【ツル視点】第15話 エンドール
ダイコールの魔王を討伐後、俺は転送石でマルティナとともに彼女が働いている街、エンドールに移動した。アプル村とは異なり、それなりに発展した街のようで、商店街などはとても活気に満ちていた。
もっとも万年引きこもりの俺がそんな人の多い場所に行けるはずもない。というかその気分でもない。俺は騎士団が取っていた宿で一人、ぼんやりとベッドに寝転がっていた。
「どうしたんですう? なにやら元気がなさそうですねえ?」
自称女神がいつの間にか部屋にいた。俺はむすっとしたまま沈黙する。
「魔王を討伐して勇者としての一歩を踏み出したんですよお。めでたいことじゃないですかあ。それなのにどうしてそんな不機嫌そうな顔をしているんですかあ?」
沈黙を突きとおす。自称女神がポンと手を打ってワザとらしく「なるほどですう」と頷く。
「あの傭兵さんのことを気にしているんですねえ」
どきんと胸が跳ねる。こちらの動揺を察してか自称女神の笑みがニンマリと歪む。
「それは気になりますよねえ。だってあの傭兵さんは貴方を庇って死んじゃったんですからあ。貴方さえ現場に来なければあの人は死なずに済んだかも何ですしい」
傭兵のフレッド。彼は魔王の攻撃から俺を庇って死んだ。俺を素人だと見下していたはずの彼が俺を命懸けで助けた。彼が死んでしまったのは――俺の所為なのか?
「あの騎士さんも口数が少なかったですよねえ。一応お礼とかは言われたみたいですけど、やっぱり傭兵さんの件を気にしているのかもですねえ」
マルティナからは魔王討伐に関して丁重な礼を受けた。笑顔も見せくれた。だが鈍感な俺でも分かる。彼女は明らかに無理をしている。あれもフレッドが死んだためか。彼女もまた俺がフレッドを殺したと、そう考えているのか。
「あははははは! これは傑作ですよねえ。魔王を退治して見直されるとか意気込んでいたくせに、馬鹿にされていた傭兵さんに命を助けられて、カッコつけたい騎士さんには見損なわれるんですから。こんな惨めな勇者もいるんですねえ。本当に――」
「う、うるさい!」
俺はベッドから起き上がり堪らず声を荒げた。
「お、俺の所為じゃない! 俺は何も悪いことなんてしてない! 俺は傭兵に助けてくれなんて頼んでない! 俺はどんな攻撃も効かない! 魔王の攻撃も無傷のはずだ! それなのにあの傭兵が勝手に助けたんだ! それでなんで俺が責められなきゃならない! 悪いのは俺を勝手に庇った傭兵のほうだろ!」
自称女神のニヤニヤとした笑み。それが腹立たしく俺はさらに口調を強くする。
「そもそも俺が行くまでにマルティナたちが魔王を退治していればこんなことにならなかったんだ! そうだよ! 彼女だって悪いのに何で俺だけが変な目で見られるんだ! おかしいだろ! あの傭兵が死んだのは自業自得で、マルティナの所為じゃないか!」
「ええ、その通りですよ」
自称女神がケロッとしたまま頷く。自称女神のあっさりとした返答に俺は思わず声を詰まらせる。自称女神が目を細めてその瞳に怪しい光を湛えた。
「貴方は何も悪くないじゃないですかあ。貴方はあの程度の攻撃では死なない。傷すらつかない。あの傭兵さんが勘違いして勝手に死んだだけですう。それなのにどうして貴方がそれを気に病んでいるんですう? どうして自己弁護みたいなこと言うんですかあ?」
「それは……でも……俺がいなければあの傭兵は死ななかったし……そもそも俺が早く魔王を退治していればこんなことには……」
「おかしな人ですねえ。自分の所為じゃないと騒いだかと思えば、今度は自分がああしていれば、こうしていればと言うなんて」
「それは……俺にもちょっとは悪いところがあったかも知れないから……」
「いいえ。貴方は何も悪くありませんよ」
自称女神がぴしゃりと言う。
「考えても見てください。どうして傭兵が死ぬことになったのか。貴方を庇ったから? 違いますよ。あの傭兵が死んだのは、あの傭兵が弱かったからです。魔王を楽々と殺すこともできず、魔王の攻撃程度であっさり死んでしまう弱い傭兵が悪いんですよ」
「弱いのが……悪い?」
「違いますか? あの傭兵は弱いくせに戦場にしゃしゃり出て、力足らずで死んだに過ぎません。それがどうして貴方の所為になるんですか? 貴方は傭兵とは違う。絶対的な力を持っている。初めから貴方だけに任せていればこんな事態にはならなかったんです」
「だけど……お、俺ならあの傭兵を死なせずに守ることもできたはずだし」
「誰かを守らなければならない責任なんて貴方にはありません。貴方は自分のためだけに、自分がお気に入りの人だけを守ってあげればいい。貴方のことを認めてくれる人だけを貴方は守ればいいんですよ」
「そんな……ことは……」
「強い人は弱い人を守る義務がある? ちゃんちゃらおかしいですう。それは弱い人間が強い人間に寄生するための、体のいい屁理屈に過ぎません。弱いくせに、自分では何もできないくせに、どうして何でもできる貴方の行動を縛る権利があるんですかあ?」
自称女神が「そもそも」とさらに口調を鋭くする。
「仮に貴方が傭兵に庇われたとして、それって何か間違ってます? あの傭兵より貴方のほうが強い。貴方が死ぬよりあの傭兵が死ぬほうが損失が小さいですよねえ。ならあの傭兵が死ぬのは必然と言うことですう」
「必然……か……」
「勇者である貴方が下らないことで悩むのは止めましょう」
自称女神が浮かべていた笑顔を屈託のないものに変える。
「それより楽しいことを考えましょう。魔王を退治したわけですから、これで騎士さんとの約束は果たせました。騎士さんを好きにできるんですよお。断言しますが、彼女は貴方のどんな要望にも応えてくれますよお。貴方が恋人になってくれと言えばなりますし、キスをしてくれと言えばしますし――股を開けと言えば彼女は躊躇なくそれをしますう」
ごくりと唾を呑む。自称女神がクスクスと笑いながら手をハラハラと振る。
「もうすぐ騎士さんがここに来ますので、あたしは一度消えますねえ。お二人の邪魔をしては悪いですしい。忘れないでください。貴方は強い。絶対的な強者です。あの騎士さんを含めて、この世界の人間が貴方を慕い、身を捧げるのは当然のことなんですからあ」
自称女神が目の前からふっと消えた。
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「失礼します」
自称女神が去ってからきっかり五分後。部屋にマルティナが尋ねてきた。ベッドに腰掛けている俺に一礼して、マルティナが柔らかな微笑みを浮かべる。
「先日はダイコールの奪還にご協力いただきましてありがとうございます。今すぐには無理ですが、いずれダイコールの民も故郷に戻れることでしょう。ツル様のおかげです」
「う、うん……」
「つきましては、先日ツル様と交わした約束を果たすために参りました」
マルティナが微笑みを崩さずに言う。
「ダイコール奪還のお礼に、私のできることなら何でも致します。どのような命令であれ謹んでお受けします。忌憚なくお申し付けください」
マルティナをじっと見つめる。マルティナはやはり可愛い。スタイルも抜群で胸もたわわに実っている。しかも金髪碧眼。元お姫様なるブランドも付いている。
これほどの女の子は元の世界にはいないだろう。よしんばいたとして、俺ごとき相手にされないだろう。だがここは異世界なんだ。この世界ならハイスペックな彼女も、俺を好きになってくれる。俺の言うことを聞いてくれる。それが異世界テンプレなんだから。
「わ、分かった。それじゃあ遠慮なく言わせてもらうよ」
どう切り出そうか。俺の彼女になってくれか。それとも自称女神が言うように、いきなり男女の関係を求めるか。いや待て。せっかくなんでも言うことを聞いてくれるんだ。まずは焦らすように、服を少しずつ脱いでもらうのもいい。きっと彼女は恥じらいから顔を真っ赤にするはずだ。それを眺めるだけで興奮できる。そうだ。自らスカートをめくってもらうのも良いな。そのほうがより恥じらいも強いかも知れない。俺はそんなことを考えながら口を開いた。
「それじゃあまずは――俺の――」
俺の――
その先の言葉を口にしようとして思い出す。
俺を庇い死んだフレッド。その彼の死をすぐそばで見送ったマルティナ。彼女は死にゆく彼に、騎士として、姫として、ダイコールを再建すると誓いを立てた。悲しさを滲ませながらも口にした彼女の覚悟。彼女の強い意志。その彼女の表情が脳裏に浮かぶ。
俺は――彼女をどうしたい。彼女のような恋人がほしい。それは間違いない本音だ。異世界テンプレのような展開。それを俺は望んでいた。だけど異世界テンプレは所詮物語の中での話だ。目の前にいる彼女は物語の登場人物ではない。異世界の人間かも知れないが現実に生きている女の子なんだ。強い覚悟と意志を持った――一人の人間なんだ。俺はそんな彼女を――精一杯この世界を生きている彼女を思い通りにして――それが俺の――
本当に望んでいることなのか。
「……ツル様?」
マルティナが首を傾げる。いきなり沈黙した俺を不思議に思っているらしい。俺はグルグルと巡る思考を振り払い――改めて口を開いた。
「俺の……呼び方なんだけどさ……」
「呼び方?」
「ツル様って……止めてくれない。なんか……他人行儀で落ち着かないんだ」
マルティナがポカンと目を丸くする。俺の要求が予想外のものだったらしい。それは俺自身もそうだ。せっかくのチャンスなのに、どうして俺は下らないことを言っているのか。
「ツルでいいよ。マルティナとはこれからも……友達でいたいからさ」
マルティナのポカンとした表情が徐々に柔らかくなり――温かな笑顔に変わる。
「分かりました。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。ツルさん」
呼び捨てで良いって言ったのに。まあいいか。友達からでいい。少しずつ距離を縮めればいいんだから。ああまったく……こんなの全然――
異世界テンプレっぽくないじゃないか。




