【ツル視点】第7話 ダイコール城☆
転送石でのワープは一瞬だった。
「……ん?」
上空から地面に叩きつけられるように着地した俺は体勢を崩してすっ転んでいた。強かに打った背中。対して何やら顔面に柔らかいものがあたっている。
「ひ……きゃあああ!」
短い悲鳴とともに顔面に触れていたもの――マルティナのお尻が離れる。こ、これが噂に聞くラッキースケベか。異世界のお約束を体験できて俺は感無量だった。
マルティナが顔を真っ赤にしている。どうやら照れているらしい。気にすることはない。気持ち良かったよ。そう紳士的に話してあげようかとも思ったが止めておく。気持ち悪そうだから。だけど頬が緩むのはどうしようもなかった。
「と、とにかく、ダイコール城に到着したようですね」
足元の石畳。そこに刻まれた魔法陣らしきものを一瞥しつつ、俺は周囲を見回した。近くに大きな城壁があり、その城壁の向こうに街らしきものが見えている。
「ダイコール城を占拠している魔王は王城を拠点にしていると聞いています。ただし王城へは城下町を抜けていく必要があり、そこには多数のモンスターが確認されています。それでは行きましょう。すぐに行きましょう」
顔を赤くしたマルティナがそそくさと城下町に向けて歩き出す。ああ、なんかデートみたいで楽しいな。行き先がモンスターの占拠する城と言うのがいまいちだけど。
俺は立ち上がりマルティナの後をついて歩いた。城門の前で立ち止まっているマルティナの隣に並んで城下町を眺める。
「へえ、なんかモンスターに占拠されているって聞いてたから、もっとおどろおどろしいところを想像してたけど、思ったよりもずっと綺麗な場所だね」
「ダイコール城が占拠されたのは十年前ですから。街並み自体に変化はないようです」
「どう、懐かしい?」
「懐かしい?」
「だってマルティナってこの国のお姫様なんでしょ。久しぶりの故郷じゃん」
「え……ああ、はい。とても懐かしいです」
マルティナがニッコリと笑い、だがすぐにその表情を引き締める。
「しかし気をつけて下さい。一見して変哲のない街ですが、魔王に従えられたモンスターがそこら中に潜んでいます。王城にたどり着くまでにモンスターと遭遇することは避けられないでしょう」
「あ、ほら。あそこに食堂があるよ。村が出してくれた食事は正直あまり美味しくなかったんだよね。だけど城下町ってなら美味しいものもたくさんあったんだろうな」
「……は、はい。美味しいものもたくさんありました。それはそうとツル様もお気を付けください。いざとなれば転送石で逃げることも考慮しておきましょう」
「知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない」
「はい?」
「あ、ごめん。行ってみたかっただけ。分かった。危なくなったら逃げるだね」
「で、では行きましょう」
マルティナが腰にある剣を引き抜いて歩き出す。緊張感を湛えたマルティナの表情。そんな顔も可愛いな。なんてことを考えながら俺も歩き始めた。マルティナのように武器を持たない俺は当然手ぶらだ。だが俺にはチートがある。下手な武器など不要なのだ。
「そういえばマルティナっていくつなの?」
「年齢ですか? 十六歳になりますが」
「へえ、じゃあ同い年だ。マルティナは学校とか通ってないの?」
「え、ええ。以前も少しお話ししましたが、学校に通えるのは裕福な貴族だけです。私は十二歳の頃に騎士の入隊試験を受け、以降騎士として国に従事してきました」
「ダイコール城を奪還したら、またこの国のお姫様とかになるつもりなの?」
「い、いえ。私はもう騎士団員ですから。この国に戻るつもりはありません」
「そっか。ちょっともったいないな。マルティナって好きな食べ物とかあるの?」
「食べ物ですか……えっと、そうですね。ポポ鶏の焼肉とかは好きです」
「ポポ鶏……へえ食べてみたいな」
「で、では今度、私の勤めている街、エンドールにある食堂にご案内しますね」
あ、デートの約束しちゃった。なんかもうこれカップルなんじゃない。やっぱり異世界に転移するとリア充になれるんだな。心なしかマルティナの歩くペースが速いけど、もしかしたら彼女も早く任務を済ませて俺とのデートに行きたいのかも知れない。
「止まってください」
マルティナの笑顔が消える。直後、建物の陰から複数体のモンスターが姿を現した。狼に酷似したモンスターや、熊に酷似したモンスター、触手を生やした植物らしきモンスターなどがいた。先日のドラゴンほどの迫力はないが、もし元の世界で遭遇していれば腰ぐらい抜かしていただろう。
「ダイコール城を拠点とするモンスターはさほど強力ではありません。しかし決して油断はできません。モンスターとの戦闘に慣れている私がまず先頭に立ちます。ツル様は後衛から支援を――」
目の前に現れた複数体のモンスター。そいつらに向けて右手をかざして指をぎゅっと握る。複数体のモンスターが瞬く間にひしゃげて粉々に飛散した。
「後衛から――何?」
俺はニヤリと笑いながらマルティナにそう聞き返す。少し意地悪かな。でもほら、可愛い子ってからかいたくなるじゃん。しばし唖然としていたマルティナだが、すぐにその困惑させていた表情をぱっと輝かせる。
「す、すごいです! 複数体のモンスターをまとめて攻撃することもできるんですね」
「ん……ま、まあね」
実のところ初めて試したわけだが、興奮している様子のマルティナに俺は堂々と頷いて見せた。
「ツル様がいればモンスターなど怖くありませんね。さあどんどん先に進みましょう」
マルティナが意気揚々と歩みを再開する。女の子に信頼されるって気持ちいいな。
それ以降もモンスターと何度も遭遇した。その度に俺は右手をかざしてモンスターを瞬殺していく。いや無双していく。まさに異世界している感満載だ。隣にいるマルティナの熱い視線を感じながら俺は気分を良くした。
あっけなく王城の前へと辿り着く。想像していたよりも小さな王城だ。城下町もさほど広くなかったし、王国とはいえ小規模の国なんだろう。そこはちょっと残念かな。どうせ仲良くなるなら大国のお姫様のほうが特別感あっていいよね。いやまあ、マルティナは可愛いから全然いいんだけど。
「それで魔王はどこにいるんだろ。あの城の中かな?」
「そのはずです。しかし情報によればその魔王はとても好戦的な性格のようです。私たちが縄張りに侵入していることはすでに気付いているでしょうし、もしかすると――」
ここでマルティナが上空を見上げる。
「やはり――現れたようですよ、ツル様」
どうやら魔王は上空にいるらしい。中ボス的のくせにイキな登場だ。まあ俺のチートの前ではどんな魔王だろうと瞬殺だけどね。
いや待てよ。それは味気ないか。ちょっと苦戦して見せた方が盛り上がるだろうか。そんなことを考えながら俺は上空を見上げた。さて魔王さんはどんなモンスターなのか――
「……あれ?」
マルティナが見上げている上空。そこにモンスターらしき姿などない。だが確かにそこには一つの影が浮かんでいた。肩まで伸ばされた白髪。皺が刻まされた精悍な顔。身を包んでいる豪勢なマント。
上空に浮かんでいるその影は初老の男性にしか見えなかった。
「えっと……魔王はどこ?」
「どこって……上空にいるじゃないですか」
「上空って……なんかおじいちゃんが浮いているだけだけど?」
いやまあ人が浮いているのもおかしいんだけどさ。
「だからその人がそうです」
「……え? じゃああの人が?」
唖然とする俺にマルティナが驚くべき事実を口にする。
「はい。あれがモンスターであり魔王――十年前までダイコール王国の王を務めていたダイコール四世です」