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【ツル視点】第8話 魔王

挿絵(By みてみん)

 上空に浮かんでいた初老の男が急降下して迫りくる。俺は「あっ」と呟くも反応できず迫りきた男に強かに殴り飛ばされた。


「いった……くはないけど」


 地面を転がり目を白黒させながらも言う。チート能力とともに授かった耐久力。そのおかげで痛みなどはないが、頭の中は激しくパニックを起こしていた。


 マルティナは何て言っていた? この初老の男がダイコール王国の王であり魔王――つまりモンスターだって。意味が分からない。


「――ツル様!」


 マルティナがこちらに駆け寄ろうとして、すぐに体を横に投げた。マルティナのすぐわきを初老の男が通過する。マルティナがごろりと地面を転がり剣を抜刀した。


「――調子に乗るなよ!」


 これまでの柔らかい雰囲気とは異なるマルティナの鋭い声。剣を構えたマルティナに対して初老の男が体を震わせる。男の右手のひらから骨とも鋼ともつかない刃が突如生える。


「がああああああああ!」


 敵はマルティナと判断したのか、初老の男がマルティナへと接近する。低空飛行で迫りくる男にマルティナは臆することなく碧い瞳を尖らせていた。


 俺はどうしたらいいんだ? 何をすればいいんだ? 俺は魔王を退治しに来たんだ。マルティナはあの初老の男を魔王だと話していた。だったらあの男を倒せばいいのか。チート能力で破壊すればいいのか。でもアレはどう見ても人間だ。空を飛んだり手から刃を生やしているが見た目は人間だ。それを破壊するなんて……もし何かの勘違いだったら……


 俺が悩んでいる間にマルティナと初老男が肉薄する。マルティナが鋭く剣を振るう。初老男が急上昇してマルティナの刃を回避、上空からマルティナに襲い掛かる。マルティナが一歩後退して男の攻撃を回避、すぐに剣の切っ先を男に向けて突き出した。


 初老男が首を傾けて突き出された刃を回避する。男の頬を浅く刃が切り裂いた。マルティナが素早く体を駒のように回転させて剣を横なぎに振るう。男が宙に浮いたまま後方へと滑りマルティナの刃を回避した。


「――ちっ!」


 マルティナが舌を鳴らす。直後、彼女の足がふわりと宙に浮いた。あっと驚く間もなくマルティナが宙を滑りながら初老男へと接近する。多分彼女の魔法なのだろう。魔法の使えない自分にはよく分からないが。


「えっと……お、俺は何をすれば」


 とりあえず立ち上がる。そしてマルティナと初老男の戦いを眺めていた。マルティナの鋭く振るう剣を手のひらから生やした刃で受け止める初老男。素人目にはマルティナが押していように思える。まあでも剣道の試合とか見ても、押しているように見えていた人が次の瞬間一本取られていることもよくあるため実際のところよく分からない。


「え?」


地面を滑っているマルティナと初老男がこちらに急接近してくる。慌てて二人から離れようとするも足が震えて上手く走れない。初老男が急浮上する。マルティナがすぐ初老男の後を追いかけようとするも――


「――わ!?」


 某立ちしていた俺にマルティナが勢いよく激突する。もつれ合うように転倒して俺は仰向けに倒れ込んだ。俺の顔面にマルティナの大きな胸が乗っかっている。胸当てのせいで柔らかくはないが、胸の谷間が目の前にあるし仄かにいい匂いもした。


「ひゃああああ!」


 マルティナが俺からすぐ離れる。そして顔を真っ赤にした彼女がぺこりと頭を下げた。


「す、すみません。戦いに夢中で気付きませんでした。お怪我はありませんか?」


「う、うん……あの……それよりあの人が魔王って言うのは――」


 ここでマルティナがはっと上空を見上げる。上空に退避した初老男が巨大な火の玉を両手に掲げていた。これも魔法なのか。小さな建物ぐらい簡単に呑み込むだろうその巨大な火炎に俺はしばし呆然とする。


「ツル様! いまがチャンスです! 貴方の能力で魔王を退治してください!」


「あ……で、でも……」


「どうしたのですか!? 早く!」


 だけどアレはどう見ても人間だ。いやでも、これは正当防衛になるのではないか。そうだ。最初に襲い掛かってきたのは相手なんだから破壊しても罪には問われないだろう。そもそも彼女があいつを魔王だと話したのだ。仮にそれが彼女の勘違いでも俺が悪いわけじゃない。でもそれを周りが信じてくれるのか。いやでも迷っている場合でもない。でももし冤罪をかけられたら。でもでもでも――


「ツル様! なにをしているのですか!」


 初老男の目がギラリと輝く。火球を放つつもりだ。マルティナが舌を鳴らしてこちらの前に回り込む。そして上空に向けて両手をかざした。何かしらの魔法を放つつもりか。或いは魔法で防御するのか。分からない。


俺は何をすればいい?


 初老男が火球を振り下ろし――


 ここで初老男の頭部が横に弾けた。


 初老男が掲げていた火球が霧散する。一体何が起こったのか。マルティナが初老男から視線を外して横を見えていた。困惑したまま彼女の視線の先を追う。そこには一人の見慣れない男が立っていた。


 ロングコートを羽織った長身の男だ。男の右手には俺の世界では見られない異質なデザインの拳銃が握られており、その銃口が上空にいる初老男に向けられていた。ここでようやく事態を把握する。この長身の男が初老男を拳銃で撃ったのだ。ていうかこの異世界にも拳銃があるんだな。


 長身の男が再度拳銃を発砲する。上空に浮かんだままぐったりとしていた初老男。それが跳ねるように飛翔した。初老男はまだ生きている。長身の男が舌を鳴らす。初老男がぐるりと旋回して王城の陰へと姿を隠した。


「……逃げた?」


 拍子抜けして俺はポカンとする。マルティナが不満げに剣を鞘に収めた。


「君たち、魔王を討伐に来た騎士団だね」


 長身の男が近づいてくる。右手の拳銃を懐にしまい長身の男が苦笑しながら言う。


「見たところ他に仲間はいないようだけど、まさか二人きりで魔王を討伐に来たのかい。だとすればダイコール王も随分と舐められたものだ」


「……貴方は?」


 マルティナの問いに長身の男が肩をすくめながら答える。


「俺はフレッド。しがない傭兵だよ」


「傭兵? どうして傭兵がここに」


「別に珍しくないだろ。モンスターに占拠された土地の奪還は基本的に騎士の仕事だが、優先度の低い小規模の国や町の奪還に関してはギルドにも登録されることがある」


「確かにその通りです。しかし私の記憶が正しいのなら、ダイコール城の奪還はギルドにも登録されていないはずですが」


「あれ? よく知っているね」


「ええまあ……騎士団からされる依頼内容は全部目を通しているので」


「勤勉なんだね。なるほど、下手な誤魔化しは通じないか。分かった。正直に話すことにするよ。ただその前に――」


 長身の男がスタスタと近づいてくる。そしてマルティナの前に立ち止まると、男が彼女の頬に右手をかざした。ここで俺は初めて気付く。マルティナの頬にかすり傷ができ血がうっすらと滲んでいた。男の手のひらに緑色の淡い光が灯される。直後、マルティナの頬にできていた傷があっさりと消えた。


「これで良しと。傷がついたままだと可愛い顔が台無しだからね」


「……ど、どうも」


 マルティナがぺこりと頭を下げる。心なしか彼女の頬が赤い気がする。ニコリと微笑む長身の男に、俺は若干の苛立ちを覚えた。


「先程の戦いぶりを見るに君はアタッカーだね。騎士団が部隊を編成する時にはアタッカーやヒーラーなど、特定の技能に特化した人間をバランスよく配置すると聞いている。だからそこの彼が支援役かとも思ったけど、どうやらそうでもないらしいね」


「詳細は話せませんが今回は特殊任務です。通常の編成ではありません。そちらこそ傭兵はチームでの活動が基本のはず。どうして一人でこのような場所に?」


「俺も基本的にはチームで活動している。だがこれは俺の私用でね。仲間を巻き込みたくないから一人で来た。まあ立ち話もなんだ。モンスターがウジャウジャいるような街だけどもう少し落ち着ける場所で話そう」


 長身の男がそう言ってウィンクした。


 なんか――ムカつくな。



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