【マルティナ視点】第6話 旅立ち
「何でもするか。随分と思い切ったことを約束したものだな」
「話の流れで仕方なく――です」
騎士団エンドール支部。相変わらず無表情のライオット隊長に異世界者とのやり取りを報告して私は嘆息する。口を滑らせたとはいえ馬鹿なことを言ったものだ。ダイコール城を奪還後、異世界者が何を要求するつもりなのか。それはあの男の下卑た視線を思い返せば自ずと予想ができるだろう。
「それでダイコール王国のお姫様」
「からかわないでください」
「失礼。それでマルティナ。異世界者に会ってみた感想は?」
「率直にもう上げて私は彼が嫌いです」
私は苛立たしく言葉をそう吐き捨てる。
「話してみて分かりましたが、彼はこの世界について何も真剣に考えていない。あたかも観光にでも来たような振る舞いです。大勢の人が苦しんでいる。人類が窮地に立たされている。それを知りなお、スローライフや居酒屋を経営するなど楽観的に語る。自身の力で大勢の人を救える可能性があるのにです。私はそんな彼を軽蔑します」
「スローライフに居酒屋か……なるほど。確かに観光気分ではあるのかもな」
ライオット隊長が眉間の皺を深くする。
「だが彼もまた自分の意思とは無関係にこの世界に連れてこられた身だ。いきなりこの世界について親身になれと言うのも無茶な要求だろう」
「……そうなのかも知れませんが」
だからと彼の態度は目に余る。この世界の住民は常にモンスターの恐怖におびえながら生活をしている。毎日が命懸けなのだ。それを彼は自分だけが絶対的な安全圏を得たことでこちらを俯瞰して眺めている。それが腹立たしくてたまらない。
「まあ君が腹を立てる気持ちも分かる。だがこうも考えられる。彼がこの世界を舐めているからこそ、ダイコール城の奪還という任務を軽々しく請け負ったのだと」
「……彼が真剣でないことが私たちにとってプラスになると?」
「彼が迂闊でない人間なら、命の危険がある任務など易々と受けないだろう。いくらチート能力を持っていようと、殺される危険性は十二分にある」
「話を聞いた限り、彼もまた自身のチートについて詳しくはないようです。そのような曖昧な能力を過信しているあたり、確かに彼は迂闊なのでしょうね」
「これまでの異世界者がそうであったようにな。もっともそう決めつけるのも時期尚早だろう。彼がチートを宿しただけの人間か。それとも勇者としての資質を兼ね備えた人間か。ダイコール城奪還の任務で見極める」
「はい」
「それで彼のチート能力についてだが――」
ライオット隊長の目が一段と鋭くなる。
「意識するだけで対象を破壊できる。それが事実なら、これまでの異世界者の中でも突出したチート能力と言えるな。彼がその気になれば今この場で君を殺すこともできるわけか」
「……それを彼がする理由が思い当たりませんが」
「君が彼の好みの女性ではなかった。或いは単なる気まぐれか」
「……どういう意味ですか?」
「私たちは常に彼によって命を握られた状態にあるということだ。彼がその気になれば私たちをいつでも殺すことができる。それこそ先程例に挙げた気まぐれであろうとな」
「しかしそれをすれば騎士団――ひいてはこの世界そのものと敵対することになります」
「彼にその判断ができる頭があるのならな。もしくはこの世界そのものと敵対したとして勝利する自信が彼にはあるかも知れない」
「……神話に出てくる魔王のようにですか?」
魔王とは特定地域を支配しているモンスターの総称である。その特定地域とは基本的に村や街ていどの規模を差すのだが、神話の魔王はこの世界そのものを支配したという。
「そう――魔王だ。彼がその気になれば現存する魔王などより、広範囲の地域を支配することができる。君が言うように、彼はまさに神話の魔王になれる存在だ」
「……どこまでが本気ですか?」
「今のところは全てが冗談だ」
今のところ。そこを強調しつつライオット隊長が話を続ける。
「だがその可能性も検討しないわけにもいかない。異世界者の動向を常に監視して、彼が危険な存在になり得るその時は、以前も話したように彼を始末する。そのためにも私たちは彼のチート能力をさらに詳しく知る必要がある」
「そうですね」
「まずはその曖昧な意識の定義を知る必要があるな」
ライオット隊長がゆっくり瞼を閉じて、また同じ時間を変えてゆっくり瞼を開く。
「その意識とは、顔見知りではない人間にも有効なのか。つまり彼がその気になれば、顔を見たこともない私でさえ殺すことができるのか。またそれができないのなら、彼が殺すことができるモノの境目とは何なのか」
「分かりました。次に異世界者と会う時にその辺りの詳細を調査しておきます」
「そしてもう一つ。能力の詳細よりも重要なことがある。それは異世界者の殺し方だ」
「殺し方……ですか?」
「彼がただチート能力を持つだけの人間なら殺すことは簡単だ。眠っている時にでも奇襲するか、或いは食事に毒でも混ぜておけばいい。問題は彼がチート能力以外にも、何か施しを受けている時だ。果たして彼にこちらの武器は通じるのか、毒は効果があるのか。それを知らなければ、いざという時に彼を始末することが難しくなる」
「……確かにそうですね。しかしその調査は多少面倒かも知れませんね」
耐久力を試したいからと殴り掛かったり毒を飲んでもらう訳にもいかない。
「殺し方については彼を監視しながら少しずつ探るしかあるまい。くれぐれもこちらの思惑を悟られないようにな。それを悟れば、彼が敵対行動を取る可能性も十分にある」
「承知しました」
「ではダイコール城奪還の任務について話を移そう。騎士団の調査によれば――」
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ダイコール城奪還任務の日。こちらが用意した服を着てはしゃいでいる異世界者に私は無感情の笑顔を浮かべていた。
「とてもよく似合っています」
異世界者への賛辞。もちろん心にもない言葉だ。すると突然、異世界者が涎をダラダラと流し始めた。意味不明なその行動に私はぎょっと目を丸くする。
「……あ、あの、どうかしましたか?」
「あ、いや、何でもないよ。それでダイコール城の奪還って具体的に何すればいいの」
何かを誤魔化すように異世界者が口早に言う。気味が悪いが追求しても不愉快な事実しか出てきそうにない。そう直感して私は気持ちを切り替えた。
雑談をしながら彼のチート能力について探りを入れる。そこで判明した事実だが、彼のチート能力は実際に目にしたモノでなければ破壊はできないらしい。つまり言葉により伝えられたモノ、写真で見せられたモノをチートで破壊するのは不可能と言うことだ。
これは吉報であり凶報でもある。吉報は異世界者が無差別に破壊できるわけではないということ。これなら彼を敵に回したとしても人類が即座に破滅することにはならないだろう。凶報は魔王討伐任務を果たすには彼自身に魔王を目視してもらわなければならないということ。当然それには危険も伴うため任務達成率にも影響する。
「ご協力ありがとうございました。では早速ダイコール城の奪還に向かいましょう」
内心の考えをおくびにも出さず異世界者にそう告げる。そしてどう移動するのかと尋ねてくるその彼に私は転送石での移動を簡単に説明してやった。
「とりあえず今回は私が転送石を使用しますのでツル様は私に掴まってください」
私としては腕とか肩に掴まってくることを想定していた。だが何を思ったのか、異世界者は突然こちらの体に抱きついてくる。この異常行動には私もさすがにギョッとした。
「あ、あれ? なんか違った? だってその……掴まれって言ったから」
「あ……い、いえ……で、では行きましょう」
馬鹿なのかこいつは。私は苛立ちながらも転送石を掲げて移動を開始した。