【ツル視点】第9話 決戦前
ダイコールの王城から少し離れた場所。高台にある広場に俺とマルティナ、長身の男――フレッドは移動した。
「ここなら入口は一つだけだし、もしモンスターが現れてもすぐ気付くだろう。この辺りのモンスターは魔王を除いて基本的に空を飛べないしね」
「……この街に詳しいようですね」
フレッドの説明にマルティナが眉をひそめる。フレッドが「まあね」と頷いてニヤリと笑った。
「俺はこの街の出身なのさ。十年前。モンスターに占拠されるまでここで生活していた」
マルティナが目を丸くする。男の言葉に驚いているらしい。
「十年前に街を追われた俺は、以降傭兵として生きてきた。だが故郷のことを忘れたことは一日たりとない。いつかダイコールの魔王を倒して街を奪還するのが俺の夢なんだ」
「貴方がこの街にいたのも、魔王を討伐して街を奪還するためですか」
「そういうこと。もっとも君たち騎士団が魔王討伐に来ることは予想できていたからね。俺は君たちが魔王を討伐するその現場を見学するだけの予定だった」
「なぜ騎士が魔王討伐に来ると予想できたのですか? この任務は非公開のはずですが」
「簡単な話だよ。君たちはこのダイコール城に関する情報を集めていただろ。その情報の提供者が俺なのさ」
フレッドが自身の胸をトントンと指差す。
「俺は以前からダイコールの奪還のため周辺モンスターの強さや特性などの情報を集めていた。騎士団もそれをどこかで聞いたんだろう。俺にダイコールについてアレコレと訊いてきたわけさ。これまで放置していたダイコールの情報を根掘り葉掘り訊くものだから、恐らく騎士団がダイコール奪還に動くんだろうと予想できたわけ」
「そういうことでしたか」
「君たちが魔王を討伐してくれるなら良し。或いは君たちと魔王との戦闘中に、魔王に隙ができるようなら、俺が漁夫の利を得る形で魔王を討伐しても良かったんだけどね」
「……口振りから後者を期待していたように感じられますが」
「本音はね。可能なら魔王は――先代の王は俺の手で殺してやりたかった」
フレッドが肩をすくめて苦笑する。
「しかし誤算だったな。まさか騎士団がたった二人で魔王討伐に来るとはね。確かにダイコールは君たち騎士団が普段扱っている案件よりは小規模のものだろう。だがヒーラーすら連れてこないのは少々舐め過ぎじゃないか」
フレッドの視線がちらりとこちらに向く。
「しかも彼はどうやら素人のようだね。動きが訓練された騎士団のそれじゃない。ダイコール奪還に動いている騎士団がどうして一般人を連れているのか。説明してほしいな」
一般人。その言葉にカチンとする。確かに俺は戦いに関して素人だが、相手が魔王だろうと目の前にいる男だろうと、誰にも負けないチート能力を保持している。傭兵ごときに馬鹿にされる謂れなどない。
どうにもこの男は好かない。どこがどうではなく、何となく気に入らない。マルティナと普通に話していることも腹立たしい。陽キャ特有の馴れ馴れしさだ。
「確かに私たちはダイコールの奪還任務を受けてこの場にいます。ただしこれは通常任務とは異なる特殊なものです。ゆえに部隊も通常編成とは異なるものとなっています」
「だから素人を連れていると……この任務が通常とは異なる理由は?」
「……お答えできません」
どうやらマルティナは勇者がらみに関することは秘密にしておくようだ。まあ確かに勇者であることを隠して冒険するというのは漫画や小説でもよくある。だが少々残念だ。俺のことを素人だと馬鹿にしてきたこの男が、俺が勇者だと知った時の反応を見てみたかった。
「なるほど。まあ騎士団の事情は知らないけど、戦闘に素人を連れて行くのは感心しないな。まだ魔王と戦うつもりなら、彼はどこか安全な場所に隠しておくべきだ」
「それは……できません」
「どうして? 言っては何だが、彼は足手まといになるよ。さっきの戦いでもそうだったろ。君の実力は見せてもらった。君と俺とが組めば魔王を討伐することも可能だ」
「こちらにも事情があるんです。その事情はお話しできませんが」
「分からないな。どうして素人を戦場に出さなければならない理由が――」
「あ……あの……」
意を決して口を開く。フレッドの視線がこちらに向いた。喉がキュッと閉まる。怯むな。俺は以前の俺じゃない。チート能力を持った勇者なんだ。こんな傭兵ごときより俺の方がずっと偉いに決まっている。
「お、俺たちにも事情があるから。あまり関わらないんで欲しいんだけど……」
「……俺は君の身の安全を考えて言っているだけどな。君だって魔王を前にして逃げることもできなかっただろ。どんな事情があるか知らないけど君は身を隠しておくべきだ」
それでマルティナと二人きりで魔王討伐に向かうと? ただの傭兵が勇者気取りか。気遣うふりをしてマルティナにただ良い恰好をしたいだけだろ。だから陽キャは嫌いだ。
「そ、それに……マルティナにため口とかは良くないと思うよ」
勇者である事実は伏せる。だがどうしてもフレッドに対してマウントを取りたい。俺はこの男が慄くだろう事実を口にした。
「マルティナはこのダイコール王国のお姫様なんだ。だからフレッドさんが街の人間だというのなら……ため口とかはまずいんじゃないかな」
「ダイコールのお姫様?」
フレッドの目が大きく見開かれる。予想通りかなり驚いているらしい。ざまあみろ。マルティナはお前のような傭兵が狙えるような女の子じゃないんだぞ。
「あ……いえ、その……」
マルティナが狼狽する。もしかして自分がお姫様であることも隠したかったのか。フレッドがマルティナをジロジロ見やり、「へえ」と面白そうに笑みを浮かべる。
「お姫様でしたか。そのような事実をつゆ知らず、ご無礼な発言をお許しください」
「いや……えっと……ええ……構いません。どうか気になさらないでください」
「私はしがない平民でして、姫とお目通りする機会もありませんでした。ゆえにすぐに気付くこともできず申し訳ありません」
なんか奇妙な態度だ。口調こそ丁寧になったが態度があからさまに軽い。そうじゃないんだよ。俺はお前がビビり散らすのが見たかったんだ。やっぱり傭兵となるとお姫様に対する礼儀作法すら弁えていないのか。
「そうだ。ダイコールの市民としてぜひとも姫に御覧になって欲しいものがあるのですが、少しだけ私に付き合っては貰えませんか?」
唐突なフレッドの言葉。「へ?」と目を丸くするマルティナにフレッドが一歩近づく。
「どうしてもご覧になって欲しいのです。ただこれはダイコールの民だけが共有する秘密。そこにいる彼に聞かれるのはまずい。姫ならばお察しいただけると思いますが」
「え……ああ、アノことですか?」
「そうアノことです。部外者に聞かせられない話であることは重々承知いただけるかと」
「そ、そうですね。もっともです」
「良かった。ではこちらに」
フレッドがマルティナの手を掴んで歩いていく。「え……あの?」と困惑する俺にフレッドがマルティナを連れたままニッコリ笑う。
「というわけだ。ここからはダイコールの民だけの秘密でね。俺たちは広場入口付近で話をしてくるから、申し訳ないが君はそこで待機していてくれ」
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マルティナとフレッドが去り広場に一人残される。目の前でマルティナを連れていかれた。止める間もなかった。俺はしばし呆然とする。するとその時――
「あ~あ、情けないですねえ」
背後から声が聞こえた。慌てて振り返るとそこには姿を消していた自称女神の女の子がいた。
「目の前で女の子を連れていかれるなんて男として惨めすぎます。若い男女が人気のないところで二人きりだなんて、どんな間違いがあるか分かりませんねえ」
「へ、変なこと言うなよ」
妙に煽る自称女神に俺は口を尖らせる。
「つうか、どこ行ってたんだよ。いきなり姿を消したりしてさ」
「あたしも忙しいんですよ。貴方ばかりに構ってられないですう。それより見てましたよ。魔王を相手に呆然としちゃって、せっかくのチートが泣いちゃいますよお」
「し、仕方ないだろ。モンスターだって聞いていたのに人間が現れたんだから」
「あれは人間じゃないです。正真正銘のモンスターですよお」
自称女神がクスクスと肩を揺らす。
「この世界のモンスターは魔力に汚染されて変異した生物のことを言うんですよ」
「魔力に汚染?」
「モンスターとは感染症みたいなものなんです。モンスターに噛まれると、噛まれた生物が新しいモンスターに変異するんですう。もちろん人間も例外ではありません」
「じゃ、じゃあ本当にあの魔王はダイコールの王様がモンスターになった姿だってこと」
「もっとも人間の場合は感染症に対する治療法が確立されてますし、滅多なことではモンスター化しません。まれに意図的にモンスターになる奇異な人もいますけど」
「ど、どうしてそんな?」
「モンスターは基本的に不老ですからね。それが魅力的に見える人もいるんですよ」
「な、なんでもっと早く説明してくれなかったんだ。それが分かってたら――」
「あの魔王を倒して、あの騎士さんにカッコイイ姿を見せられたのに――ですか?」
うっと声を呑む。自称女神がニシシと笑いながら言葉を続ける。
「確かにあの時の貴方は見るに堪えなかったですよねえ。騎士さんの戦いの邪魔にまでなってましたしい。これは騎士さんも見損なっちゃったんじゃないですかあ?」
「なんだよ……おかしいだろ? チートがあれば異世界なんてヌルゲーじゃないのかよ。こんなの異世界テンプレじゃないだろ」
「まあ落ち着いて下さい。チート持ちでも偶に失敗することぐらいありますよ」
自称女神がピンと指を立てる。
「要はここから挽回すればいいだけです。そうすれば騎士さんも見直すでしょうし、むしろ一度落としておいた分、活躍した時のギャップで騎士さんもイチコロですよ」
ギャップ。なるほど。確かに大したことないと思われていた人間が大活躍して一躍人気者になるのはよくあるパターンだ。異世界テンプレ的にも間違いではない。
「じゃ、じゃあ今からでも魔王を倒せばマルティナも俺を見直すんだな。このチートなら顔さえ見ればいつでも魔王を倒せる。だったらこの場で――」
「だから落ち着いて下さいよお。確かに貴方に渡したチート能力なら魔王をいつでも倒せます。でもここで魔王を倒しても証明できないじゃないですか。騎士さんの目の前で魔王を倒すか、魔王の亡骸でもないと、口だけになってしまいますよ」
マルティナはこちらのチート能力を把握している。魔王を倒したと説明すれば信じてくれるかも知れない。だが確かに魔王を倒したという証明はできない。これではマルティナもこちらを尊敬しづらいだろう
「それならどうすればいいんだよ?」
「先程の失態を帳消しにするためにも、貴方が一人で魔王を討伐してはどうでしょう?」
「俺が一人で?」
「もちろんこの場でチートを使うのではなく、敵陣にまで乗り込んで魔王と戦う訳です。恐ろしい魔王を相手に、勇敢にも一人で立ち向かい討伐を果たす。すごくカッコ良くないですかあ? その勇気と実力に騎士さんも惚れること間違いなしですう」
なるほど。確かに強敵に一人で立ち向かうのは黄金パターンだ。俺が人知れず魔王を討伐して「なんか全然大したことなかったな」とか余裕ムーブをかませば、マルティナの心をがっちりつかめるはず。何より異世界テンプレっぽいぞ。
「でも広場の入口にはマルティナがいるし、彼女に隠れて魔王討伐に行くのは難しいかも」
「貴方の耐久力ならこの高台から転げ落ちても痛みなんてありませんよ」
「ここから降りるの? なんか痛くないとはいえ……ちょっと怖いな……」
「それぐらい我慢しましょう。勇者なんですから」
そうだ。俺は元の世界の冴えない高校生じゃない。この世界の俺は勇者なんだ。異世界テンプレで幸せになるためにも怯んでなどいられない。
「よし分かった。じゃあちょっと魔王を討伐してくるよ」
「きゃああ! 軽いノリで魔王を倒せちゃうなんて痺れちゃいますう!」
自称女神の賛辞に気を良くして、俺は高台からヒョイと飛び降りた。