表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/18

【マルティナ視点】第4話 プロローグ

挿絵(By みてみん)

 私の名前はマルティナ。チップス国の騎士団員を務めている。まだ十六歳の若造ではあるが、その実力が認められて騎士団では小隊長を任されるまでになった。


 勤務場所となるエンドール支部で日々の作業をこなしていたある日、支部局長でもあるライオット隊長に私は呼び出された。ライオット隊長は私の十歳年上で、私に騎士のイロハを教えてくれた恩人だ。彼を待たせてはならないと私は足早に局長室に出向いた。


 局長室にいたライオット隊長はデスクに座り難しい顔をしていた。もっとも彼の表情が険しいのはいつものことだ。彼の眉間にはいつも深い皺が刻まれている。恐らく恋人と居る時もそうなのではないか。まあ彼に恋人がいるかは定かではないが。何にせよ私はライオット隊長の前に立ち背筋を伸ばした。


「何か御用でしょうか、ライオット隊長」


「用があるから呼んだ」


 ライオット隊長の話はいつも至ってシンプルだ。シンプルがゆえに慣れない人間には威圧的にも見えるらしい。だが彼にそのような意図はない。彼はただ無感情に事実を淡々と口にしているだけだ。部下として彼のそばにいた私はそれをよく理解していた。


「グランドドラゴンがアプル村に現れた」


 ライオット隊長の告げた簡潔な事実。私は思わず「え?」と聞き返してしまう。


「グランドドラゴンが……? しかしそのモンスターは北西部のファンドル山脈の奥深くに生息していると記憶していますが」


「その通りだ。因みにファンドル山脈とアプル村とは数百キロ離れている」


「モンスターが自身の縄張りを離れて、数百キロを横断したと?」


「そのような事実があれば騎士団にも報告が上がっているだろう」


 グランドドラゴンは全長数十メートルにもなる大型モンスターだ。そのような怪物が移動していれば、ライオット隊長の言うように近隣住民から騎士団に通報があるはず。だがそのような事実はない。何とも要領を得ない話に私は隊長同様、眉間にしわを寄せた。


「村の目撃者の話によると、突然モンスターが村の中に現れたということだ」


「モンスターが突然村に? そんな馬鹿な」


「少なくともそう報告はされている」


「……その村に転送地点は?」


 転送石を利用すれば何百キロもの距離だろうと一瞬で移動できる。もし転送先の目印となる転送地点が村の中にあるのなら、何者かによりモンスターが転送させられた可能性も考えられた。だがそんな私の推測にライオット隊長は表情を変えずに首を振る。


「ないな。転送地点が設置されているのは中規模の街からだ。それに転送地点は安全面からも基本的に街の外に設置される」


「そう……ですね。しかしそれ以外にモンスターが突然現れることの説明ができません」


「君にそれを説明してもらおうとは考えていない。君を呼んだのはこの事態を対処してもらいたいからだ」


「……承知しました。すぐに部隊を編成してグランドドラゴンの討伐へと向かいます」


 そう表情を引き締めるも、ライオット隊長はゆっくりと頭を振った。


「いや、そうではない」


「え?」


「グランドドラゴンはすでに討伐されている」


 意外な事実に私はぎょっと目を丸くした。


「グランドドラゴンを討伐……一体誰がそのようなことを……村に常駐している騎士団の人間でしょうか?」


「いや、彼らには大型モンスターを倒せるだけの実力も装備もない。目撃証言によればモンスターを討伐したのは見慣れない衣服を着た一人の少年だったということだ」


「少年……?」


「少年と言っても、年齢は恐らく君と同じぐらいだろう。少年はただ一人でモンスターの前に立ちふさがり、一瞬でモンスターを撃退したということだ」


「そんな……」


 私は唖然としたまま思ったことを口にする。


「あり得ません。グランドドラゴンは騎士団が部隊を編成して討伐するレベルのモンスターです。たった一人、それも一瞬で討伐するなど、どのような魔法であれ不可能です」


「話によればその少年が何かしらの魔法を使用した様子もなかったようだ」


「ますますあり得ません。このようなことは言いたくありませんが、誤報ではありませんか?」


「君がそう感じるのも無理はない。だが彼らはそう思っていないようだ」


「彼ら?」


「ゼルーシア教の人間だ。先程から君の背後にいる」


 ぎょっとした背後に振り返る。部屋の隅に黒いコートに身を包んだ影のような男が立っていた。一切の気配もなく佇んでいる男。その彼の顔には表情のない無地の仮面が張り付いている。


「ゼルーシア教の……使徒か」


 ゼルーシア教の使徒。教団の外に出て活動する宣教者のことだ。教団の教えを広めることを目的とする彼らだが、基本的には表舞台には立たずに社会に暗躍していると聞く。


「アプル村に現れた少年――彼はゼルーシア教の予言にある勇者である可能性が高い」


 使徒の男がポツリと言う。ゼルーシア教の予言。聞いたことがある。人類を窮地から救うとされる異世界の人間。勇者。私は予言を頭の中で反芻しながら「なるほど」と頷いた。


「確かにその少年が予言にある勇者であるなら大型モンスターを一瞬で討伐することもあり得るのかも知れませんね」


「勇者は神――ゼルーシア様から偉大なる神の力を継承している。私たちが『神の御業(チート)』と呼んでいる奇跡の力。その力の前では何物も無力だろう」


「チート……なるほど。しかし――()()ですか?」


 私は苦々しく舌を鳴らした。私の言いたいことが伝わったのだろう。ライオット隊長の眉間にある皺が一層と深くなる。


「君の言いたいことは分かる。異世界から現れた救世主たる勇者。彼らがこの世界に現れたのはここ十年で――かれこれ五回目になるからな」


「今回の件で六回目になりますね。しかしその誰もが救世主にはなり得なかった。勇者として持ち上げられていた彼らは皆――()()()()()()()()()()()()()()()のですから」


「その認識は誤りだ」


 私とライオット隊長との会話に仮面をつけた使徒が声を割り込ませる。


「近年に現れた異世界の人間。彼らは厳密には予言の勇者ではなかった。本物の勇者ならば人類を救済するはずだ」


「人類を救済できず死亡したから勇者ではないと? その理屈はズルくないか?」


「だが今回の異世界者は本物の勇者である可能性が非常に高い。事実、話を聞く限りで彼の有しているチートはこれまでの異世界者が有していたそれを遥かに凌駕している」


「……どうだろうな」


 使徒の言い分がどうにも納得できず私はつい口調を尖らせてしまう。


「これまでの異世界者も私たちの常識を遥かに超えるチート能力を持っていた。だが最後はことごとくモンスターにより殺されている。彼らのチートは確かに強力だ。だが彼らには重大な欠点がある。それは――彼らの精神面が著しく未熟であるということだ」


 私は苛立たしくそう吐き捨てた。


「鍛錬により自らを鍛えあげた人間は肉体面もさることながら精神面も充実している。ゆえに隙がなく安定した戦いができる。だが異世界者である彼らはそうではない。彼らの力は所詮神から譲り受けただけの紛い物だ。彼らはその力に見合うだけの精神力を兼ね備えていない。そしてその未熟さは戦いの場において致命的となる」


「……ゆえにこれまでの異世界者は死んでいったと?」


 感情のない使徒の言葉に私は迷うことなく頷いた。


「私はそう考えている。ただ強いというだけで生き抜けるほどこの世界は甘くない。異世界者はそれを理解していないらしい」


「君はどうも異世界者に嫌悪感を持っているように感じられるな」


「……そうだな。この際だ。ハッキリ言う。私は()()()()()()()()()()


 使徒の挑発的な言葉にも私は怯まずに答える。


「私たちは命懸けでこの世界を生きている。それを余所者の人間に好き勝手されては迷惑なんだ。さらに言うにこと欠いてチートだと? あまりにふざけている。そんな力があるなら異世界者などではなく、この世界に生きている人間にこそ分け与えるべきだろう」


「その発言は我らが神――ゼルーシア様を侮辱していると捉えても構わないか?」


「私は事実を口にしたまでだ。それを侮辱だと考えるならお前たちの好きに――」


「そこまでにしておけ、マルティナ」


 ライオット隊長が鋭く声を上げる。


「君の気持ちも理解できる。人類の現況は逼迫しているからな。モンスターにより住む場所を奪われた人間は数多い。都市部もまた難民増加により治安が急激に悪化している。この調子では国の体制が維持できなくなる日も遠くないだろう。そのような人類において勇者の存在は希望であるはずだった」


「……しかし私たちはその希望をことごとく打ち砕かれています」


「その通りだ。この体たらくに異世界者に懐疑的な視線を向ける者も昨今増えてきている。君のようにな。だが見失うな。異世界者は確かに未熟だ。戦士としては使い物にならないだろう。しかし神より受け継いだその力は間違いなく強力だ。それを捨ておくのは得策ではない」


「つまり、どういうことですか?」


「異世界者を私たちが管理する」


 ライオットの目が鋭さを増す。


「異世界者を手のひらで転がす。彼らの未熟な精神面をこちらでサポートして、彼らの力だけを効率的に運用するわけだ。異世界者は人類にとって最強の兵器であり――道具だ」


「異世界者の力を運用する……ですか」


「だからこそ君をここに呼んだ。君はこれから異世界者に会いに行ってもらう。そこで異世界者の基礎情報と性格、チートなる能力の詳細を調べてきてくれ。そしてこれは後日になるが、君にはその異世界者とともにダイコール城の奪還に出てもらうつもりだ」


「ダイコール城……? 確か南東にある小規模の国でしたね。何でも十年前ほどにモンスターにより占拠されたとか」


「ダイコール城の奪還は本来優先事項ではない。だが大したモンスターも確認されていないその土地は、異世界者の実力を図るにはうってつけだろう。それら調査を終えて、異世界者に利用価値があるか否かを判断したい」


「……もし利用価値がないと分かったら」


「彼がこの世界の害とならないなら関与しない。だがもし彼が――というより彼のチートがこの世界に危害を加えるものであるなら――私たちが異世界者を始末する」


 ライオット隊長が静かに息を吐く。


「アプリ村へはそこにいる使徒も連れて行くといい。彼らほど異世界者の人間について詳しい者もいないからな。彼の助言を参考にして異世界者を傀儡してこい」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ