【ツル視点】第2話 異世界者☆
「ステータスオープン!」
何も起こらない。どうやらそう言う世界観ではないらしい。俺はかざしていた右手を下ろして嘆息した。
俺は今、アプル村の宿にいる。どうして俺がそんな村の宿で一人退屈に過ごしているかと言うと、村に在住する騎士を名乗る人間からそう指示されたからだ。
先日この村はドラゴンに襲われた。そのドラゴンは俺が倒したわけだが、何でもそのドラゴンがこの村近辺には生息しないはずのモンスターであり、騎士団の上層部に連絡する必要があるため、証言者として村に滞在してくれと頼まれたのだ。
「それにしても、みんな驚いてたな」
思わず顔がにやけてしまう。ドラゴンを倒した俺を眺めている村人たちの視線。今まで誰かに注目されるようなことなどなかっただけに、彼らの羨望の眼差しが気分良かった。
「だけど……退屈だよな。もう三日間この村に居続けているんだけど」
この宿での待遇は悪くない。ドラゴンを倒した救世主と言うこともあり誰もが良くしてくれている。だが娯楽の少ない村だ。三日も留まればやることもなくなる。
「ていうか、あの自称女神の女の子もいつの間にかどっか行っちゃったし」
チュートリアル的なことだけを告げて姿を消した自称女神。彼女なしで右も左も分からない世界を一人でうろつくのは不安がある。さてどうしたものか――
コンコン――
ここで部屋の扉がノックされる。
「あ……は……ぃ」
パッシブスキル=コミュ障モード発動。情報伝達力80%減。俺が部屋でもごもごしていると、扉がもう一度だけノックされて外側から開かれる。開かれた扉の先には金色の髪を腰まで伸ばした可愛い女の子が立っていた。
「申し訳ありません。もしかしてお休みされていましたか?」
金髪の女の子がそう笑う。女の子の服装は村には不釣り合いの白いドレスだ。だが胸当てやガントレットなど所々に鋼色の防具を付けている。雰囲気としてはアプリゲームなどに出てくる姫騎士のイメージに近いだろう。
ぶっちゃけて女の子は滅茶苦茶カワイイ。顔だけでなく胸も程よく大きくて完全に俺の好みだ。できればここで気の利いた言葉の一つでも返したい。だが女の子との会話経験が壊滅的に少ない俺はパニくるばかりで、「あぅ……」と言ったきり硬直してしまう。
「あの……大丈夫ですか?」
女の子が不思議そうに小首を傾げる。その仕草もまたカワイイ。何か話さないと変な奴だと思われる。俺は意を決して女の子に話し掛けようとして――
「異世界から転移された方ですよね?」
女の子がさらりと言う。
思いがけない言葉に息を呑む。そんな俺の反応を見て女の子が「やっぱり」とにこやかに笑った。
「思っていた通りです。貴方が私たちの世界を救ってくださる勇者様なのですね」
「え……あ……ど、どうして――わっ!」
女の子が至近距離まで近づく。近い。近すぎる。なんかいい匂いとかする。女の子のおっぱいがもう少しで体に触れそうだ。どぎまぎする俺に女の子が軽やかに言う。
「わたしはチップス国騎士団のマルティナと申します。本日は勇者様から色々とお話しを聞きたいと思いここを訪ねた次第です。どうかよろしくお願いします」
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「サイシュウ・ツルさん――ですね。ではツル様とお呼びして構わないでしょうか」
「う……うん」
お互い椅子に座り話をすること十分。おおかたこちらの情報を伝え終えて、俺はふうっと息を吐いた。ようやく目の間の美女にも免疫が付いてきた。目の前の美女――騎士団のマルティナがニコニコしながら手元のメモにスラスラと文字を書いていく。
「職業はコウコウセイっと――えっと、確認なんですが、コウコウセイとは学校のことなんですよね。ツルさんはもしかして元の世界ではお金持ちさんだったんです?」
「え……や……違くて……」
「? でも学校に通えるのは貴族など一部の人間だけですよね」
「その……お、俺たちの世界だと学校には誰でも通えるんだ」
「そうなんです? それはスゴイですね。羨ましいです」
「そ、そうかな? 学校なんて面倒なだけだと思うけど……」
「面倒……です?」
「うん……ほら、学校行くために朝早くに起きなきゃならないし、課題とかを提出しなきゃならないし、テストなんかもあって」
「……それが面倒なんですか? でもそれ普通のことですよね?」
あ……なんか傷付いた。せっかく少し話せるようになったのに、俺はまた口をつぐむ。
「あ、ああっと……それで気付いたらこちらの世界に転移していたわけですね。なるほどなるほど……突然のことにツル様もビックリしましたよね」
マルティナがやや口早にそう話して、パンと自分の大きく膨らんだ胸を叩いた。
「この世界で何か分からないことがありましたら、私になんでも聞いて下さいね。私でなくてもチップス国騎士団の人間に聞いて頂ければ何でも答えますよ。騎士団はツル様を全面的にサポートするつもりなので」
「……は、はあ」
「それでですね……次は先日の件についてお話を伺いたいんですが――」
マルティナの口調が僅かに低くなる。
「村の方々から事情聴取したところ、村に現れたグランドドラゴンをツル様が退治されたと……しかしどのように退治されたのか明確に答えられる方はいませんでした。もし差し支えなければ、どのようにモンスターを退治されたのか教えては頂けませんか?」
「グランドドラゴン――ああ……あのドラゴンってそう言う名前なの?」
「はい。騎士団でも部隊を編成して退治するような凶悪なモンスターです」
「へえ、あのドラゴンってそんなすごいんだ」
お、今のは何だか異世界モノの主人公っぽいぞ。俺は若干の満足感を覚えながら右手をかざした。
「その……俺には特別な力があって……何て言ったかな――確か『神の右手』」
「神の右手ですか……?」
「俺が意識するだけでその存在を握りつぶせる――つまり破壊することができるんだ」
「意識するだけで何でも……ですか?」
「う、うん……確かそう言ってた」
「誰がです?」
「なんか女神を名乗ってた女の子が」
「……その方は今どこに?」
「さ、さあ……いつの間にか消えちゃってたけど」
「……………………分かりました」
不自然なほど奇妙な沈黙を挟んでマルティナがニッパリと笑顔になる。
「意識するだけでモンスターを倒せるなんてすごいですね。さすが勇者様です」
「え……そ、そうかな? 別に大したことじゃないと思うけど」
「そんなことありません。でもそうやって謙遜されるところも素敵です」
「いやあ……まあ……そう?」
「長々とこちらの質問に答えて下さりありがとうございます。今のところでツル様のほうから聞いておきたいことなどはありますか?」
「あ……じゃあ一つだけいいかな」
俺はマルティナと話している間ずっと気になっていた疑問を口にする。
「マルティナさんは――」
「私のことはマルティナで構いませんよ」
「じゃ、じゃあマルティナ。君はその、俺のことを異世界から転移してきた人間だってすぐに気付いたよね。それは何で? 普通は異世界の転移者なんて発想がないと思うけど」
「それはゼルーシア教の予言のためです」
「ゼルーシア教?」
「我が国――チップス国を含めて、全国で信仰されている宗教のことです。ゼルーシア教はこの世界を創生した唯一神――ゼルーシア様を崇拝する宗教であり、これまでもゼルーシア様のお言葉を世界に伝えることで人類の発展に寄与されてきました」
「へえ……俺って宗教とかよく分かんないけど、マルティナもその何とか教の人なの」
「私に限らず世界の8割はゼルーシア教に入信しています。それでそのゼルーシア教には一つの予言があるんです。その予言の原文は複雑なので要約しますが――『人類が窮地に立たされた時、異界より救世主現れ世界を救わん』というものです」
「へえ……それでその予言で言われている救世主が俺ってこと?」
「間違いないと思います。だってグランドドラゴンを一人で退治してしまったんですから」
マルティナが瞳を輝かせてぐっと前のめりになる。鼻が触れそうな至近距離にまで近づいた彼女に胸がドキドキする。うぐ……いい匂い。彼女の大きなおっぱいが体に触れそうで否応なく全神経がそこに集中される。童貞の俺には刺激が強すぎるというものだ。
あ……まずい。アレが反応しちゃう。そんなことを考えているとマルティナが瞳を輝かせたまま俺の手を握りしめた。
「それで非常に申し上げにくいのですが……ツル様にひとつお願い事があるのです」
「お……おねがい?」
アレがマルティナに当たらないようやや腰を引きつつ俺は首を傾げる。
「この村の近辺にモンスターにより滅ぼされてしまったダイコール城があるのです。今なおモンスターにより占拠されているその城をツル様のお力で奪還してはくれませんか?」
「モンスターから城の奪還?」
「もちろん私もお供いたします。人類はモンスターの脅威より生活圏をどんどんと奪われています。その中、ダイコール城の奪還は人類の反撃の糸口となるでしょう。そのためには勇者様の力がどうしても必要なのです」
「いや……うーん、どうしようかな」
「な、何か問題でも? も、もちろんお礼はさせて頂きますが」
「いや……そうじゃなくてさ……」
悩ましい問題に俺は頭を捻りながら言う。
「モンスター退治で英雄とかもありなんだけど、スローライフも悪くないんだよね。ほら、何だかんだとモンスター退治って大変そうじゃん。田舎とかでゆったりと過ごすのも悪くないかなって」
「ス、スローライフ……ですか?」
「飲食店を経営するとかもいいよね。料理したことないけど。いやまあ、悪くないんだよ。モンスター退治も。だけどさあ――」
「……勇者様」
ふと気付いた時、マルティナがなんと涙を流していた。
「え? なな、なんで? どうしたの?」
女の子の涙に慣れてない俺は当然焦る。マルティナが涙をポロポロと流しながらポツポツと語る。
「実は私――ダイコール王国の王族なのです」
「王族……え? じゃあマルティナってお姫様なの」
「はい。ダイコール王国は十年前にモンスターにより占拠されました。私はまだ幼く力がなかった。だから私は騎士団に入隊したのです。いつの日かモンスターから祖国を救い、その雪辱を晴らすために」
「そ、そうだったんだ」
「だからお願いです。どうかツル様のお力を貸してください。ツル様さえその気になれば王国の奪取は容易でしょう。もし力を貸して頂けるなら私――」
「わ、わたし?」
「ツル様の言うことを何でも聞きます」
キ、キキ――
キタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアWWW