【マルティナ視点】第11話 魔王
上空に浮かんでいた魔王が突如急降下して異世界者を弾き飛ばす。魔王に殴り飛ばされる異世界者に私はゾッとする。
「――ツル様!」
見たところ異世界者に大きな怪我などはない。どうやらチート能力のみならず耐久力も人並み外れているらしい。これも自称女神からもらった力と言うことか。安心すると同時に殺す時に苦労しそうだとも感じる。
異世界者に駆け寄ろうとしたその時、魔王が矛先を変えてこちらに突撃してきた。軽く舌を鳴らしながら魔王の攻撃を回避する。地面をごろりと転がり私は素早く剣を抜刀した。
「――調子に乗るなよ!」
こちらの敵意を見てか、魔王が右手のひらから刃を生やした。モンスターの一部には身体を魔力により変異させることができる個体もいる。こちらの剣に対抗して武器を体内から生やしたらしい。
「がああああああああ!」
魔王が僅かに体を浮かしたまま迫りくる。魔法による空中浮遊は中級程度の技術であり、慣れた者なら普通に地面を走るよりも早い。もっとも魔力の消耗が激しいため頻繁には使用しないが。魔力に汚染されたモンスターは基本的に魔力に際限がない。ゆえに魔力の消耗をさして気にしていないらしい。
それにしても、どうして異世界者は魔王を破壊しない。先程から呆然とこちらを見ているだけで身動きすらしないではないか。魔王が人間の姿であることがそれほどに驚きだったのか。その気持ちも分からないではない。だがこうして命の危機に直面しているというのに何を呑気に困惑しているのか。
まったくイライラする。その苛立ちも込めて剣を振るう。魔王が上空に回避、すぐに急降下して迫ってきた。速い――が対処できない速度ではない。私は一歩後退して魔王の攻撃範囲から逃れ、即座に剣を突き出した。
魔王が首を傾けてこちらの刃を回避する。魔王の頬が裂けて血が飛ぶ。間を空けず体を回転させて剣を横なぎに振るった。魔王が体を滑らせながら後退して剣を回避する。
「――ちっ!」
典型的なヒットアンドウェイ。面倒だ。魔力の消耗が激しいが仕方ない。空中浮遊の魔法を使用して宙を駆けた。後退していた魔王へと急接近して剣を振るう。魔王は即座に反応してこちらの剣を右手の刃で受け止めた。
前後左右、さらに上空を含めて、距離を空けようとする魔王を追いかけつつ、剣を何度も叩きつける。魔王は元王族の人間だ。武術を心得ていたのだろう。大した身のこなしだ。だが単純な技術はこちらの方が上らしい。今のところ上手く防御されているが、この調子ならいずれ押しきれるはずだ。
もっとも私が魔王を倒してしまうわけにはいかない。ダイコール城の奪還はあくまで異世界者の実力を探るためのものだ。異世界者のチート能力ならこの瞬間にも魔王を倒せるはずだ。まだ戸惑っているのか。これだから力を貰っただけの異世界者は使えない。
魔王が地面に急降下する。即座に後を追う。地面スレスレで魔王が横に移動。地面に激突する寸前で方向転換、危なげなく魔王を追いかけた。下手に勝負を長引かせるのは得策ではない。異世界者の実力を見るのはまたの機会にして魔王はこのまま仕留めてしまうべきかも知れない。そんな迷いが脳裏に過ぎったその時、魔王が直角に移動――
目の前に異世界者の姿が現れた。
「――わ!?」
戦場でぼんやりしていた異世界者に激突する。しまった。考え事をしていて反応が遅れた。私は内心舌を鳴らしながら、もつれて倒れた体を起こそうとした。そして気付く。異世界者が自分の胸に圧し潰されていることに。
「ひゃああああ!」
慌てて異世界者から離れる。異世界者に対する殺意が湧くも、それをどうにか押し殺しつつ、私は心にもない謝罪を口にした。
「す、すみません。戦いに夢中で気付きませんでした。お怪我はありませんか?」
「う、うん……あの……それよりあの人が魔王って言うのは――」
モンスターがどのような存在か。それを説明するのは少々面倒くさい。何よりも今は戦闘の最中だ。それを呑気に話している時間などない。
上空にいた魔王が巨大な火球を生み出す。魔力に際限のないモンスター特有の力押しの魔法だ。自分はともかく、異世界者があの魔法を回避するのは困難だろう。
「ツル様! いまがチャンスです! 貴方の能力で魔王を退治してください!」
自分にも危害が及ぶこの状況なら異世界者も覚悟を決めるはず。そう考えるも、異世界者は未だ「あ……で、でも……」と戸惑っていた。ああもう――本当にイライラする。
「どうしたのですか!? 早く!」
そう催促するも異世界者は動かない。
「ツル様! なにをしているのですか!」
再度叫ぶも異世界者はオロオロするだけ。この男は駄目だ。頼りにならない。ここは一旦回避に専念しよう。異世界者を連れて逃げるのは難しいが、この男の耐久力なら魔法にも耐えられるかも知れない。もし耐えきれず死ぬようなら、それはそれまでの話だ。決断して回避行動に移ろうとした、その時――
魔王の頭部が横に弾けた。
直前、一発の銃声が鳴ったことを聞き逃していない。即座に銃声のした方角に視線を向ける。そこには拳銃を構えた一人の青年が立っていた。
青年がさらに拳銃を発砲する。だがその追撃の弾丸は魔王に回避されてしまう。そして魔王が空中を旋回して王城の陰に隠れた。どうやら逃げたらしい。
「……逃げた?」
異世界者が見て分かることを呟く。ここで拳銃を持った青年がこちらに近づいてきた。「君たち、魔王を討伐に来た騎士団だね。見たところ他に仲間はいないようだけど、まさか二人きりで魔王を討伐に来たのかい。だとすればダイコール王も随分と舐められたものだ」
「……貴方は?」
こちらの問いに青年が肩をすくめて答える。
「俺はフレッド。しがない傭兵だよ」
「傭兵? どうして傭兵がここに」
「別に珍しくないだろ。モンスターに占拠された土地の奪還は基本的に騎士の仕事だが、優先度の低い小規模の国や町の奪還に関してはギルドにも登録されることがある」
「確かにその通りです。しかし私の記憶が正しいのなら、ダイコール城の奪還はギルドにも登録されていないはずですが」
「あれ? よく知っているね」
「ええまあ……騎士団からされる依頼内容は全部目を通しているので」
「勤勉なんだね。なるほど、下手な誤魔化しは通じないか。分かった。正直に話すことにするよ。ただその前に――」
青年がこちらに近づいてくる。警戒しながらも青年の行動を見守る。青年がこちらの頬に手を近づけた。青年の手に緑色の淡い光が灯される。回復魔法だ。こちらの頬についていた擦り傷が青年の魔法により癒される。
「これで良しと。傷がついたままだと可愛い顔が台無しだからね」
「……ど、どうも」
可愛い。そう正面から言われたのは初めてのことだ。いやまあ……少し顔は良い方だと自覚はしていたけど。慣れない賛辞に私はつい顔を赤くしてしまう。
「先程の戦いぶりを見るに君はアタッカーだね。騎士団が部隊を編成する時にはアタッカーやヒーラーなど、特定の技能に特化した人間をバランスよく配置すると聞いている。だからそこの彼が支援役かとも思ったけど、どうやらそうでもないらしいね」
「詳細は話せませんが今回は特殊任務です。通常の編成ではありません。そちらこそ傭兵はチームでの活動が基本のはず。どうして一人でこのような場所に?」
「俺も基本的にはチームで活動している。だがこれは俺の私用でね。仲間を巻き込みたくないから一人で来た。まあ立ち話もなんだ。モンスターがウジャウジャいるような街だけどもう少し落ち着ける場所で話そう」
青年がそう話してウィンクした。