなら、きちんと話を聞いたほうがよい」

「わかったわ。お父様、ありがとう」


 お父様はなにも答えずに、微笑んだ。



 ◇◇



 お父様に、寝間着で出掛けてはならぬと叱られた。だけれど自分ではペチコートのしまい場所すらわからず、わかったところでひとりでは着られない。メイドを起こして竜を見られるのも都合が悪い。

 結局お父様が自分のガウンをわたくしに着せてきっちりベルトを締めてくれた。


 お父様と一緒にわたくしの寝室に戻る。するとスプーンがひとりで窓辺に腰掛けていた。

「お待たせ。竜は?」

「屋根で待ってもらっている。人目につかないほうがいいかなと思って」

 そう答えたスプーンが外に身を乗り出して、ピーッと指笛を吹いた。

 間を置いてから、バサリバサリと羽ばたく音がして竜が現れた。となりに立つお父様が息を呑む。

 窓いっぱいに見える顔からその巨大な体躯が知れようというもの。


「これが魔法の産物?」

「ええ」とスプーンが答える。「あと三日ほどで自然に消えるのです、公爵閣下。――だから魔術師様の回復具合では、リリアナを帰すのが遅くなってしまうかもしれません。申し訳ないですけど」

「承知した。魔術師様のいち早いご回復を願っている。ただ――」

 お父様が困惑気味にわたくしを見る。


「これに直接乗って行くのか? 危なくないか? 落ちないか?」

「私たちカトラリーは魔法が使えないんです。竜でなければ谷底へ下りられません」

「……そうか。崖か。忘れていたよ」

「落ちないわ、お父様。わたくしはエドに絶対に会うのだから」

 正直言えば、竜には二度と乗りたくないと思っていた。だけどエドに会うためなら、何度だって乗るわ。


「余計なことを言った」そう言ってお父様はわたくしを抱きしめる。「リリアナ、気をつけて行っておいで」 

「はい、お父様。では行ってまいります!」




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