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【マルティナ視点】第18話 エンドール

挿絵(By みてみん)

 エンドール支部にてライオット隊長に報告を終えた私は、異世界者が寝泊まりしている宿を訪れた。異世界者の部屋は二階にある。二階に上るための階段には、仮面をつけた不気味な男――ゼルーシア教の使徒がいた。


「騎士団は異世界者を処分するか? それとも勇者として迎えるか?」


 使徒の問い。この男はすでに答えを知っているだろう。だがそれを敢えてこちらの口から言わせることで、私の覚悟を試そうとしているのだ。これから起こる――()()()()()()()()()()覚悟を。


「異世界者の処分は保留された」


 私は舌を鳴らしそうになるのを堪えながらも使徒の問いに答える。


「異世界者はダイコールの魔王を瞬殺した。騎士団はその事実を評価して、異世界者を利用に足る人物であると考えた」


「しかしその物言いでは、決して勇者として迎えるつもりではないと?」


「彼のチートが強力であり、この世界の役に立つだろうことは認める。だが裏を返せば、それだけ人類にとって脅威となる能力でもある。異世界者が保有する能力は、個人が有するにはあまりに強力すぎる。騎士団は彼を利用しながら、彼を止めるための策――つまり殺すための方法を探すことに決めた」


「それで、その異世界者の殺し方を探るための人間が、貴女と言うわけだね」


「異世界者と面識がある私が適任だと判断された。そこに異論はない」


「別のところに異論があるようにも聞こえるが?」


「……感情的な話を言わせてもらえれば、私は騎士団の決定には不服だ」


 そう言いながら静かに目を細める。


「異世界者。確かに彼の能力は強力だろう。だが彼個人はあまりに未熟だ。ダイコールで魔王を討伐したとは言え、彼自身が役に立ったとは言い難い。何より彼がいたからフレッドは死んでしまった」


「フレッド――ああ、君の報告にあったダイコール城で遭遇した傭兵か」


「フレッドが異世界者を庇い死んだことは仕方がない。フレッド自らが選択したことだ。だが異世界者がもっと早くチートで魔王を討伐していれば、異世界者があの場に姿を現さなければ、彼が死ぬことはなかったんだ」


「異世界者にとっては初めての現場だ。浮足立ってしまうのも無理ないだろう。これまでの異世界者もそうだが、彼らが暮らしていた世界はとても平和な場所のようだ。あのような戦場自体が彼には未経験のことに違いない」


「私たちはゲームをしているわけじゃない。命懸けの戦争をしているんだ。不慣れだとかそんなものは言い訳にはならない」


「今回は騎士団でも対処可能な魔王が相手だったからこそ君もそう言えるのだろう。だが騎士団が――人類が対処できない事態に陥った時、私たちは異世界者の力が必要となる」


「どうだろうな。また期待して裏切られるだけかも知れない」


「それほど不服なら、どうして君は異世界者のお守りを引き受けた?」


「話したはずだ。私が適任だったと。私のこの感情如何は判断材料にはならない」


 小さく溜息を吐く。


「少なくとも異世界者は私を嫌ってはいないだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をだがな。私は彼に接近して、彼を利用しながらも彼の殺し方を探る」


「結構。だがそのためにも、君は()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 使徒の口調が僅かに低くなる。


「異世界者を利用するにせよ殺すにせよ、君は彼にとって都合のいい女性でなければならない。彼のそばから決して離れないために。彼の全てを詳らかにするために」


「……何が言いたい」


「君は異世界者とある約束をしていたな。ダイコール城を奪還した暁には、異世界者が君に望むこと全てを叶えると」


 使徒の付けた無地の仮面。その奥から鋭い気配が放たれる。


「異世界者の願いは或いは、君にとって不愉快なものになるかも知れない。だが決してそれを拒んではならない。異世界者に嫌われるような言動をしてはならない。異世界者が真の勇者である可能性があるのならば」


「……なるほど。こんな場所にまで現れたのは私に釘を刺すためか」


「君の行動如何で世界の命運が変わる。それを自覚してもらいたい」


「言われるまでもない」


 使徒から向けられる視線を鋭く睨み返す。


「異世界者の信頼を勝ち取り、異世界者を掌握する。そのためなら私はどのような苦痛も屈辱も耐えて見せる。彼の望みを全て叶えて見せる。例えそれが――」


 女性の尊厳を踏みにじるものであろうとも。その言葉は喉の奥にしまい、私は使徒を正面から見据えた。使徒の仮面の奥から感じられた鋭い視線が徐々に和らいでいく。


「……心配するまでもなかったようだな。異世界者のことは君に一任しよう」


「後から文句言われても面倒だから先に言っておく。異世界者が人類の救世主ではなく、脅威になると判断できたのなら、私は異世界者を躊躇なく殺す」


「君の好きにしたらいい。君に殺されるようならその異世界者もまた勇者ではない」


 使徒が階段を降りて姿を消した。



======================



「失礼します」


 異世界者の部屋に入室して、私はダイコールの姫という偽りの仮面をつける。ベッドに腰掛けている異世界者。平凡な顔つきのその男に私は感情のない笑顔を向けた。


「先日はダイコールの奪還にご協力いただきましてありがとうございます。今すぐには無理ですが、いずれダイコールの民も故郷に戻れることでしょう。ツル様のおかげです」


「う、うん……」


「つきましては、先日ツル様と交わした約束を果たすために参りました」


 覚悟を決めてその言葉を口にする。


「ダイコール奪還のお礼に、私のできることなら何でも致します。どのような命令であれ謹んでお受けします。忌憚なくお申し付けください」


 異世界者の視線が露骨に熱を帯びる。異世界者といる間、常に感じてきた好色の視線。その気配に背筋が粟立つ。異世界者がこちらの全身を舐め回すように見つめる。これだけで彼が望んでいることなど容易に知れた。


「わ、分かった。それじゃあ遠慮なく言わせてもらうよ」


 異世界者がごくりと喉を鳴らす。彼が毒となるか薬となるか。どちらにせよ私の役割は彼に好かれることだ。そのためには彼の望みを全て叶えなければならない。彼の欲望を全て受け止めなければならない。命懸けの戦いに比べれば簡単なこと。そう考えていた。だが今になって――


 恐怖で足が震える。


「それじゃあまずは――俺の――」


 こんな形なのか。私の初めてはこんな下らないことで失われるのか。世界の命運と個人の貞操。そんなもの天秤にかけるまでもない。それを理解しながらも悔しさから思わず涙がこぼれそうになる。私は泣くのを懸命に堪えながら異世界者の次の言葉を待った。


 だがどういうわけか異世界者が続きとなる言葉をなかなか言おうとしない。口を開いたまま呆然としているその彼に、私は困惑から首を傾げた。


「……ツル様?」


 こちらの呼びかけに、異世界者が開いた口を一度閉じて――あらためて口を開いた。


「俺の……呼び方なんだけどさ……」


「呼び方?」


「ツル様って……止めてくれない。なんか……他人行儀で落ち着かないんだ」


 目を丸くする。呼び方を改めてくれ。それが異世界者の望みなのか。もっとこう……えぐい感じのを想像していたのだが。唖然とするこちらに異世界者が苦笑気味に言う。


「ツルでいいよ。マルティナとはこれからも……友達でいたいからさ」


 友達……か。私が何を目的に近づいているのかも知らないで呑気なものだ。この異世界者はどこまで危機感がないのだろう。この世界はそんな生易しいものではない。異世界者が暮らしてきた世界とは違う。もっと恐ろしくて冷たい世界なんだ。生きていくのに覚悟が必要な世界なんだ。それなのに――


 どうしてお前はいつも、私のその覚悟を嘲笑うようなことばかりするんだ。


「分かりました。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。()()()()


 私は内心の動揺は見せずにそう笑った。


 異世界者は確かに未熟だ。他人からチート能力を与えられただけで、それを自分の力だと勘違いしている、浅はかな少年に過ぎない。この世界で生きるための覚悟もない。この世界で生きている人々の覚悟も理解していない。そんな腹立たしい人間だ。だが未熟であり何の覚悟もない、そんな彼だが――


 悪い奴ではないのかも知れない。



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