【ツル視点】第3話 旅立ち
マルティナとの話から三日後。俺はダイコール城奪還のため旅立ちの準備をしていた。
「おお、なんかカッケエ」
洋服から旅人の服的なものに着替えて俺のテンションは爆上がりだ。なんかマントとかつけるとますます異世界を実感する。
「ええ、とてもよく似合っています」
服を調達してきたマルティナがそう笑顔を輝かせる。くう、相変わらずきゃわゆい。胸も大きいし、しかも亡国のお姫様というハイブランドだ。こんな娘があと数日後には、俺の好きにできるというのだから堪らない。俺って異世界してるなあ。
「……あ、あの、どうかしましたか?」
いきなり涎をダラダラと垂れ流し始めた俺に驚いたのだろう。マルティナが僅かに表情を引きつらせる。いかん。これでは変態だと思われる。
「あ、いや、何でもないよ。それでダイコール城の奪還って具体的に何すればいいの」
マルティナを好きにできる権利はダイコール城をモンスターから奪還することで得られる。焦りは禁物だ。俺は涎を手早く拭いてマルティナに尋ねた。
「その城の中にいるモンスターを全滅させればいいのかな? 何匹ぐらいいるんだろ?」
「あ、いいえ、城を占拠しているモンスターを倒したところで、また別のモンスターが移り住むだけです」
「じゃあどうするの?」
「その地域を支配しているモンスター、魔王を倒すのです」
魔王とはこれまた大層なものが出てきたものだ。俺は驚きつつも落胆する。
「ええ? それじゃあダイコール城って魔王城のことなの? いや……魔王を倒すのはいいんだけどさ、ちょっと早くない? もっとじっくり冒険を進めていきたいよ」
「……はい?」
「それに俺ってダイコール城の奪還に協力するとは言ったけど、世界を救うとはまだ決めてないよ。スローライフとか居酒屋経営とかも試してみたいし、これって詐欺じゃんか」
「詐欺……? あの……恐らく認識にずれが生じていると思うのですが、あくまで今回はダイコール城の奪還であり、世界を救うとかそういう話ではありませんよ」
「え? でも魔王なんでしょ」
「魔王ですが……えっと、魔王と言うのは特定地域を支配しているモンスターの総称のことです。なのでダイコール城の魔王を倒すことと世界を救うとことは無関係なのですが」
「魔王って世界を支配している奴のことじゃないの?」
「世界ではなく特定地域ですね。もちろん世界各地にいる魔王を倒していくことで、モンスターに占拠されていた地域を奪還、それが世界を救うことにはなりますが」
どうやら魔王の認識が違うらしい。
「なんだ……魔王と言っても中ボスみたいなものか。それはそれでがっかりだな」
「よ、よく分かりませんが……すみません」
「それにしても、今の話を聞く限りだと本格的な魔王――っていうか、世界を支配している親玉ってのはいないのかな?」
「そ、そうですね。モンスターはあくまで各地に点在する魔王を中心とした縄張りで暮らしています。その単体のコロニーはあくまで独立したもので親玉みたいのはいません。少なくとも私たち人類はそれを把握していない」
「ふうん……なんか終盤で盛り上がりに欠けそうだな。まあそれはとりあえずいいか。とにかくダイコール城の魔王を倒せばいいってことね。楽勝じゃん」
「……だと良いのですが」
「マルティナにも話しただろ。俺の力をさ。俺に任せておけば楽勝だよ」
「その能力について少し確認させてください」
マルティナがおもむろに横を指差す。その指の先には折り畳み式のテーブルと、そのテーブルに置かれた奇妙な箱があった。
「あの箱は私が用意したものです。そしてあの箱にはとあるモノが入れられています」
「あるモノって?」
「それはまだ言えません。それでツル様にはその箱の中にあるモノを能力で破壊して欲しいのです」
「破壊って……なんで?」
「ツル様の能力について詳しく知るためです」
マルティナの目が鋭くなる。
「今回の任務。ツル様の能力が成否を大きく左右するでしょう。なので旅立つより前にその能力について調査しておきたいのです。何が可能で何が不可能なのか」
「できることとできないこと……か」
「まずは正体不明のモノでも破壊できるのか。それを確認したいんです」
能力の限界を探る。なるほど理に適っている。理に適っているんだけど、なんだか理屈っぽい気もする。そんな細かいこと旅をしながら少しずつ分かればいい。理屈っぽい女の子は苦手だし、なんかマルティナと本格的に付き合うとしたら大変かも知れないな。
「……って、上司に言われちゃったんです。私はツル様の力があればどんなモンスターでも倒せると信じているんですけど、上司命令には逆らえないので協力お願いできますか」
マルティナがペロッと舌を出す。なるほど。上司命令か。それなら納得だ。理屈っぽい女の子は苦手だが、何でも言うことを聞いてくれる従順な女の子は大好きだ。
「それなら仕方ないね。えっと……あの箱の中にあるモノを破壊すればいいんだね」
「はい。よろしくお願いします」
「ん……」
箱に向けて右手をかざす。だけどどうにも要領が掴めない。何か分からないものを意識して破壊するのは難しそうだ。
「……えっと、なんか駄目そう」
「そうですか。では――箱の中身は花瓶です」
「花瓶?」
「はい、ガラス製の。これで破壊できますか?」
再度試してみる。だけどやっぱりガラス製の花瓶と言うだけでは意識しづらい。
「……無理かな?」
「ではこれはどうでしょう。箱の中に入っている花瓶の写真です」
この異世界にも写真があるんだな。そんなことを考えながらマルティナが差し出した写真を見る。どこにでもあるガラス製の花瓶。それを確認してまた右手をかざす。だけど……んん……やっぱりしっくりこない。
「……難しいな。なんかこう……モノが実際に見えてないと対象が分かりにくいというか」
「なるほど。では――」
マルティナが箱の正面を開く。箱の中には写真に写されたモノと同じ花瓶が入れられていた。これならばと花瓶に向けて右手を握りしめる。すると花瓶が呆気なく砕けた。
「実際のモノをみてないと能力を使うのも難しいということですね。ではツル様。今度はこれをご覧になってください」
マルティナが懐から手のひらサイズのガラス球を取り出す。そしてガラス球がよく見えるようクルクルと動かした後、先程花瓶が入れたった箱にそのガラス球を入れて、箱の正面を再び閉じた。
「この箱に入れられたガラス球。破壊できますか?」
「まあ……やってみる」
右手をかざして先程見ていたガラス球を想像する。そしてぎゅっと右手を握りしめた。箱の中からパリンと何かが破壊される音が鳴る。マルティナが箱の中に手を入れて、箱から破壊されたガラスの破片を取り出した。
「一度でも目にしておけば、例え視界になくともその物体を破壊可能なようですね」
「多分……そうなのかな?」
俺自身、自称女神から言われたことしか能力については分からない。だけど実験した限りではそうなのだろう。マルティナが少しの間沈黙してニッコリと笑う。
「ご協力ありがとうございました。では早速ダイコール城の奪還に向かいましょう」
「ところでそのダイコール城ってどこら辺にあるの? 結構歩くのかな? それとも馬に乗っていくとか? 俺、乗馬とか無理なんだけど」
「転送石を使用するので大丈夫ですよ」
マルティナが懐から碧い宝石を取り出す。
「この転送石を使用すると世界各地に設けられている転送地点へと移動することができます。大きな街の入口には基本的に転送地点が設けられているので騎士団の移動は基本的に転送石を用いて行うんですよ」
「へえ、転送石か……それって俺にも使えるのかな?」
「この転送石には転送用の魔法が組み込まれているので、その魔法に移動先となるコードを組み込むことができれば誰でも使用できます。ただし防衛の観点から転送石の使用は騎士団で厳重に管理されていますが」
「その移動先のコードはどう組み込むの?」
「基礎的な魔法の技術ですね。えっと……ツル様は魔法とかは……」
「……よく分かんないや。魔法ってのは俺が使っている能力とは関係ないんだよね?」
「ツル様の能力は神が有する力だとゼルーシア教では考えられています。でも大丈夫ですよ。ツル様ほどのお方であれば魔法ぐらいすぐ使えるようになりますよ」
「そ、そうかな?」
「はい。とりあえず今回は私が転送石を使用しますのでツル様は私に掴まってください」
「つ、掴まる?」
女の子に掴まるなんていいのかな? 俺の世界だとセクハラとか騒がれそうだけど。いや、向こうから掴まれと言ってきたので遠慮することもないだろう。それにダイコール城から戻ってきた時のことを考えれば、この程度のスキンシップで日和るわけにはいかない。俺はそう決意してぎこちないながらマルティナの体にぎゅっと抱きついた。
「――え?」
ぎょっと目を丸くするマルティナに、俺は「あ、あれ?」と急激に焦る。
「なんか違った? だってその……掴まれって言ったから」
「あ……い、いえ……で、では行きましょう」
マルティナの掲げた転送石が輝いて重力がふっと消えるのが分かった。