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【ツル視点】第14話 決着☆

挿絵(By みてみん)


「マルティナと魔王の戦いって――えええええええええええええええ!?」


 俺は驚愕して声を荒げた。


「んな話聞いてないぞ! お前がここに魔王がいるって言うから、俺は一人で魔王を退治するためにここに来たのに!」


「だから~、こうして謝っているじゃないですかあ」


 言葉とは裏腹に一切悪びれる様子もなく自称女神がケラケラと笑う。


「あたしだって未来が見通せるわけじゃないんですよお。魔王がまさか自ら人間との決着をつけに動くなんて予想できません」


「どうするんだよ! マルティナが魔王を倒したら、俺が彼女に見直されないじゃんか!」


「ふ~ん、騎士さんの心配より、自分がどう見えるかの方が重要なんですねえ」


 自称女神の指摘に俺は「うっ」と声を詰まらせる。


「そ、そんなこと言ってないだろ。マルティナのことが心配なのは大前提ってだけだ。変な揚げ足取りするなよな。そもそも何で俺が責められるんだ。魔王を倒しに行けって言ったのはお前じゃんか。彼女が危険に晒されたのもお前の所為だろ」


「ああ、それもそうですねえ。ごめんなさいですう。あたしが全部悪いんですよお」


 自称女神がそうケラケラ笑う。何なんだコイツは。何でそんな平然としているんだ。マルティナが危険なのはコイツの所為なのに。俺が彼女に見直されないのもコイツの所為なのに。こんなの――


 異世界テンプレじゃないじゃないか。


「くそ……しょうがない。今からでも魔王を倒して――」


 俺がチート能力を使おうとしたその時、滑り込ませるように自称女神が口を開いた。


「でもでも、これってもしかしてチャンスなんじゃないですか?」


「チャンス?」


「ヒロインがピンチの時に駆けつけるヒーローなんてド定番じゃないですかあ」


 なるほど。確かに想定外の事態ではあるが、これはまさにヒロインを救出するシーンとなる絶好の機会だ。大抵の物語なら、救出されたヒロインは主人公にベタ惚れになる。俺はかざしていた右手をゆっくりと下した。


「あ……いや待てよ。でもこの事態はそもそも俺の――少なくとも彼女は俺の所為だって考えてないか? そんな俺が彼女を助けても俺に惚れるモノなのか?」


「大丈夫じゃないですう? そもそも魔王を一人で倒しに行ったこと自体は別に悪いことじゃないですう。たまたま入れ違いになっただけですしい。そんな些末なことより、自分の命を助けてくれた救世主の貴方に、騎士さんもキュンキュンするはずですよお」


「……確かにそうかも……」


「そして魔王を倒した暁には、貴方にベタ惚れの騎士さんを貴方の好きなようにしちゃっていいわけですう。そういう約束をしているんですよねえ?」


「そ、そうだ! 何でもしてくれるって彼女は約束してくれてんだ!」


「貴方にベタ惚れの騎士さんなら貴方のどんな要望にも喜んで応えてくれちゃいますよお」


 ごくりと生唾を呑む。脳裏に浮かぶマルティナの姿。頬を真っ赤にしてこちらを上目遣いで見つめている。熱を帯びた眼差し。僅かに濡れた碧い瞳。彼女がゆっくりと自身の衣服に手を掛けて白い肌を顕わに――


 あ、駄目だ。童貞には刺激が強すぎる。


「な、なるほど。ピンチはチャンスってわけだ。その作戦で行こう」


「では早速、騎士さんを助けに行きましょう。早くいかないと、騎士さんが魔王を倒してしまうかも知れないですよお」


「でも結構時間掛かるな。お前って一応女神なんだろ? なんかこう、ワープできるような魔法とか使えないのかよ?」


「仕方ないですねえ。基本的にあたしは物語に関与したくないんですが緊急事態ですしい。今回に限り、広場の近くまで瞬間移動させてあげますよお」


「広場の近く? 広場の中でいいんだけど」


「いきなり貴方が現れたら騎士さんたちも驚きますよお。そしたら説明とか面倒じゃないですかあ。それに自分の足で駆けつけた方が心配している感が出て良くないですう?」


 ふむ。確かにそれも一理ある。パッとその場に現れて魔王を倒すより、汗を流しながら現場に駆けつけて魔王を倒した方が、真剣味も伝わるだろう。あれだ。遅刻した時の言い訳をするために教室の直前で走る奴だ。


「わ、分かった。でもあまり遠すぎても怠いからホントに近くにしてくれよ」


「注文が多いですねえ。まあいいですけど、それじゃあ行きますよ」


 自称女神がパチンと指を鳴らす。直後、パッと景色が一瞬にして変わった。玉座の間から古ぼけた街中。すぐ横に目をやると、広場へと続く坂道が見えた。


「うわ、ホントにワープしちゃった」


 こちらから頼んでおいて何だが、こうもあっさりと要望が実現されるとは。自称女神。あの女の子は本当に何者なのか。もしかして自称が自称でないのかも知れない。


「っと、それよりも早くマルティナのところに行かないと」


 高台にある広場から激しい物音が聞こえてくる。まだ戦闘は続いている。今ならマルティナの救出も間に合うだろう。ピンチの仲間のところに駆けつけてあっさりと事態を収束させる。これぞ異世界テンプレだ。


 広場に続いている坂道を駆け上がる。王城に向かった時も気付いたことだが、いくら走っても疲労を感じない。どうやら耐久力だけでなく体力も無尽蔵らしい。普段なら五分歩くだけでも息が切れるのに。異世界しているなあ。そんなことを考えながら――


俺は広場にたどり着いた。


「マルティナ! 助けに来たよ!」


 とりあえず大声で存在を主張する。広場にいたマルティナがこちらに振り返る。彼女の両手に握られた剣。見たところ戦闘が終了した雰囲気はない。どうやら間に合ったらしい。


 マルティナ。待っててね。今から俺が君を助けてあげるから。気分が高揚するのを感じながら俺は魔王の姿を探した。魔王はすぐに見つかる。広場の端。そこに地面に足を付けた初老の男――魔王がいた。


「ごぁあああああああああああ!」


 魔王が絶叫する。随分とボロボロの姿だ。マルティナにより負わされた傷だろうか。マルティナのピンチと言うより、魔王のピンチだったのかも知れない。まずいな。これだと救世主的な立ち位置にはなれないかも。


 まあでも苦戦はしていたはずだ。その相手をあっさり倒して見せれば少なからず見直してくれるだろう。もう躊躇はない。俺は魔王に向けて右手をかざした。


絶叫を響かせる魔王。その大きく広げられた口から何かがにゅっと出てくる。俺は思わずチートの使用を中断して「ん?」と出てきたものを凝視した。何だろう。なんか灰色で氷柱のように先端が尖って――


 ここで魔王の口からその氷柱のような刃が勢いよく噴出された。ぎょっとする間すらない。先端を尖らせたその刃が一瞬にしてこちらとの距離を詰めていき――


「――危ない!」


 俺の前に誰かが飛び出してくる。そして魔王の口から吐き出された刃が、その誰かの胸を串刺しにした。呆然とする俺の目の前で誰かが崩れ落ちていく。その誰かとは、つい先程まで一緒に会話していた、フレッドとか言う傭兵だった。


「――フレッドさん!」


 マルティナが傭兵の名を叫ぶ。俺はただ呆然としていた。呆然と倒れたフレッドを眺めていた。口から大量の血を吐き出しているフレッド。その彼の胸に突き立てられた刃。素人目にも分かる。致命傷だ。彼は直に――


 死ぬだろう。


「あ……あ……」


 この異世界に転移してすぐモンスターに殺された人を何人も見た。だがその時は恐ろしさよりも驚愕が勝っていた。見知らぬモブが死んでいくだけのゲーム。そんな出来事のように感じていて現実味がなかった。


そして今また、誰か(フレッド)が目の前で息絶えようとしている。だが以前とは違う。彼をモブと言うには関与し過ぎた。気に入らないながら顔見知りであり、少しだけだが会話をした仲であった。そしてそこには――


 ゲームにはない確かな現実を感じた。


「あ……ああああああああああああああ!」


 魔王に右手を伸ばして指を握りしめる。初老の男の姿をした魔王。それが呆気なく握りつぶされて四散した。魔王を退治した。俺が魔王を退治したんだ。勇者としての責任を果たしたんだ。だがどうしてだろう。


達成感を欠片も感じられない。


「フレッドさん……」


 マルティナが屈みこんで倒れているフレッドに呼び掛ける。フレッドがか細い呼吸をしながら震える瞼を僅かに開いた。


「おや……じ……魔王は……?」


「……魔王は死にました」


 フレッドが息を吸う。驚いたようだ。疑問は山ほどあるだろう。だがそれを尋ねる体力はもう彼にはないようだ。フレッドが静かに息を吐いて軽薄に笑う。


「そう……か……それなら……安心して……いける……」


「……はい」


「ダイコールを……頼みます……お姫様……」


「……騎士として、()()()()()()()として、この国を再建することを誓います」


挿絵(By みてみん)


 マルティナの返答にフレッドが満足したように笑って――


静かにその瞼を閉じた。



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